すまし顔
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--すまし顔--
あらすじ:ソンドシタ様は生きていた。
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「おお!すげぇ!!本当に里があったんだ。」
アグドはソンドシタ様の加護が付いたドラゴンナイフを手に入れて、ようやくドラゴンの里を見る事ができたんだ。子供の服のように小さな服を干している小さな森の人達だけど、住む家は木の巨人に乗って暮らしているのか大きい。
ボク達があちらこちらと里を見ている後ろを、大きなドラゴンのソンドシタ様と木の巨人に乗ったダハンデさんがのっしのっしとゆっくりと付いてくる。ボク達の背丈が小さいから歩幅が短い。それに合わせてくれるから歩みが遅いんだ。
「そんなにはしゃいでいると置いて行くッスよ。」
木の巨人に乗って畑や仕事をするからか、ボク達よりも大きなクワや鎌が立てかけられていてアグドはドラゴンナイフを振り回しながら、それらに一々驚きの声を上げる。ヴァロアがドラゴンの里を見た時ははしゃいで走って先に行ってしまったのは昨日の事だ。
「だってよ。昨日はマジで何がどうなっているのか分からなかったんだぜ。」
ソンドシタ様の加護を貰えない状態で過ごした一夜は不安と恐怖の連続だったらしい。
辺りは白い大地の景色が続いているのに、体を刺すような寒さが急に無くなって暖かくなった事を皮切りに、すべての感触が変わっていった。硬い岩や氷の上を歩いているように見えるのに、足元からは柔らかな地面と草の感触が返ってくる。
何も無いはずの白い大地の見えない石や草につまずきながら付いて行くと、ボク達の足がどんどんと地面から浮いていった。ボクのマントの裾を掴んで離さなかったアグドの足も次第に浮いて行く。
ソンドシタ様の住む大樹の入り口の事だと思う。ボク達には大樹の洞の前の木で作られた緩やかな坂を登ったのが見えていたけれど、アグドには木の坂が見えなくて少しずつ浮いたように見えていたんだ。
アグドにはダハンデさんも見えていなかった。何もない場所から声が聞こえていたんだ。
ボクに促されてアグドがおっかなびっくり見えない椅子に座ったけれど、見えない椅子はいきなり無くなって落下する。ボク達の目からは椅子から落ちただけに見えていたけれど、床が見えていなかったアグドはもっと高い場所から落ちると錯覚していた。
白い地面まで落ちると身構えたアグドは、伸ばしかけの腕を見えない床に叩きつけてしまった。中途半端に手を付いたアグドは床に這いつくばる事になった。
実物と見えてる物とが違うだけですごく大変なんだね。
「赤いドラゴンだって、いきなり現れたんだぜ。」
アグドの目には赤いドラゴンもいきなり現れたように見えていたらしい。ボク達がびっくりしていた以上に驚いて声も出せなかったそうだ。
「それは姉上が途中で結界に干渉したからだな。オマエだけが驚いていなかったから、すぐにワレの加護が無いと判ったのだろう。」
ひとりだけ素の顔だったアグドがやっと驚いて赤いドラゴン喜んだ。アグドの隣で見ていたのに、赤いドラゴンがボクを見て笑っていると勘違していた。恥ずかしい。
ドラゴン同士の喧嘩から逃げ出せると、ヴァロアの指した方へ走れば壁にぶつかる。ドラゴンが上で炎を吐いてもボク達は涼しい顔をしている。何もかも信じられなくなった時、ボク達は宙に浮いたまま眠ってしまった。
ボクはベッドで寝ていたんだけど、彼にはベッドが見えていなかった。
自分も目を閉じて眠りたいのに、深いクレパスに囲まれた何もない白い大地の空中に浮かんでいるようにしか見えなくて落ち着かない。
独り見上げる夜空にはオーロラが不気味に蠢いて、その間を2体のドラゴンが大きく吠えて暴れている。遠くへ行ってホッとしたかと思えば、近くへ寄ってきて炎を吐く。
目を閉じてもドラゴンの声が耳に付いて、顔を押し付ける毛布は柔らかいのに見えない。毛布で隠れているはずの瞼に緑のオーロラの明かりが映り、ドラゴンが炎を吐くたびに赤くなる。
頭がおかしくなりそうな状態なのに、ボク達はすやすや寝ている。
揺さぶっても起きないボクに見切りをつけて、心細くなってヴァロアのベッドへと手を伸ばそうとしたら、びりびりと痺れて体が動かなくなった。
「ああ、ヴァロア様を女性だとヒョーリ様が言っておられましたので障壁を作っておきました。
森の人には性別が無いらしい。女の人がいない森の人なので女の人の扱いは赤いドラゴン、ソンドシタ様のお姉さんを参考にするしかなかった。そして赤いドラゴンは眠る時に同じような障壁を作る。ダハンデさんはヴァロアのベッドの周りに入ってきた人を痺れさせる壁を作っていた。
いや、それって間違えたらボクも痺れていたんじゃないかな?
