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第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
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あらすじ:記憶の図書館でネマル様の弱点を探すように言われた。
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「どうした?姉上の弱点になる記憶を探してもらいたいのだが。」
ぽかんと口を開けるボク達に、困った顔のソンドシタ様は同じお願いを繰り返した。
いや、ちゃんと聞こえてはいるよ。でも、永い年月を生きたドラゴンが大樽いっぱいの金貨を放棄してボクを使ってまで探す記憶だから、どんなに素敵な記憶かと期待していたのに、『お姉さんの弱点』だなんて思ってなかっただけなんだ。
楽しかった記憶や甘酸っぱい思い出とか、激しい戦いの記録とか、もっとこう、黒いドラゴンの記憶らしいものだと思っていたのに。
「『ネマル様の弱点』って具体的にはどんな記憶なんスか?」
いち早く気を取り直したヴァロアが興味を示す。一概に弱点と言われても確かにピンとこない。ドラゴンの弱い所、びっしり生えた鱗の少ない場所で、剣で傷つけられそうな場所や、火傷をしそうなところは同じドラゴンであるソンドシタ様だって同じだから知らない訳じゃ無いよね。
かといって、嫌いな食べ物だって、食事をあまり摂らないドラゴンには関係ない。
ヴァロアなら赤いドラゴンの弱点が新しい歌の材料になると思ったのかも知れないけれど、嫌いな食べ物を知った所で新しい歌を作れるとは思えない。
(嫌いな食べ物のわけあるか。里に君臨するドラゴンだぞ。)
里に君臨するほどのドラゴンの弱点なら、人間にだって有効に使えるかも知れないとジルは考えていた。弱点を仄めかせば薬のレシピや魔法の知識だって簡単に教えてもらえるようになるかも知れないし、討伐だってできるかもしれない。
有効に使えばドラゴンが脅威じゃ無くなるかもしれない。
そんな弱点があればの話だけど。
「そうだな、姉上が隠している秘密とか失敗した事件。誰にフラれたとか、いつまでオネショをしていたとか。そんなものでも構わないぞ。」
ドラゴンもオネショをするんだ。いやいやいや、今はそんな事に関心している場合じゃないよね。ネマル様に姉弟喧嘩で負けたからって、口喧嘩で勝てる材料が欲しいだなんて、人間の、しかも小さな子供の発想じゃないかな。
弱点と聞いて嫌いな食べ物くらいしか思いつかなかったボクが言うのも何だけど、樽いっぱいの金貨と引き換えに記憶の図書館なんて大げさな場所で調べるにしてはあまりにもショボくない?
「どうやって探すッスか?いくら兄さんの『失せ物問い』だって、曖昧な品物だと探せないッス。具体的にどんな弱点なのか解っているなら探せると思うンスけど。」
ヴァロアは周囲をぐるりと取り囲む本棚の山を見わたす。目の前の本棚の山を探すだけでも眩暈がしそうなのに、この本棚の山の向こうにも終わりが霞んで見えないくらい遠くまで本棚が有った。
勇者の剣を探し出したボクの『失せ物問い』なら、本棚の山の中からでも目的の本を探すことができると思うけれど、今のソンドシタ様の言葉からすると、ぼんやりと何でもいいから新しい隠し事を探そうとしている。
ボクの『失せ物問い』は曖昧な物の場所を教えてくれる事は少ない。
勇者の剣みたいに名前が有れば探す事ができるけれど、誰かが隠した財宝だと探すことができないんだ。それができるのなら、今頃ボクは大金持ちだったんじゃないかな。
「姉上に関する記憶なら探せるだろう?ツルガルでドラゴンに関する文献を探したのだろう?複数の記憶であっても探せるんじゃないか?」
財宝なら目的の物が曖昧で絞る方法がないけれど、文献なら少しは融通が効く。ツルガルの資料室でジルといっしょに考えた方法だけど、何年前に書かれたドラゴンの文献と条件を付ければ探す事ができる。
ドラゴンの文献は少ないからその年に書かれた文献が無くてハズレる場合も多いけど、何か条件を付けて1つに絞り込めば探せないこともない。
「えっと、ネマル様は何年生きているんですか?」
ツルガルの資料室で『ソンドシタ様の心臓』に辿り着くまでに月にも別けたりして千を超える回数をジルに質問してもらった。
ここに置いてある本だってどれだけの長さで区切られているか解らない。手に取った2冊の本だって当時の状況の隅々まで再現していたみたいだし、本の1冊で朝ごはんの時間くらいしか書かれていないかも知れない。
ソンドシタ様が姉上と呼ぶ赤いドラゴンが生きていた時間が短い訳がないよね。数百年か、あるいはもっと長いかも知れない。それを月に、もしかしたら日に分けないといけないかも知れない。
そして、ネマル様の記憶は間が抜けているなんて事がないよね。見つけたネマル様の弱点になりそうな物を探すのに、いったい何冊の本を読む事になるのかな?ツルガルでしたドラゴンの文献探しで数十冊の資料を読むだけでも大変だったのに。
考えただけで気が遠くなる。
「姉上が幼い頃の記憶は要らないだろう。どうせ姉上も覚えていないからな。となるといつくらいが良いのか。」
考え込むソンドシタ様に不安を覚えるけれど、「やっと一泡吹かせることができるのだ」と喜ぶソンドシタ様をガッカリさせたくはないし、何より報酬のドラゴンの点鼻薬とレシピはすでにもらっている。
今更、できないなんて言えないよね?
相手は魔法を自在に使う黒いドラゴンなんだ。今まで優しくしてもらっていたけど、約束を破ったらどうなるか解らない。
(とりあえずやってみようぜ。考えても無駄だろ。)
(そうだね。100年くらい前で良いかな?)
ドラゴンがどれだけ長生きするのか分からないけれど、100年も前だとネマル様が生まれてない可能性もある。だけど、『失せ物問い』が応えなかったらそれ以上前を探す必要も無くなるよね。
(とりあえずだからな。100年前のネマルの記憶の書かれた本はどこだ?)
ジルも口を挟む事も無く問いかけてくれる。いつものように『失せ物問い』の妖精がボクの耳元で囁くと、目の前に1台の大きな本棚が現れた。
「これが姉上の記憶か?」
突然現れた本棚に目を輝かせたソンドシタ様が声を震わせる。ボクもいきなり本棚が現れると思っていなかったからビックリだ。
『失せ物問い』で記憶のある場所を探してこの広い図書館の中から探さなきゃならないと思っていたのに、目の前に本棚が現れるとは思ってもいなかった。目的地までソンドシタ様に飛んでもらって本を掘り起こす事さえ考えていたんだ。
「100年前の物みたいです。」
試しに本棚から1冊の本を取り出して開くと、今と変わらない姿の赤いドラゴンがオーロラの下で物思いに耽っている光景が見える。隣では疲れた顔の森の人が壊れた木の巨人を直している。
1年の記憶だけで、大きな本棚が1台出てくるんだよね。しかも、100年前の記憶が詰まった本棚だから、少なくとも後100台は本棚が現れる事になる。いや、100年前のネマル様の姿が今と変わらなかった。100台どころじゃ済まないよね。
「ソンドシタ様!」
途方に暮れたとき、女性らしい透きとおった声が聞こえたんだ。
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次回:図書館の『管理人』




