オーロラ
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--オーロラ--
あらすじ:夜中にソンドシタ様に起こされた。
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ドラゴンに運ばれて飛ぶのも2度目だと少し慣れる。と言う事は無く、ボクは空の上で震えていた。
だって、今度は足元に何も無いんだよ!
「この辺に集まってくれ。そう、もう少し寄って向こうを向いてくれ。」
寝室で用意を整えたボク達は大樹の洞の前でソンドシタ様に集められた。用意と言ったって顔を洗って忘れ物が無いか確かめただけで、浮揚船を出る時よりも簡単だったけど。ともかく、ヴァロア、ボク、アグドの順で密着するまで寄りあってソンドシタ様と同じ方向を向いた。
「ワレも少し反省してな。」
ソンドシタ様はボク達の右と左に黒い鱗の生えた手を開いて立てる。右の手の平と左の手の平で挟まれそうで体が固くなるのは仕方ないよね。もちろんソンドシタ様がボク達をぺちゃんこにしないって解っているんだけど、やっぱりドラゴンだと思うと怖いんだ。
ボクがソンドシタ様の里に来る時は、あの大きな右手に掴まれて空を飛んだ。右手にボクで、左手にヴァロア。アグドは『ふわふわりんりん』を使って尻尾に掴まっていた。
でも、今度のソンドシタ様は人を運ぼうとしている。アグドもちゃんと運んでくれるんだ。だけどドラゴンと言っても2本しか無いソンドシタ様の手では足りないよね。だからソンドシタ様はボク達を手の平に乗せてくれると思っていたんだ。思っていたんだ。
なら、なぜボク達がソンドシタ様と同じ方向を向いて立たされるのか。そんな疑問が頭をよぎっている間に、風がキラリと緑に光って体が浮く。
「うわっ!」
黒い鱗の手の平が横から迫ってきて何かを掬うような動きをするけれど、ボク達には触れていない。
触れていないのに黒い鱗の腕が上がるにつれてボク達の体は持ち上げられ、急に起こった浮遊感に姿勢を崩したボクは思わず手を伸ばす。床につこうと思って伸ばした手は途中で何かにぶつかって、柔らかい何かに腰が落ちる。
「これは何ッスか?」
見えない何かに必死にしがみ付いくボクとアグドが驚いている横で、ヴァロアは目を丸くして顔だけをソンドシタ様に向ける。ボクの顔に長い髪がかかるけど、気にしてなんていられない。
「姉上の手の中でヒョーリが怖がっていただろ。なので、ワレの手の中も怖いのかと思ってだな。」
ソンドシタ様は言葉を続けながら独り頷くと翼を煽る。ボク達を持ち上げて地面を発つ。そう、ボク達もソンドシタ様が羽ばたきに合わせて空を飛んだんだ。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!」
アグドがボクに抱きついてくる。
「そこの男の『ギフト』を参考にしてみたのだ。」
ソンドシタ様の最後の言葉はボク達の耳には届いていなかった。
「静かに。それ以上騒ぐと姉上に気付かれてしまう。」
ボク達の叫び声よりも大きな囁き声が耳に入る時にはソンドシタ様の里は見えなくなっていた。喉が痛くなったボク達は叫べなくなってぐったりとする。
もの凄く柔らかい3人掛けの椅子に座っているらしい。
なんでもアグドが『ふわふわりんりん』で空気を柔らかくしているのを参考にして、ボク達を入れる丸い馬車のような物を空気で作ったんだそうだ。言われてお尻の下に手を伸ばすとフニフニとした何かの手触りがある。これがソンドシタ様の言う空気を柔らかくして作った椅子なんだろう。
でも、空気だから見えないんだ。
ソンドシタ様の飛ぶ夜空には何重ものオーロラが踊っていて、不気味にゆらゆら揺れているんだ。馬車みたいな物だと言うなら、しっかりとした椅子と壁と天井を用意して欲しかった。もちろんしっかりとした床も!
