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裏路地占い師の探し物 ~勇者様のせいで占い師を続けられなかったんだ。~  作者: 61
第9章 ドラゴンの里は隠されていたんだ。
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ソンドシタ様

第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。

--ソンドシタ様--


あらすじ:透明な宮殿の塔の中へ飛び降りた。

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落ちていく。


透明な宮殿の白い内壁の塔を落ちて行く。


「死ぬ!死ぬ!!もう死ぬ!!」


ソンドシタ様の左肩の上でボクの腕が痛いほどしがみついたアグドが叫ぶたびに、ボクはどんどんと冷静になっていく。『ふわふわりんりん』で浮揚船から落ちた人を助けるために雇われていたアグドが、自分の『ギフト』を忘れるくらいパニックになっている。


今が浮揚船から落ちた時じゃなくて良かった。


他の誰かがパニックになると自分はかえって冷静になると聞いたことがあるけれど本当なんだね。アグドがパニックを起こしてくれたおかげでボクは落ち着いていられたんだ。


朝焼けに霞むオーロラを映していた白い壁がどんどん暗くなっていって、壁に貼りついた螺旋階段が上へと駆けていく。深い深い穴。しがみ付いた黒い鱗からは慌てた様子は感じられなかった。


まぁ、穴に飛び込んだのはソンドシタ様だからね。


ドラゴンの羽で自在に飛ぶほどの空間は無いみたいだけど、ソンドシタ様は何度もこの宮殿に来ているみたいだし、きっと飛び降りたのだってこの先の事を知っているからだ。そう信じている。


ボクは落ち着くようにアグドの背中をポンポンと叩く。


「やっと静かになったか。」


「大丈夫。気が動転していただけだよ。」


しかめ面をしたソンドシタ様が長い首を曲げて、しがみつくボク達に気遣う言葉を掛けてくれるけど、飛び降りる前に心の準備をする時間を用意してくれると嬉しかったかな。どれだけ時間がかかるか解らないけれど。


どぷん。


水に落ちるような音がした気がして目を閉じるけど、服の隙間に入ってくる嫌な感覚は襲ってこない。だけど、水に浮くような感覚に目を開けると、落ちる速さがゆっくりになってたくさんの千切れた紙の欠片が漂っていく。


「なにこれ?」


口を開けると水の中で息を吐いた時の様に、空気の塊が上へと登っていく。言葉を紡ぐ口には空気と違うものが入ってきて慌てて息を飲む。


「記憶の欠片だ。魔力に酔わないように気を付けろよ。」


宮殿は記憶の集めていて、その記憶が塔に溜まった魔力に触れると紙のような形になるそうだ。


上へと落ちていく紙片の1枚を手に取ると、見た事の無い文字が綴られながら1枚の紙へと成長していく。


吹雪くように辺りを流れる千切れた紙が1枚の紙に、そして束に。束は集まって本になる。白い壁は螺旋の階段に沿って本棚が埋めるようになって、ボク達は本棚の間を本といっしょに落ちていく。


「そろそろ底に着く頃だが、誰もいないよな?」


「居ないっッス。」


「よかった。ここが1番出会いそうな場所だからな。引き続き注意していてくれ。」


手に取った記憶の欠片も途中で本になって棚に収まった。螺旋の本棚の列が終わりを迎えると、そこは壁が見えないほど広い空間になっていて、高い本棚の行列と平積みになった本の山が見えた。天井を本が群れを作って飛んで、向こうには本棚さえも飛んでいる。


本だらけの空間だ。


本棚の山に本の川。規則正しく並ぶ本棚に散らかった本。


ボク達が感嘆の声を上げる中、ソンドシタ様は羽ばたいて少し遠くの開けた場所に降りた。


「ここはどこッスか?本と本棚しかないッス。」


ソンドシタ様の右肩からぴょんぴょんと跳ねて降りたヴァロアは本棚に収まり切れなかった足元の本を手に取る。ボクも黒い鱗を這って降りようとしたら、ソンドシタ様が優しくつまんで降ろしてくれた。


