ドラゴンの里
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--ドラゴンの里--
あらすじ:ドラゴンの里が見えるようになった。
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先に走り出してしまったヴァロアを追いかけたソンドシタ様に続いて、ボク達もドラゴンの里へと入った。
真っ白な白い大地が続いているように見えていた時と違って、今度は緑豊かなドラゴンの里が見える。安心して足を進める事ができたけれど、入る時に空気が体に絡みつくような感覚はあってびっくりした。
ソンドシタ様の言う事には白い大地とドラゴンの里との温度の差から起きてしまうらしい。ドラゴンが隠して護る里は暖かい。寒い大地に降りるために厚着をしていたのでマントの懐をはだけないと暑く感じるくらいだ。
「お、おい。待ってくれよ。オレを置いて行く気かよ?」
「早くおいでよ。」
アグドにもドラゴンの里が見えているつもりで言ったけれど、温度差の壁の向こうでキョロキョロと落ち着かなくなったアグドにはボクの姿も見えていなかった。手を伸ばしてふらふらと彷徨って来って、ボクを捕まえようとあわててた右手が空を切り、バランスを崩して小さな茂みに突っ込んだ。
「なんだよ。ここに何かあるのか?」
「そこは道の端で草むらになっているよ。」
「マジか?オレには氷の地面しか見えないぞ。」
アグドの地面に触れた手には氷の冷たさが無かったらしく、ざわざわと草むらを撫でながらボクの言葉を信じられないと言いながらも受け入れてくれる。ボクには目の前の草むらを怪しみながら撫でているアグドの方が信じられないのだけどね。
ともあれアグドを村の入り口に置いておくわけにはいかない。ボクとヴァロアはソンドシタ様の加護の証の緑の魔晶石を貰ったけれど、彼は貰っていない。ソンドシタ様は目こぼししてくれたかも知れないけれど、他のドラゴンや『森の人』に出会ってしまったらどうなるか分からない。
ドラゴンといっしょに暮らしていると言う『森の人』から魔法を盗んだと伝えられているから、友好的に迎え入れてもらえるか判らないんだ。
アグドがドラゴンの里を追い出されれば、着込んだ服とマントの他に毛布も持たない彼が極寒の白い大地で一夜を過ごせないと思うんだ。岩の隙間にうっすらと生える苔だけでは、焚火を起こすのも難しい。
でも、アグドを連れて歩くのは恥ずかしい。見えてない彼を誘導するには手を引くくらいしか思いつかないんだよね。せっかくヴァロアが浮揚船のみんなにも女の子だと知られて男色家の噂を消すことができそうなのに、ドラゴンの里でまで話題に上がることは避けたいよね。
ボクはそっとジルの先端をアグドに差し伸べようとした。
(オレはイヤだぜ。コイツに触れられるなんてよ。)
ドラゴンの里の入り口には木々は茂っているけれど、木の枝が落ちていない。入ったばかりの里で木の枝を無暗に折る訳にもいかないし、白い大地に戻っても何も無い。仕方ないのでボクはアグドにマントの先を差し伸べた。
「そこに居るんだよな?置いて行くなよ?」
「大丈夫だよ。」
アグドはマントをしっかりと握って情けない足取りでついてくる。
ぎゅっと握られたマントを引っ張って汗をぬぐって歩いて行くと、木に囲まれた畑で大きな人がせっせと農作業に勤しんでいて、中にちらほらと平屋建ての家が見えてくる。子供の物なのか小さな服洗濯物がひらひらと揺れていて長閑だ。
(あれが『森の人』なのかな?)
(おとぎ話には小さいように書かれていたが、本当は大きかったんだな。)
近くに寄ったら見上げないと話しができないような大きな人影は茶色い肌に緑の髪をしている。ドラゴンのおとぎ話にも出てきた『森の人』と言うよりは、『木の巨人』と言った姿をしていた。
「さぁ、ここがワレの家だ。今日はゆっくりとくつろいでくれ。」
ソンドシタ様に案内されたのは潰れたような形の1本の大きな樹だった。何人もの魔王が手を繋いでも届かないような幅があるのに、見合うほどの高さが無い。その真ん中に洞のようにくりぬかれた穴があって、クッションのようなものが置かれていた。
クッションのようなものと言うのは他に例え方が解らなかったんだ。丸く平べったいそれにソンドシタ様が腰を下ろすと、ふわりとソンドシタ様を包んでへこんだんだ。もしかしたらソンドシタ様のベッドかも知れない。
「お邪魔するッス。」
元気よく挨拶をしたヴァロアに倣ってアグドを引っ張って洞の中に入っていくと、大きな木の巨人が3枚の布でくるまれた板を抱えて運んでくる。
「いらっしゃいませ。少々お待ちください。なにぶん、ここに招かれる人間は久しぶりでしてね。ええ、先に連絡を下されていれば、用意をしておきましたのに。」
「おい、誰か居るのか?」
「しっ。ちょっと待っていて。」
ソンドシタ様の樹の家に到着するまでも、アグドに色々と説明してきた。里の景色や木の巨人。でも、目の前に新しい木の巨人がいるのに、細かく説明する気にはなれなかった。どんな言葉で木の巨人の気分を悪くするか分からないよね。
木の巨人が床に板をかざすと、床が盛り上がってボク達に丁度良いサイズの椅子になった。かざした板はそのまま生えてきた椅子に乗せる。地面のままだと汚れるから、布を掛けた板をお尻に当たるようにしてくれたんだ。
びっくりしていると3つの椅子が生えた後に机が生えてきた。椅子はひとりでに動いて、ボク達に座るように促してくれる。生きた木の床を動かす魔法なんて聞いたことも無いよ。
「ささ、どうぞお座りください。」
「ありがたいッス。ちっとも歩いて無いのにクタクタだったッスよ。」
ヴァロアが椅子に飛び乗ると椅子はひとりでに机に向かう。ボクもお礼を言ってアグドを座らせてから席に着くと、布の張られた板の中には綿のようなものが入っていて腰に優しかった。
席に着くと木の巨人はかかとを付けて背筋を伸ばしてボクらに向かう。挨拶をする姿勢だ。促されるままに座ってしまったのが恥ずかしくなって立とうとすると、木の巨人の頭が揺れて緑の小さな人が出てきたんだ。
「挨拶が遅れました。私はここでソンドシタ様のお世話をさせていただいています、ダハンデと申します。」
ボクは返す言葉も忘れてニンマリと笑う小さな人を見つめた。ボクの腰ほどしかなさそうな小さな人が森の人だったんだ。森の人が木の巨人の頭に乗って操っていたんだ。
「悪いなダハンデ。茶と菓子、それから夕食も準備してくれ。」
「もうすぐ湯も沸くでしょう。お泊りでございますね?」
遠くからシュッシュとヤカンから湯気の上がる音が聞こえてくる。さすがのヴァロアも言葉を無くして、呆気にとられるボク達に気を良くしたドラゴンと森の人が上機嫌で話を進める。いや、小さな森の人が木の巨人を操っているなんて思わないよね。
「ああ、ようやくワレの長年の夢が叶う時が来たようだ。」
「それはよろしゅうございました。それでは、お祝いの用意しなければなりませんね。」
「無論だ。とびきりのヤツを用意してくれ。2人分だ。」
「3人いらっしゃるように見受けられますが、よろしいので?」
「ああ、見ての通り最後のは招いていない。」
「ああ、それで見えていないのですね。」
ソンドシタ様が差したアグドを一瞥したダハンデさんがパチンと指を鳴らすと、アグドのお尻を支えていた椅子が消えて彼は尻もちをついてしまったんだ。
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