緑の魔晶石
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--緑の魔晶石--
あらすじ:ドラゴンの里に行くことになった。
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目の前でソンドシタ様が溶けて消える。
ついでに、ソンドシタ様の尻尾にへばりついていたアグドも。
ドラゴンの大きな体を持つソンドシタ様が消えるとは思わなかったけど、消えた辺りを指でつつくと、何もない空間に静かな湖に指を入れたように波紋が広がった。あわてて指を引っ込めると指先に空気が絡みついてきて温かさが残った。
(だ、大丈夫だろ?きっと。)
(た、たぶん。)
アグドの『ふわふわりんりん』が空気を柔らかくすると前に進めなかったけれど、ソンドシタ様は気負うことなく平然と先に進んでいた。ソンドシタ様が付いて来いと言っている以上、ボク達も先に進めると思う。アグドも中に入っちゃったしね。
何も無かった白い地面にぱっくりと開いたクレバスと呼ばれる2本の大地の切れ目。その切れ目が合わさった場所にボクとヴァロアは降ろされた。アグドは降りずにソンドシタ様にくっついたままだったけど。
目の前には雪と氷に覆われた白い地面が続いていて、周囲をクレバスが囲っている。クレバスを川に見立てると広い中洲の始まりみたいな場所に立っていた。
振り返ると底の見えないクレバスの口は大きく黒く開かれていて、進む道を選ぶことはできない。魔王が足を延ばせば届くかも知れないけれど、人間のボク達にはジャンプしたくらいでは届きそうにないんだ。
氷れる白い大地の冷たい風が吹く。
ゴクリと唾を飲む。
「ああ、忘れていた。」
消えてしまったソンドシタ様の首が何もない空間からにょきりと生える。びっくりして腰を抜かしそうになるけど、ぎりぎり踏みとどまることができた。後ろには大きく口を開けたクレバスが待っているからね。無暗に後ずさればクレバスに落ちて生きて戻る事はできないと思う。
「すごいッスね。いきなり消えたっス。」
「ああ、それな。見えるようにするのを忘れていたんだ。ヒョーリ。腕を出せ。腕輪のある左腕だ。」
何の話をしたいのか判らないけれど、ボクはぽかんと口を開けたままソンドシタ様に言われた通りに左腕を差し出して白い腕輪を見せた。魔王の庇護と言う黒い魔晶石に白い姫様の加護と言う白い魔晶石が寄り添って光る。
腕輪が無かったらドラゴンの里なんかに来なくても良かったのかもと、考えて頭を振る。これが有ったからこそ、ジルを戻す方法を聞く事ができるんだよね。
「魔物の骨を使った良い腕輪だな。魔族では武器にしか使っていなかったが、新しい使い方を始めたようだな。どれ、そのままじっとしていろ。」
ソンドシタ様は大きな首を近づけて、緑に光る大きな瞳をさらに見開いてフン!と気合を入れるとボクの前髪がソンドシタ様の鼻息で荒れて、ソンドシタ様の瞳と同じ色の緑の魔晶石が白い腕輪に浮かび上がった。
白い腕輪には外側から順に黒、白、緑の魔晶石が並んで、緑の魔晶石が黒い魔晶石といっしょに小さめの白い魔晶石が護っているように見える。
「見えるか?」
陽を浴びてキラキラと光る緑の魔晶石に奪われていた目をソンドシタ様に向けると、その向こうには緑の木々に囲まれた建物が見えた。小さな山まである。クレバスを境にした中洲のような白い大地がすべて里だったんだ。
ドラゴンの里に招かれていない人にはその存在を見る事ができない結界が張られていて、踏み込んでも中を見る事ができない。招かれた証としてソンドシタ様は瞳と同じ色の魔晶石をボクに分けてくれたんだ。
もしも浮揚船でドラゴンの里を探しに来ても見つける事はできなかったんだ。『失せ物問い』で位置を知る事はできても見えなければ見つける事はできないよ。ボクが目を見開いてドラゴンの里にあんぐりと口を開けるしかできなかった。
「何っスか?何が見えるッスか?自分も見たいッス!」
「そうだな。ちょっと待て。」