「記憶の図書館だ。」


世界中の記憶が風や魔力に乗って磁力の集まる極へと集まってくる。それをここでは本の形にして保存している。古い記憶がこの図書館には有る。


そこで、ボクはソンドシタ様が探している物の見当がやっとついた。宝物やや宝石なんかじゃなく、何か大切な思い出を探していたんだ。


ドラゴンが探している思い出。どんな物かは分からないけれど、きっと大切な思い出なんだよ。


「ボクは思い出の書かれた本を探せば良いの?」


「新しい記憶は何とか探せるんだがな。」


新しく綴じられた本は本が飛んで行く場所を探せば見つけやすくて、剣聖との戦いで折れた剣も、ここの本の記憶を元に再現させたそうだ。だけど、古い記憶は埋もれてしまって探すことが難しい。何年も何千年も本棚が積み重なっているんだ。


「これも誰かの記憶なの?」


本棚に並ぶ色とりどりの背表紙の中から1冊を手に取ってみる。開くと本の中の光景がありありと頭の中に浮かぶんだ。どこかの長閑な朝ご飯の光景。お母さんが嫌いな物を残そうとする子供を叱っている光景。お父さんが農具を持って畑に出かける光景。


何気ない光景が頭の中に広がっていく。


本を閉じると頭の中の景色は消えて、次の本を手に取れば新しい光景が飛び込んでくる。


今度の光景は戦いの記憶。魔獣に襲われた馬車を守るために剣を振っている。振られた剣はむなしく空を薙いで、誰かの鮮血が飛び散ったので本を閉じる。


ヴァロアとアグドもそれぞれが本を手にしていて、誰かの記憶を見ている。アグドの顔がニヤニヤと緩んでいるのは気にしないでおこう。


「世界の記憶をすべてかき集めるから、たくさんの記憶がありすぎて、ここの管理人ですら古い記憶を見つけることができん。そこで、ヒョーリの出番だ。」


人間より遥かに長い時間を生きると言われているドラゴン。人間だって幼い頃の記憶を、いや、最近の記憶だって忘れてしまう。長い時間を生きるドラゴンが思い出したい昔の話。


その昔の話に思いを馳せるだけでボクの心は高揚していく。好奇心しか湧かないよね。


さっきの朝食の景色の様に、母親と昔交わした何気の無い約束のシーンだろうか。それとも剣聖との戦いの様に、昔戦った誰かとの記憶だろうか。


ヴァロアが歌いたくなるような恋の思い出かも知れないよね。


ドラゴンがどんな恋をするのかは知らないけれど、ソンドシタ様にはネマル様と言うお姉さんがいる。男と女の区別のない森の人と違って雌雄の区別があるなら、恋だってするんじゃないかな。


そう考えれば、つじつまが合う。


ソンドシタ様が今まで探す物を言えなかった理由。浮揚船の時も、ドラゴンの里でも人の耳を避けるためにソンドシタ様は探し物を口にしなかった。昔、別れた恋人の事が忘れられなくて恋人との思い出を探しているんじゃないかな。


この宮殿の人たちに見つかりたくないのも、淡い思い出を知られたくないからかも知れない。


本の文字は読めないけれど、本を手に取ればその景色がありありと頭の中に浮かんできた。ソンドシタ様の恋の物語を知ることができるかも知れない。


ヴァロアもアグドも目を輝かせている。期待を妄想しながら、ボクは黒いドラゴンがどんな記憶を探しているのかドキドキして次の言葉を待つ。


ソンドシタ様は、期待に胸を膨らませたボク達の視線に黒い頬を少し染めて咳ばらいをした。


「姉上の弱点になる記憶を探して欲しいのだ。」



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次回:記憶の『本棚』


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