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第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。

--『手』--


あらすじ:ボクとジルでドラゴンの里に行くことになった。

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「すごいッスよ!鱗が硬くて冷たいッス。さすがドラゴンッス。」


「ひょ、ヒョーリ殿、お気をつけて。くれぐれもお姉様によろしくお伝えください。」


ボクを見上げる船長さんの声は少し上ずっていた。それはそうだよね。今のボクはかなり間抜けな格好をしている。


ドラゴンのソンドシタ様のびっしりと鱗の生えた右手に掴まれて首だけを出しているんだ。普通なら握りつぶされるかもしれないと恐怖する場面なのに、左手に掴まれてはしゃぐヴァロアのおかげで緊張感が生まれない。


「あぁ~れぇ~。握りつぶされるぅ~ぅ~ぅ~!お~た~す~け~を~!」


見送る兵士の人たちに向けて調子を付けて助けを求めるヴァロアは喜劇の主人公の様で、ソンドシタ様のかすかに開いた口元はぴくぴくと震えていた。



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結局、ボクとヴァロア以外の人間をドラゴンの里に連れて行けないと言ったソンドシタ様の意見は変わらなかった。出発の様子を見れば判るように、ソンドシタ様は右手にボクを、左手にヴァロアを握っている。確かに、この持ち方だと2人しか運べないよね。


話し合いは終わり、ボク達は旅の準備をすることになった。


準備といってもたいした物を用意する訳ではなく身の回りの品を整理するだけだ。薬を貰ったらとんぼ返りで帰れるわけでなく、探し物に数日かかると聞かされている。


たくさんのハンモックの吊るされた部屋に置きっぱなしにしていた荷物を引っ張り出して、浮揚船にいるからと油断して脱いでいた魔獣の皮の鎧を身に付けて、白い姫様にもらった白い鍋を背負おい、数日分の食料を別けてもらう。


ヴァロアなんて鎧も鍋も持っていないから12弦のブルベリを取りに来ただけだったよ。最初から料理をする気の無い彼女の食料もボクが持つことになったんだ。


短い準備の時間でソンドシタ様を待たせる事も無いと思っていたけれど、出発は少し遅れる事になった。


船長さんはボクが準備している間に長い長い手紙を書いていたんだ。まだ内容は見ていないけれど、ソンドシタ様のお姉さんに宛てた嘆願書だそうだ。薬のレシピを教えてもらえるようにびっしりと書かれているらしく、お姉さんに会ったら読み上げて欲しいと何度も何度も頼まれた。


「寂しくなるな。オマエの歌で踊るのが楽しみだったんだぜ。」

「女の子だったんだなあ。気が付かなかったよ。不自由は無かったか?」

「はやぐ、がえってごいよぉぉぉおお。」


「へっへ~。楽しかったッス。帰ってきたらまた遊んで欲しいッス。」


手紙を受け取って浮揚船の外に出ると、しんみりとした兵士さん達がヴァロアを囲んで今生の別れのように泣いていた。たった数日で戻ってくるつもりだったし、戻ってきたら王都まで運んでもらわなきゃならないので複雑な気持ちになる。


「あの、よろしくお願いします。」


「なに、助けてもらうのはワレの方だ。」


ソンドシタ様の前に出ておずおずと挨拶をすると、甲にびっしりと黒い鱗の生えた右手に掴まれた。ボクが息苦しくないように体に柔らかく触れる手の平はざらざらと柔らかく、冷たかった。


ソンドシタ様の手の中で初めての感覚に戸惑っていると、船長さんに最後の握手を求められた。ボクの体はソンドシタ様に握られていて手が出せない。顔がかゆくなるかもしれないから手くらい出しておけば良かったと後悔するけど、緊張して考える余裕も無かったんだ。


「そろそろ、良いか?」


握手ができるように手を緩めてくれたソンドシタ様の声は少しお酒臭かった。船長さんが用意していたお酒の樽が転がっているのが見えて時間つぶしに飲んだのが判る。緑の瞳が少し据わっているように見えて、ドラゴンの里まで体を預けなきゃならない身としてはかなり不安だ。


