レシピ
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--レシピ--
あらすじ:赤いドラゴンが帰りを待っていた。
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「私はネマル。アナタは?人間よね?魔族じゃ無いわよね?魔族だったら魔獣を連れているものね。今は別の所に居るのかしら?いえ、魔力が違うからやっぱり人間よ。あらやだ、お肌ぷにぷに。ねえ、ちょっと脱いで見せて?」
ネマルと名乗った赤いドラゴンの手の中で生きた心地がしないのに、矢継ぎ早に繰り出される質問に口を挟む隙間が無い。初めて手に取った人形に興味の尽きない女の子のように、長くて赤い首が右へ左へと動いて、その度にボクも振り回される。
舌を噛まないように気を付けるだけで精いっぱいだ。
「アナタは男の子よね?変わった剣を持っているし剣士なのかな?もしかしてまた剣聖?でもでも、なんで木の棒の形を持ってるの?あら、結構かわいい魂じゃない?」
キョロキョロと助けを求めてもヴァロアもアグドも洞に造りつけられた家の中に入って、ヴァロアの鳶色の髪が窓の隅からのぞいている。彼女なら喜んで歌の題材になりそうなドラゴンの話を聞きたがると思うのに、家の中から出てこようとはしないんだ。
2頭もいるドラゴンの間に巻き込まれるのが嫌なのかな。ボクも嫌だけど。
「姉上、ヒョーリが怯えている。話の前に手の中から解放してやってはくれないか。」
「あらやだ。私ったら興奮しちゃって。ヒョーリちゃんね。可愛い名前ね。」
ソンドシタ様の助け舟で赤いドラゴンの赤い手の中から解放されるとボクは目を回して床にへたり込んだ。気持ちを落ち着けるために深く息を吸い込むと床がせりあがる。床はみるみる高くなって赤いドラゴンの目線と同じ高さまで持ち上げられた。
椅子やテーブルを作ったのと同じ魔法を使ったんだと思う。高くなった床も怖いけれど、改めて赤い瞳に晒されて身が縮む思いだ。ドラゴンの指でも抱きつく所が有っただけマシだったかもしれない。いや、あの手の中に戻りたいと思わないけど。
「あ、あの、その、はじめまして。」
「あら、声もかわいらしい。どこかの出来の悪い弟とは大違いだわ。」
口の代わりに忙しなく動く赤い瞳にボクがお辞儀をするとネマル様は目を細めて、ソンドシタ様が鼻を鳴らす。鱗だらけのドラゴンの顔が微笑んでいるように見えるのが不思議だけど、ボクにはそう見えたんだ。
「こんなに遠くまで来てくれて嬉しいけれど、私に会いに来てくれたわけじゃ無いわよね?知り合いでも無かったんだもの。ねえ、どうしてここに来たの?」
ジルに助けを求めてチラリと見ても『小さな内緒話』でも話しかけてくれない。王妃様や偉い人達と話す時はジルに言われた通りに話せば良かったんだけど、ドラゴンの前だと口数が少なくなってしまうように思える。
「ああ、あの、アズマシィ様が病気なんです。」
姫様の事、薬の事、ボクの事。たくさんあった質問で頭の中はぐちゃぐちゃで何から返せば良いのか分からなくなって、ボクは思いつくままを口にする。
「どういうことなの?」
「それはだな…。」
洞の隅で丸まっていたソンドシタ様がボクの言葉を補足してくれる。アズマシィ様の鼻にデキモノができたこと。『ドラゴンの点鼻薬』で治療できそうな事。そのためにボク達がドラゴンを探していた事。そして同じことが起こらないようにレシピも教えてもらいたいと考えている事をまとめてくれた。
「そうなの。あの子ももう長く生きてるものね。レシピの方はソンに聞けば良いわ。人間でも姫ちゃんの加護を持つコなら悪いようにはしないでしょ?」