「あの状態で動けなくなる怖さがオマエに判るか!!?」
「寝ている女性に近づく人が悪いのです。」
アグドがダハンデさんに怒鳴りつけても、ダハンデさんは木の巨人の上で澄まし顔だ。
ともあれ、宙に浮いた無防備な状態で体も動かなくなったアグドは悪いことに仰向けになってしまった。頭の上の2頭のドラゴンの攻防は終わらない。現実から逃げようと目をつぶろうとしても痙攣して耳を塞ごうとしても手も動かない。
恐怖の中でドラゴンの姿を追っていると、黒いドラゴンが赤いドラゴンを里から遠ざけるような動きをしているように感じられるようになった。そのうち自分は黒いドラゴンに護られているように感じて、いつの間にか、黒いドラゴンを応援するようになったそうだ。
「別にオマエを護っていた訳でも無いがな。」
「いや、あの時は絶対にオレを見ていた。目が合っただろ?」
赤いドラゴンが放った火の玉がアグドを目指して飛んできた。逃げる事もできなくて怯えるアグドを見たソンドシタ様は、火の玉の前に割って入って火の玉をその身で受けた。それからはソンドシタ様は赤いドラゴンの炎がアグドの方へと向かわないように立ち回ったらしい。
「里を守っていたんだ。」
「いや、里には結界があった。炎を弾いていたぜ。」
里に張られた結界はドラゴンの戦う音だけじゃなく吐かれる炎も掻き消していた。その事にアグドが気が付いたのは、夜も明ける間際、ソンドシタ様が赤いドラゴンに押され始めた頃だったらしい。
「そんな事より、そろそろ我が家に着く。」
「でっけー!これが昨日いた場所なのか!!?」
指摘から逃げるようにソンドシタ様は露骨に話題を変えるから、もしかしたらアグドの言う通り彼を怯えさせないように護っていたのかもしれない。
「ダハンデよ。悪いがまた茶の用意を頼む。」
ダハンデさんに頼みつつ大樹の洞に入ろうとするソンドシタ様は、固まった。
「承知いたしました。お客様のおもてなしは私がしておきますので、あちらの相手はソンドシタ様にお願いしますよ。」
固まった首が回らなくなった車輪のように、ギギギと音を立ててダハンデさんを振り返る。
「オマエ!知っていただろ?」
「ええ、私が家を出る前にいらっしゃいましたから。でも、伝えていたら逃げていましたよね?」
怒ったソンドシタ様に向けたダハンデさんの顔は、怒ったアグドに向けたのと同じすまし顔だ。アグドに向けたのと同じ顔を黒いドラゴンにできるダハンデさんは実はすごいのかもしれない。
「遅かったじゃない。」
声に釣られて大樹の洞を覗き込むと、そこには赤いドラゴンが長い首もたげて座っていた。
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次回:『人形』のように。