「はい、よろしくお願いします。」


「くれぐれも、お姉様によろしくお伝えください。」

「ヒョーリ!頑張れよ!」

「ヴァロア!帰ったら飲みに行こうぜ!」


手を振る兵士さん達に見送られて、ソンドシタ様はばさりと翼を振る。


力強い羽ばたきは白い大地を叩くけど、兵士さん達の髪型はふわりとも動かない。きっと、ソンドシタ様が兵士さん達に気を使って魔法で風を遮っているんだと思う。


バサリ、バサリ。


だんだんと体に浮遊感を覚えると、グイッと体が持ち上げられ一気に地面が遠くなった。馬車や馬よりも早かった浮揚船よりも早く飛んでいる。どこまでも続く変わる事のない白い大地が目まぐるしく景色を変えて飛んで行く。


「寒くないか?」


「大丈夫っス。お尻が痒い以外は快適ッス。」


気をつかうソンドシタ様に左手のヴァロアが元気よく応える。ソンドシタ様の魔法で話ができるどころか、目まぐるしく景色が変わるほどの速さで飛んでいるのにボクの前髪はそよりとも動かない。やっぱりドラゴンの魔法ってすごいね。


最初に鱗に覆われた手で掴まれた時はひんやりと感じられたソンドシタ様の手も暖かく感じるようになり、手が使えなくて何もできなくて瞼が重くなっていく。体が自由に動かせない以外は浮揚船よりも快適だ。


迫りくる眠気に身を任せてこくりこくりと微睡んでいると、ソンドシタ様が急にもぞもぞと動き出した。


「どうしたッスか?」


顔は揺れてないけれど、丸太のような指に阻まれて見えない体の揺れが手にまで伝わってくる。例えるなら両手が塞がっている時にお尻が痒くなってもぞもぞとするような動き。居心地の悪いお尻をゴソゴソと動かすような動きに感じられる。


「すまぬ。妙に尻尾がくすぐったいのだ。」


ソンドシタ様は諦めたように空中で体を丸めて尻尾の先が見えるように動かす。その時、姿勢が崩れてボク達の体も大きく揺れたから、今までは我慢してくれたみたいだ。


「うぎゃああぁああぁぁ!振り回すんじゃねえよ!」


目の前に現れた尻尾の先にはアグドがしがみついていた。彼がソンドシタ様がムズムズと動いていた原因らしい。尻尾にしがみつかれて今まで気が付かなかったソンドシタ様が鈍感なのかな。いや、人間が背中に付いた虫に気が付けないようなものなのかな。


「ん?なんだ?ワレに魔法を放ったガキか?」


「アグドっつーんだ。覚えておけ!あ!おい!!揺らすんじゃねえ!」


ぶんぶんと振り回される尻尾にしがみついたアグドは目を回しながらも離れる気配はない。


「『ギフト』を使っているみたいッスね。」


ヴァロアが言うにはアグドの周りだけ風を切る音が違うみたいだ。つまり、アグドは『ふわふわりんりん』で空気を柔らかくして、ソンドシタ様の尻尾ごと自分を空気の団子で包み込んでいたんだ。


いくら尻尾を振り回してもアグドは振り落とされなかった。いや、振り落とされたら空の上から落ちちゃうからね、望んではいないんだけどね。


「なるほど、『ギフト』の力で張り付いているから振り落とせないのか。」


「へっ。すげーだろ?オレの『ギフト』は無敵なんだぜ。」


「そこまでして姉上に嘆願したいのか?」


「そんな事知るかよ。オレは正式な兵士じゃねえんだ。」


どうやら、船長さんたちの命令では無いらしい。船長さんなら『ドラゴンの点鼻薬』すら手に入れる事ができない事態にはなりたくないはずで、もしもレシピが手に入ったとしてもアズマシィ様が他の病気に罹る事を考えれば、ソンドシタ様の、ドラゴンの機嫌を損ねるような事をするとは思えない。


アグドは独断でドラゴンの里まで密航しようとしていたみたいだ。


「ドラゴンの巣に行けば有名になれるだろ?そうすれば面倒な見回りなんてしないで一気に出世できるよな!」


「…今から戻るのも面倒だ。このままいくぞ。」


尻尾にしがみついたまま歯を輝かせたアグドを見下ろし、タメ息をついたソンドシタ様は翼を大きく振る。すでに浮揚船は白い大地の地平線の彼方。戻っていては食事の時間に間に合わなくなるそうだ。


大きく振られた翼がソンドシタ様の体を持ち上げて、尻尾が大きく揺れる。


「ちくしょう!覚えてやがれ!」


少し乱暴に飛ぶようになったソンドシタ様の尻尾から聞こえるアグドの絶叫は、白い大地の青い空に吸い込まれていったんだ。



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次回:新章/ドラゴンの里は隠されていたんだ。



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