笑い声
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--『笑い声』--
あらすじ:白い姫様の加護があった。
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白い腕輪から放たれて辺りを漂っていた魔王の黒い霧の残滓が空中に溶けて消えていく。姫様の白い球も名残惜しそうに輝いて消える。ソンドシタ様も懐かしそうに眼を細めて見送った。
「占い師よ。ヒョーリと言ったか。オマエがワレに力を貸してくれるなら、ワレはこの者にアズマシィの薬を処方してやろう。薬の作り方も姉上に掛け合ってやる。」
胸を張るソンドシタ様に、ボクはぽかんと口を開ける。
え?え?え?ボクがソンドシタ様のお願いを断ったらアズマシィ様のお薬『ドラゴンの点鼻薬』を貰えないって事なのかな?いきなり責任がボクの背中にのしかかってきた気がするんだけど。
兵士さんたち見れば、成り行きが判らずに固まっている。
魔王の腕輪の事も、ジルの事も、薪割りの剣の事も話してなかったからね。ドラゴンに評価される様な物だとは思わないよね。ボクも思わなかった。
ただ、船長さんの瞳は強く、ボクに行くように訴えている。『ドラゴンの点鼻薬』は絶対に必要で、ボクが行くだけで手に入る。難しいと思っていた作り方さえも手に入る可能性が高くなるんだ。
「あ、あの、やっぱり先に探すものを教えてくれないですか?他の人に聞かれないようこっそり。」
『失せ物問い』で探すのだからどの道後で知ることになる。だったら、他の人に知られないようにして先に教えてくれても良いよね。
『失せ物問い』で探し物をするだけなら問題は無いように思える。ドラゴンの里がボクを受け入れてくれるか判らないけど。
だけど、時たまあるんだよね。
『失せ物問い』でも探せない物が。
誰か決まった持ち主が落とした物でなければ探せない。人間を探す事もできない。そして、無くした物が壊れていたり、大きく形を変えてしまったら探せない。持ち主のいない木の実は探せたり、人間でも子供は探せたりと条件が良く分からないけれど、少なくとも無いものは探せない。
長く生きているソンドシタ様の探し物はすでに無くなっているかも知れない。
ソンドシタ様に連れていかれて浮揚船のみんなと離れたら、ボクはジルと2人きり。もしもソンドシタ様が探している物が見つからなかった時、ボクはどうなってしまうんだろう?
機嫌を損ねたソンドシタ様が暴れてボクを殺すかもしれない。
いや、殺されるのはまだマシな方で、白い大地で置いて行かれたら、何もない大地を彷徨ったあげく、ボクは飢えて野垂れて死ぬ。そして、ボクが死んだら動く事のできないジルは何もない白い大地で永遠にそこに在り続けるんだ。
人間に伝わるおとぎ話とは違って、気さくで感じの良いソンドシタ様は暴力を振るわないかもしれない。けど、ソンドシタ様の望みが叶わなかった時は判らない。何かの拍子にプチっと潰されてしまうかも知れない。
探す物が解れば皆がいるうちに断る事ができるんだ。
「今はまだ教えられん。人間には耳の良い者もいるからな。だが、探す物の場所には目星がついている。だが、ワレにはたくさんのガラクタの中から見つけ出す事ができぬのだ。なに、そんなに手間は取らせんよ。」
ソンドシタ様はジルの『小さな内緒話』の様な盗み聞きの『ギフト』を警戒していた。ヴァロアの『帆船の水先人』も小さな音まで聞く事ができる力で、『ギフト』は代々受け継がれる。彼女のお爺ちゃんだと言う剣聖も同じ『帆船の水先人』を授かっていそうだし、ソンドシタ様が知っていてもおかしくない。
口頭で伝えられる程度の場所は判っていて、そこに在る砂の山から1粒の砂金を探すような物らしい。探し物が得意な『失せ物問い』なら難しくないけど、細かい指示が無ければ見つけ難そうだ。
つまり、行かなきゃダメって事だよね。
(おい、顔が真っ青だぞ。大丈夫か?)
