世界の果て
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--世界の果て--
あらすじ:透明な宮殿が見えた。
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透明な宮殿は真っ白な雪と氷の世界の真ん中に立って、朝焼けに薄くなっていくオーロラを透過して輪郭だけが緑に見える。向こう側が透けて見えるんだ。
「ここが世界の果てッスか?」
宮殿を中心にした世界は一周ぐるりと丸い地平線が見えて、それは光景はツルガルでも白い大地でも開けた場所ならどこででも見る事ができる見慣れた光景だ。ヴァロアの聞くように世界の果てと言われても、土か雪かの違いだけで、果てと言われてもピンとこない。
世界の果てと言われたら、テーブルの端っこの様に地面が途切れているか、四角い箱の様にそれ以上は進めない壁があるのかと思っていた。
「そうだ。北の極に建てられたこの宮殿は世界が最後に集まる場所だ。」
「世界の真中じゃないッスか?」
空にも真ん中に見える理由がある。この場所以外ではオーロラがカーテンの様に一方に掛かって見えるんだけど、ここでは丸く繋がった地平線に沿った輪に見えるんだ。丸い円で囲まれたカーテンの中に入ったような感じかな。
「いや、ここが北の端。つまり北の果てだぞ。」
あの宮殿から見たら、どちらを向いても南になるらしい。
「東と西はどっちになるッスか?」
「無くなるな。」
「どうしてッスか?」
「ここが極だからだ。」
ソンドシタ様がヴァロアに難しい話を分かりやすく説明しようと悪戦苦闘しているけれど、ボクにはまったく理解できなかった。ボク達の住んでいる大地は丸くって、極を中心に回っているらしい。だから地平線は丸いとかなんとか。
よく分からない世界の果ての話より、目に見える不思議な宮殿に興味が湧くよね。聞き流している間に宮殿は大きくなっていき、ソンドシタ様はひとつの塔へと降りる。
透明な宮殿にはいくつかの塔が立っていて、中央にはソンドシタ様の住んでいた大樹を越えるひときわ大きな塔がそびえている。塔にはテラスが張り出していて、ソンドシタ様が乗っても十分に広さがあって、崩れる事も無い。
透明なテラスの床はやっぱり透明で、遥か彼方に見える宮殿の輪郭とソンドシタ様の影を映しだしていた。テラスを囲う手すりは大きくて、透明な塔の壁には大きな透明な扉がある。まるで、ドラゴンのために作られた物のようだ。
「難しい話は後にしよう。とにかく見つからない内に奥に進むぞ。」
どれだけ語っても質問を返すヴァロアに説明する事を諦めたソンドシタ様は丁度良い機会だと大きな扉へと向かう。
でも、ボク達はソンドシタ様の空気の球に乗ったままなので歩く事も無いし、降りる気にもならなかった。透明なテラスは落ちそうで怖いし、ソンドシタ様とボク達の歩幅は全然違うので、ソンドシタ様と同じ調子で歩こうとしたら全力で走っても追いつけない。
まぁ、ソンドシタ様に運んでもらった方が楽だし、大きなドアも開けられないものね。足元が浮いていて落ち着かないけれど、高い空の上よりも安心できる。と思う。
「いいか?ここから先はどこにヤツが居るか判らない。十分に注意してくれ。」
声を潜めて告げるソンドシタ様は長い首を丸めて体を小さくしたので、ボク達も空気の球の中で身を固くする。ソンドシタ様が警戒して、ヴァロアに剣聖のドラゴン殺しの剣を渡すほどの相手がこの中にいる。
どれだけの数の相手が居るか解らないけれど、ドラゴンが入れるほどの塔を持った大きな宮殿だ。人間ならどれだけの数の人がいても楽に住めると思うし、何頭ものドラゴンが寛げる広さがあるように思える。
ソンドシタ様が大きな扉の前に立つと、ボク達の乗った空気の玉を左手で抱えて、鋭い爪の右腕で扉を開く。
ぎぎぎぎぎ。