考えるそぶりをしてソンドシタ様はボクにした時と同じようにヴァロアに緑の瞳を近づける。自分の時は緊張して解らなかったけど、ソンドシタ様の瞳が優しく見える。ぶわりとヴァロアの鳶色の髪が宙に舞うと、彼女の柔らかそうな左耳に緑の魔晶石のイヤリングが垂れ下がった。
彼女は今まで旅のために男のフリをしていたからね。酒場でドレスを借りて歌う時以外は耳飾りなんかの飾り物は一切身に付けていなかったんだ。青いトンガリ帽子に青いマント。鳶色の髪が隠す白い肌にドラゴンの瞳と同じ色の魔晶石が良く似合っていた。
だけど耳だからヴァロアには見えてないんだよね。
「わぁ!すごいッス。里が有ったんッスね。気づかなかったッス。」
「そうだろ!すごいだろう!」
耳を飾った魔晶石に気付かないまま楽しそうにはしゃぐヴァロアに、気を良くしたソンドシタ様が嬉しそうだ。ソンドシタ様は魔法で隠されていた里の種明かしの驚かせようと思っていたのかもしれない。ボクもヴァロアのようにはしゃぐことができていたら、もっと喜んでくれたのかな。
ひととおりヴァロアがはしゃぐのを見守って落ち着いたら、ソンドシタ様はもう一度ボクに振り返った。
「『木の枝の形をした人の魂』にはそうだな。首飾りにしておけば戻った時にも使えるだろう。」
もういちどソンドシタ様の鼻息を浴びると、ジルの枝にじゃらりと黒い鎖の緑の魔晶石の首飾りが巻き付いた。よく見ればカプリオにもらった『安息の糸』がレリーフとして使われている。はっとして白い腕輪を見ればやっぱりカプリオの毛『安息の糸』があしらわれている
「勝手に使って悪かったな。」
ソンドシタ様が謝ったのでボクはぶんぶんと首を振った。『安息の糸』を指に巻いていたけれど、少し窮屈だったんだよね。窮屈を感じる度にカプリオを思い出せていたんだけどね。
「さっそく里を見に行っても良いッスか?」
「ああ、その魔晶石にはワレの魔力が籠っている。つまり、ワレの加護だな。里の者に問われたらその魔晶石を見せるが良い。この里の他に住むドラゴンにも有効だと思うぞ。たぶんな。」
浮足立ったヴァロアにソンドシタ様が言葉を添えると、バタバタと足音が聞こえてきた。
「オレにもくれよ。カッコいい奴が良い!」
ソンドシタ様の尻尾から降りてきたアグドが魔晶石をねだる。アグドは腰に挿した剣に魔晶石を付けたりナイフの形を提案しているけれど、ソンドシタ様はまったく聞いていない。
結界の中に入ってもアグドには何も変わったようには見えなかったみたいだ。生ぬるい妙な感覚があっただけみたいだけど、実際にはドラゴンが里を温かくしているだけで結界とは関係ないそうだ。ボクが感じた温かさもただの里の温かさだったようだ。
雪と氷で覆われた白い大地は寒いからね。ドラゴンが暖かくしているんだ。
ドラゴンの里を覆う結界はアグドの『ふわふわりんりん』のように空気を柔らかくしているわけでは無いらしい。つまり、入る事はできる。
でもドラゴンの許可が無ければ無意識に体を重く感じるようになって、自分自身で動きを遅くしてしまう。ボクが指でつついた時に見た光景はそれを暗示するための、まやかしだったんだ。
たしかに触れたように思えたんだけどな。
「オマエは招いていない。」
緑の魔晶石を使った宝飾品の妄想を膨らませたアグドにソンドシタ様はぴしゃりと言った。どうやら彼には魔晶石を与える気が無いみたいだ。
「何も見えないんだよ。」
「勝手に付いてくるから悪い。」
何も見えなくてもドラゴンの里には入ることができる。それはすでにアグドが入ったことで証明されている。でも、見えなければ悪さもできないし、自由に歩き回る事もできない。そこに壁があっても知ることはできなくて、アグドは壁にぶつかってしまうそうだ。
追いすがるアグドを置いてきぼりにして、フンと鼻息を荒くしたソンドシタ様はドスドスとドラゴンの里へと行ってしまったんだ。
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次回:現れた『ドラゴンの里』