空の旅をするのは、魔法使いウルセブ様の空飛ぶ馬車と、浮揚船。ソンドシタ様の手の中かと、何度も経験をしたけれど、何かに掴まれないと言うだけでこんなにも怖いんだ。
ボクはジルを両手で固く握って気を落ち着かせる。右手にはヴァロアが、左手にはアグドがいて、掴まる所が無いんだ。
(大丈夫だ。大丈夫。あのドラゴンにはオレ達が必要なんだから落としたりするヘマはしねえさ。)
ジルがボクを慰めてくれるのが聞こえるけれど、それはジルが自分を落ち着けようとしているようにも聞こえる。でも、みんなが怖がっているのを見て、少し落ち着いたんだ。アグドなんてボクの腕に抱きついたまま離れないんだよ。
「ふかふかで座り心地は良いッスね。」
「だろう?布を巻いた板なんぞより良いのではないか?初めてやった割には上手くいった。」
いやいやいや、それって失敗していたかも知れないんだよね。柔らかくし過ぎて破れたりするんじゃないかな。大樹の洞で用意された魔法の椅子の代わりに勧められても落ち着いて話なんてできないよね。
「座り心地は良いッスけど、座る場所が分からないッス。安心できないッス。」
「むぅ。」
ソンドシタ様とヴァロアの声を遠くに聞きながら広い白い大地を飛び越えると、オーロラが足元からも光り出した。海。一面の海の水がオーロラを反射しているんだ。ボクもアグドも海なんて見たことが無かったけれど、海のある国で産まれたヴァロアは知っていた。
「こんだけ水が有ればビスの牧草にも困らないだろうな。」
落ち着いてきたのかアグドも顔を外に向けている。その手はボクの腕を固くつかんだままだけど。
ツルガルの人は少ない牧草を求めて遊牧している。ツルガルの広い大地は簡単に水を吸ってしまうから牧草が生えにくいらしい。雨が降っても地面に水が吸い込まれてしまって、アズマシィ様の恵みに頼るしか無かった。
「海の水はしょっぱいッス。土に撒いたら草も生えなくなるッス。」
海の水には塩が大量に含まれていて、その水を撒くと植物が育たなくなる。魔王の城の近くにあった塩湖の周りにも草が生えていなかったのは同じ理由なのかな。
「海にいるのは魚かな?」
オーロラで緑に光る海に黒い点が所々に浮いている。
「魚にしては大きいッスね。大きい魚はビューって泳いでいる事が多いッス。」
「流氷だな。もう少し行けば氷山もあるだろう。」
流氷と呼ばれた黒い塊は次第に大きくなって氷山と呼ばれる山になる。氷山の中にはソンドシタ様に匹敵するくらい大きな物もあった。
「あんなに大きな物が水に浮くのか?」
「ワレだって海に浮くことぐらいできるぞ。どれ、実際に見せてやろう。」
いきなり体が軽くなって血の気が引く。海に向かって落ちている。ソンドシタ様が海に降りようとしているんだ。ジルをぎゅっと抱いてもきが落ち着かなくなって、ヴァロアとアグドがボクに抱きついてくる。
「やめろ!止めろ!オレが悪かった。」
アグドが絶叫した。緑に光る海がみるみる近くなって水がうねっているのが見えてくる。ソンドシタ様が護ってくれているのは分っていても、空から落ちると生きた心地がしないんだ。ドラゴンには分からない事かも知れないけれど。できれば目的地まで空高くを飛んで行って欲しい。
ボクの願いはむなしく、ソンドシタ様は緑に光る海の上をビュンビュンと飛んで行く。海に浮かぶことを見せるのは断念してくれたみたいだけど、代わりに海面スレスレを飛んで見せたんだ。ソンドシタ様が氷山の隙間を縫って海面を飛ぶと緑に光るしぶきが上がる。
「どうだ。凄いだろう!?」
氷山が集まって氷の大地になっていき、今度は緑の粉雪が舞い上がる。
夜の空でうつらうつらとし始めた時、ソンドシタ様は言ったんだ。
「見えたぞ、あそこだ。」
色の無い透明な宮殿が見えたんだ。
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次回:『世界の果て』の宮殿