大きな扉は軋みながら開かれる。
簡単に開かれた扉の中は艶のある白い石の壁に包まれていて外を映さない。本当に透明なら塔の中の様子が見えていたはずだよね。塔は光の屈折を使って向こうの様子を映しているらしい。いや、屈折って言葉すら聞いたことが無いんだけど。
白い壁に沿って登っていく人間のサイズの階段の中央は広い吹き抜けになっていて、ソンドシタ様でも余裕で通ることができそうだけど、ドラゴンが翼を広げたら窮屈そうだ。
ソンドシタ様が透明な壁に身を隠しながら、丸めた首を扉の中に伸ばす。
「それじゃあ相手から丸見えッス。自分を外に出して欲しいッス。」
見かねたヴァロアが提案する。中を覗っているみたいだけど、ドラゴンの大きな頭は中の人からは丸見えになるんじゃないかな。ドラゴン同士なら当たり前の光景かも知れないけれど、ボク達が体をまるごと入れてもまだ見つかり難いよ。
その点、彼女の『帆船の水先守』なら音の聞こえる場所の状況が判る。今はソンドシタ様の空気の球に阻まれて音が聞こえ辛いみたいだけど、彼女が聞いてくれるなら体を入れなくても中の様子が分かるんだ。
「ふむ。頼もうか。」
うっすらと見えた空気の球の天井が弾けてなくなると外の冷たい空気が流れ込んでくる。ヴァロアはぴょんぴょんと駆けてソンドシタ様の右肩へと登っていった。
「あはっ。やっぱり足が着いている感覚がある方が落ち着くッス。空気の球の中はふわふわしてて落ち着かなかったッス。」
ボクとアグドもその言葉に惹かれて落ち着かない空気の球から左肩へと這い上ったけれど、ゴツゴツした鱗で覆われた肩は居心地が良いとは言い切れない。ボクから抱きついて離れないアグドが『ふわふわりんりん』で体が落ちないように支えてくれる。
「誰か居るか?」
「居ないッス。でも、どれだけ高さがあるッスか?底が見えないッス。」
ソンドシタ様の肩から覗き込む塔の吹き抜けは艶のある白い壁に囲まれて、螺旋の階段がどこまでも続く。塔よりも長い奈落の終わりは暗い闇に消えている。音もその闇に吸い込まれて、返ってこないらしい。
そうだよね。上への階段ばかりに気をとられていたけれど、下にだって続いているんだよね。いくら大きな塔だって、広さに限りのある場所なら、『失せ物問い』なんて無く立って虱潰しに探す事だってできるんだ。
それは、宮殿も同じかもしれない。人間より長い時間を生きるドラゴンなら、広い宮殿でも探し尽くすことができるんじゃないのかな。まぁ、宮殿に住んでいる人が邪魔をするのかも知れないけれど。
「そうか、何か動く物が有ったらすぐに教えるんだぞ。」
忍び足で宮殿の扉をくぐるソンドシタ様を改めて見てボクは急に不安に駆られていた。
「泥棒しに来たわけじゃ無いよね?」
住む人に見つからないように宮殿に忍び込んで品物を探す。ドラゴンの通れる扉があって、ドラゴンの力も知識も理解できなくて思考が止まっていたけれど、普通に考えれば泥棒とか盗賊とかとやっている事は同じだよね。
「なに、ここに入る許可は以前に貰っているし、見るだけで持ち帰るわけでは無い。」
何を探しているのか次の疑問を口にする暇もなく、ソンドシタ様がボク達を肩に乗せたまま体を深く沈める。ソンドシタ様が体を沈めた分だけ乗っているボク達の体も沈んで、解放された力はドラゴンとボク達の体を塔の中心へと誘う。
「うわあぁぁぁぁあ。」
いくらドラゴン用の階段が無いからって、飛び込むには高すぎるんじゃないかな。
浮遊感が消える。
ボクは冷たい黒い鱗にしがみついた。
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次回:ソンドシタ様の『探し物』
姉弟喧嘩を題材に他サイト様で使っている表紙絵を更新してTwitter投稿しました。よろしければご覧ください。https://twitter.com/uraura616196161




