耳飾り
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--耳飾り--
あらすじ:ソンドシタ様の尻尾が落ちてきた。
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ボクは落ちて暴れていた尻尾に潰されなかった事に安堵していた。ヴァロアにもアグドにもケガが無くて、黒い鱗に包まれた尻尾を呆然と見つめている。丸太の束のような太い尻尾が頭の上に落ちてきていたら助からなかったよね。
ボクは油断していた。
切り落とされたソンドシタ様の尻尾が時間を置いて暴れだす。
ソンドシタ様の尻尾はまだ生きていたんだ。動かなくなって落ち着いたと、注意を逸らした瞬間にまた動き出したんだ。本棚を蹴散らして無作為に暴れ回る尻尾は無機質な暴力をボクへと向ける。
「させないッス!」
襲い掛かってきた尻尾をヴァロアがドラゴン殺しの剣を一閃させて、弾く。
「大丈夫か?!」
ヴァロアの一閃のすぐ後に、ソンドシタ様が急降下してボク達に安否を尋ねる。ヴァロアに弾かれた尻尾はまだまだ元気に跳ね回っていていつまた襲われるか分からない。尻尾を失くしてバランスが取れなかったのか、ソンドシタ様は着地の瞬間に片腕を着き、膝を折る。
「ソンドシタ様こそ無事に見えないッス!」
だけど今心配なのはヴァロアの返事の通り、切られた尻尾に巻き込まれずに済んだボク達よりも、尻尾を切られたソンドシタ様の方だ。何万年もの時を過ぎた切り株のような尻尾の付け根は凍り付いて血が出ていないけれど、体の中を巡る血が行き場を失くして滞ってしまう。
ソンドシタ様の尻尾は切り離されると、切り離した相手の注意を引いたり、背中から一撃を与えられるように時間を置いて何度も暴れるようになっているらしい。
尻尾を切り落としたと油断した後に動き出したらびっくりするよね。その間に、態勢を立て直したり、相手の警戒を分散させたりするんだそうだ。
「なに、こんな物また生えてくる。」
ヴァロアと見つめ合うソンドシタ様は強がっている様子もなく、自分の尻尾を捕まえて氷漬けにする。
「なによ!?イチャイチャして。そんな小娘のどこが良いわけ?」
見つめ合うソンドシタ様とヴァロアに、降りてきたヤイヤさんが割って入る。飛んでいる時は遠くて見えなかったけれど、息を荒げて汗だくのヤイヤさんの水色の薄衣が乱れていて、頬は赤く上気していた。
「弱き者の心配をしただけだぞ。当然だろ?」
「ああ。そうよね。最強のドラゴン様はお優しいのね!」
最強のドラゴンだから、ソンドシタ様はドラゴンの住む白い大地を護っている。ドラゴン殺しを持った剣聖と戦ったのもその一環で、白い大地を飛び回っているから図書館に訪れる機会が減っているとヤイヤさんは考えているみたいだ。
「ワレが最強だと?ふん。ワレの他にいくらでも強い者などいるだろう。」
対して、ソンドシタ様は自分を最強のドラゴンと思っていない。ヤイヤさんに尻尾を切られ、ネマル様には殺されている。白い大地を護らされているのも自分が都合よく利用されているだけで、ネマル様の一声で、わざわざ浮揚船を見に行く事になったと。
反発し合うヤイヤさんとソンドシタ様の間にヴァロアが入って、ドラゴン殺しの剣を差しだした。
「この剣をあげるッス。自分には必要ないッス。」
「要らないわよ。こんな剣。」
「要らないならオレが貰うぞ。」
ヴァロアが差し出したドラゴン殺しの剣に手を伸ばすアグドの喉元に向けて、氷でできた槍が地面から生える。明らかな警告は3人の間に割って入る事なんてできそうにない。いや、割り込む事なんて考えたくもないけれど。
「自分がこの剣を持っているのが気に入らないッスよね。」