思ったより簡単に許可をくれたけれど、『ドラゴンの点鼻薬』を使うのはボクじゃない。もしもレシピを悪いように使われたら、白い姫様の名前に傷が付きそうだよね。
「レシピを渡す時にはワレの名前を使うがよい。薬を悪用すれば黒いドラゴンが街を滅ぼすと警告すれば少しは脅しになろう。」
ボクの困った表情を見かねてソンドシタ様が口を添えてくれた。本当に街を滅ぼす訳ではないと思うけれど、緑の瞳はイタズラを思いついた子供のように楽しそうだ。
「だが、アズマシィの今後の事を考えると点鼻薬のレシピを渡しただけでは足りぬよな。」
鼻の薬を貰っても次に罹るのはお腹の病気かも知れない。その度に人間が薬を貰いにドラゴンの里を目指して白い大地に入ってくる事になる。ボクがドラゴンの里の位置を教えてしまったから、ツルガルの人はきっとこの里を目指して再び来る事になるだろうとソンドシタ様は予想した。
『ドラゴンの点鼻薬』のレシピを教えるのは簡単だけど、次はお腹の薬のレシピ、次は胸の薬のレシピと、1つのレシピを教えたら次々と他のレシピも教えて欲しいと要求されかねないし、慣れてきた人間がドラゴンの里に来て他の要求をしてくるかもしれない。
新しい魔法や知識を教えてもらえば世の中が便利になる。でも、ドラゴンからしたら魔法を盗んだ人間に教える義理も無い。今、ボク達がドラゴンの前に居る事が奇跡とも言える。ドラゴンを倒して名前を上げようとした剣聖もいたみたいだし。
「全ての薬を教える訳にはいかないわね。」
薬の中には取り扱いに注意しなきゃいけないものや危険な物もあるらしく、全ての薬を教える訳にはいかない。かといって薬が必要になるたびに訪れる人間の相手をするのも面倒だし、そのうち人間がドラゴンの里に居座ってしまう可能性もある。
「長老に丸投げでいいだろう?アズマシィの件はアイツ等が絡んでいる。」
「それじゃあ、よろしくね。」
「なんでワレが!?姉上が行けばいいだろう?」
「ここはもともとアナタの里なんだし、アズマシィの薬を請け負ったのもアナタよ。」
「今は姉上の方が偉そうでは無いか?」
「偉いのと、偉そうなのは違うわ。それに、私はヒョーリとお話するのに忙しいわ。」
大して忙しそうではなく赤いドラゴンはソンドシタ様から目を離してボクを見る。その赤い瞳はさっさと言い合いを終わらせて、ボクの話を聞きたがっているようだ。ボクの話と言うよりも、白い姫様の話を聞きたいのだろうけど。
「ワレには無理だ!あのババア達の相手をするなんて。」
ソンドシタ様が心から叫ぶと赤いドラゴンに緊張が走る。ボクの話を聞くために緩めていた背筋が屹立して尖ったアゴが引かれる。ドラゴンが特大の炎の息を吐く前触れのように思えてボクは思わず身を屈めた。
赤白黒緑、4つの魔晶石を輝かせる加護を受けた白い腕輪。高くせりあがった台の上で、これの他に頼れそうなものはない。特にネマル様に対してソンドシタ様は頼りにできそうにないよね。
「さっさと行きなさい!」
腕輪の緑の魔晶石が輝いて、ボクの周りを取り囲む。赤いドラゴンが吐いたのは燃える炎では無かったけれど、鋭く大きな怒鳴り声は黒いドラゴンを委縮させるのに十分だった。ボクの身を守ってくれる緑の輝きは声だけでもびりびりと震えていた。
「ふん。いつも威張り散らしているのだから、こういう時くらい役に立っても良かろうに。」
捨て台詞を吐いたソンドシタ様は大樹の洞を出て行ってしまうと、急に心細くなる。ソンドシタ様が頼りないとか思ってごめんなさい。
「さて、これでゆっくりあの娘の話が聞けるわね。」
洞に独り残されたボクに向けて、満足した顔の赤いドラゴンは次の質問を始めたんだ。
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次回:ネマル様の『歓迎』