ジルの心配にボクは小さく頷いて応える。喉はカラカラに貼り付いていて、緊張で体が震えている。ボクなんかがドラゴン相手に喋るだけでも恐れ多いのに、ボクは今からドラゴンと取引しようとしている。
何の保証も無いままに。
体の大きなソンドシタ様の緑の視線がボクを見下ろす。ボクは逃げたくなる気持ちを無理やり押さえつけて言葉を絞り出した。
「あの、探し物について行く代わりに、ボクもお願いしたいことがあるんです。」
船長さんが渋い顔をする。ボクはドラゴンじゃ無くて人間だ。ヘンテコな木の枝を杖代わりに突き、ボロボロの鉄の剣を帯びていて、報酬に金貨が詰まった袋でも与えておけば喜ぶと思っていたかもしれない。
そんなボクが交渉を壊そうとしている。
ソンドシタ様は『ドラゴンの点鼻薬』の代わりにボクに探し物を頼んできた。そこら辺の薬草を煮詰めたものという薬が、酒樽いっぱいの金にも興味を抱かないソンドシタ様にとってどれくらいの価値があるのか判らないけれど、1つの品物に1つの労働と交渉の天秤にはそれぞれ1つずつ乗せられている。
その天秤にボクはお願いを付け加える。
交渉の天秤が傾けばソンドシタ様が怒るかもしれない。でも、ボクはこのお願いのために白い大地までやってきたし、ソンドシタ様と話せる機会は最後かもしれない。
「ふむ。なんだ?」
乾いた痛みが喉を込み上げる。
「あの、ジルを、この棒を元の人間に戻す方法を知っていますか?」
ボクは木の棒になっているジルをソンドシタ様に差し出した。魔王からの言伝をカプリオを通じて受け取っていたし、『木の枝の形をした人の魂』と見抜いただけあって、ソンドシタ様ならジルを人間に戻せるかもしれない。ボクの期待は膨らんでいた。
兵士さん達が不思議そうな顔でただの木の棒を見る。ソンドシタ様が凄い物だと絶賛しても、ただの木の棒のために交渉が壊れるかも知れない。
「恋人か?」
「人間は恋人のために無茶をすると聞いた。」と続けるソンドシタ様の顔は真剣だ。ボクも真剣な顔をしていたと思うけれど、なおさらに顔を強張らせて答えた。
「いえ、顔も見た事もないけれど、いつも一緒にいてくれた相棒です。」
勇者アンクスに絡まれてから、ずっといっしょにいた相棒だ。何も無くなって1人ぼっちで寂しい時からずっとそばにいてくれしずっとボクを支えてくれた。ジルの願いはたった1つ、人間に戻る事だ。
「ふふ、ふぁーはっはっは。」
ソンドシタ様が大笑いをすると、大きな風が起こって立っているのも大変になる。どんどんと叩かれる白い大地には掴まるところが何も無くて、ボクは転んでしまった。
「白い姫が気に入ったのが解るわ。」
ぱちくりと瞬きを繰り返すと、ソンドシタ様は続けた。
「白い姫にドラゴンなら知っているかも聞かされたのではないか?」
だから姫様は気に入っていたボクを手放して、加護の付いた腕輪を渡した。姫様の加護を受けた腕輪が有れば暴れているドラゴンでも話くらいは聞こうとするそうだ。姫様ってすごかったんだね。
「よし。ワレに付き合ってくれたら、その『木の枝の形をした人の魂』を人間に戻すのを手伝ってやろう。」
もともとニシジオリに住んでいるボクにはツルガルの問題には関係ない。頼まれて道案内をしているだけだ。本当ならツルガルに対して要求するところなのに無理を言うのだから、ボクの頼みごとのひとつやふたつ聞いてくれるとソンドシタ様は胸を叩いた。
「それじゃあ、ジルを人間に戻す方法を知っているんですか?」
「いや、知らん。」
「何とかなるさ。」と軽く言うソンドシタ様の大きな笑い声で、ボク達は再び地面を転がる事になったんだ
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次回:丸太のような『指』