ヤイヤさんがソンドシタ様を襲う理由は思い出がある剣を渡されたヴァロアへの嫉妬だよね。ヴァロアがソンドシタ様から剣を貰った事実が恨めしいのであって、ドラゴン殺しの剣が欲しかったわけじゃない。
ヴァロアがドラゴン殺しの剣をヤイヤさんに渡しても意味がないように思えるけれど、ヴァロアがソンドシタ様に貰った剣に執着していない事が判ればヤイヤさんも憤りを収める事ができるかも知れない。ヴァロアにはソンドシタ様に特別な気持ちが無いのだと。
「自分はこの剣を渡されて、ヒョーリの兄さんを護るように言われたッス。」
「なにそれ?女の子に護衛させるって。」
ボクが言うのも情けない話だけど、ヴァロアの方が強いんだよね。ボクが弱いのもあるけれど、ソンドシタ様相手でも物怖じしない気概はボクには到底真似できない。
「ソイツは剣聖の孫娘で類稀なる剣の才能がある。現にワレの尻尾を事も無く弾いて見せただろう?」
並大抵の人間ならドラゴンの尻尾を弾いたりすることはできない。丸太の束よりも重たい尻尾を人間の筋肉で弾くなんてできるわけがないんだ。だけどヴァロアはそれをやってのけた。尻尾の力を利用する一点を見抜いて、正確な一撃を打ち込んだんだ。
「でも、自分は吟遊詩人ッス。剣なんて要らないッス。歌で平和にして見せるッス。」
剣聖の孫娘と呼ばれるのが嫌なのか鼻息を荒くして告げるヴァロアは、今は護衛のために仕方なく持っていると強調する。
「変な娘ね。」
「変じゃないッス。」
膨れるヴァロアにヤイヤさんが頬を緩める。毒気を抜かれたヤイヤさんは魔法を生み出した本を光の粒に変えた。もう、氷の魔法を使う気は無いようだ。ソンドシタ様がヴァロアに恋をしているなんて誤解も解けていると思う。
「ヤイヤさんならソンドシタ様からもっとステキな物を貰えるッス。」
「素敵な物?」
「そうッス。剣なんて無粋な物よりも、飾り気のない耳飾りよりも、素敵な物ッス。」
「おいおいおい。そいつを外すなよ。」
広い図書館で迷子になった時に、ソンドシタ様の魔力のこもった魔晶石を目印にして探すことができるのだそうだ。本棚の山が高く積まれた図書館はいつも動いていて、その上、人間が自力で出られないほどに天井が高い。もしも登った本棚に連れ去られたとしたら探すだけで一苦労だ。
それはヤイヤさんも解っていたようで、ボクとアグドも持っている魔晶石は嫉妬の対象にならなかったようだ。
でも、ヤイヤさんの目は揺らいでいた。
目がヴァロアの耳飾りが揺れるのを追っていた。
「ヤイヤにワレの加護なんて必要ないだろう?」
「そう言う考えだから尻尾を切られるッス。ジジイの剣の記憶を探した時のお礼はちゃんとしたッスか?口先だけじゃないッスか?」
「いや。コイツが要らんと言ったからな。」
ソンドシタ様はお礼に何かを渡そうと尋ねたけれど、誰も訪れる事のない世界の果で1年もいっしょに居てくれた。探すのも楽しかったし見返りなんて要らない。そうヤイヤさんに言われたそうだ。
「ダメダメッス。要らないと言われても、キチンと返すのが礼儀ッス。女心を解っていないッス。貰ったら嬉しいッス。」
ヴァロアがソンドシタ様にヤイヤさんへとプレゼントをする事を約束させる。
「貴女とは良いお友達になれそうね。」
満足げなヤイヤさんの赤く染まった白い首筋に緑の魔晶石が光る。
ヴァロアが昔見た、いくつものネックレスの記憶をボクの『失せ物問い』で呼び出して、ソンドシタ様がひとつを選んで真似たんだ。
「お礼よ。」
ヴァロアの耳飾りの緑の魔晶石に、ヤイヤさんの水色の魔晶石が添えられた。
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次回:黒いドラゴンの『尻尾』




