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金貨

第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。

--『金貨』--


あらすじ:やっと目的を伝えた。

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「アズマシィとは懐かしいな。元気なのか?いや、鼻が悪くなっていたか。」


遠くを見つめるソンドシタ様の細めた目は優しかった。ツルガルの王都を背負う魔獣アズマシィ様の事を知っていたみたいだ。アズマシィ様の説明をする手間も省けるし、健康を気遣う言葉が出てくるくらいなら、無条件に助けてくれるかもしれない。


まぁ、不要だと言われても、船長さん、いや、ツルガルの国としてお礼はするだろうけどね。国としての体面だけじゃなく、ドラゴンと繋がりが有れば心強い。アズマシィ様が生きている以上はまた鼻に腫物ができるかもしれないし、他の病気にかかるかもしれない。


アズマシィ様の背中の上にある王都に王様は住んでいて、食べる物もアズマシィ様に依存している。アズマシィ様がくしゃみをするだけでも大問題なのに他の病気に罹ったら国を挙げて大騒動になる。


「古い文献に『ドラゴンの点鼻薬』で治したという記述が見つかりまして、藁にもすがる思いでドラゴン様に助けを求めようと足を運んできた次第です。」


ヴァロアから話を継いだ船長さんが話し出す。口調の軽いヴァロアだとハラハラするから助かった。ソンドシタ様は気にしていないようだけど、ドラゴンの相手なんだから見ているだけで寿命が縮みそうだったんだよ。


「ふむ。それで、症状は?」


ソンドシタ様は過去の事例と違う症例も想定して話を進めてくれた。浮揚船に乗って王都の外から来た船長さんはアズマシィ様の鼻の中に行った再調査隊には参加して無くて細かい所は答えられなかったけど、サスネェさんが補足してくれた。


「…なるほど。点鼻薬で事足りそうだ。しかし、手持ちがないな。」


ドラゴンは何も持っていないから当然かと思ったけれど、ドラゴンの里にも作り置きされた薬が無いらしい。


人間の浄化の魔法は神様から教えてもらったと伝えられていて、魔族には人間と同じ浄化の魔法を使う事はできない。白い姫様は体調を悪くしていたよね。


ドラゴンにも魔族と同じように人間と同じ浄化の魔法は使えないみたいで、ドラゴンは自分たちで同じ効果を持つ魔法を作ったそうだ。ドラゴンって神様と同じことができるんだ。すごいよね。


ドラゴンも浄化の魔法を使うようになってから病気に罹る事は少なくなって薬の常備を止めてしまっていた。だけど、材料を揃えればソンドシタ様にも薬を作ることができるらしい。


「そ、その薬を譲ってはくれませんか?で、できれば作り方も教えてくださると助かるのですが。」


アズマシィ様の鼻の腫物が完治しても、また同じ腫物ができるかもしれない。その度にドラゴンに会いに行くのは大変だし会えるとも限らないので、王様からは作り方も教えてもらうように言われている。


もちろん薬の実物も欲しい。作り方を教えてもらっても材料が集まるとは限らないし、失敗してしまう事もあるからだ。


「そうだなぁ。ワレは構わんが…。」


ソンドシタ様が首をひねってアゴに手をやる姿は人間に似ている。


「できる限りのお礼をさせていただきます!」


お礼をすると言って兵士さん達に持って来させたのは、ヴァロアもレースで優勝した時に貰った金貨の詰まった小樽が3個。人間なら小樽1つでも大金だけど、ドラゴンの大きさと比べると心許ない。


人間なら抱えるほどの小樽もドラゴンの爪の伸びた手には小さく見える。手の中に納まってしまいそうだ。例えるなら、モンジの団子くらいかな?


「他にも、そこの酒樽と同じ大きさの金貨の詰まった樽が2つあります。足りなければ追加する用意もあります!」


人間が入れるほどの酒樽でも、ソンドシタ様にはコップを持つような大きさになってしまう。ボクならその大きさの金貨が詰まったコップを貰ったら嬉しいけれどね。ドラゴンだとどう思うんだろう?


「その辺で採れる野草で作った薬にいったいどれだけの金を使うんだ?」


ソンドシタ様は呆れて言った。どこででも手に入る人間の薬なら、原料になる野草を採りに行き潰して混ぜる労力、それらの知識を正しく使える力の分だけ払えば良い。


だけど、今の相手はドラゴンだ。


「ドラゴンの秘薬を教えて頂くことに比べれば、はした金です。」


浮揚船にはドラゴンの気を引くために多くの金貨が積まれていた。金は錆びず腐らず永遠に輝きを変えない金属。ドラゴンの出るおとぎ話にも金を持っていたという記述がある。ドラゴンに襲われても、山のような金貨を見せれば話を聞いてくれるかもしれないと考えていたんだ。


それに、森の人からドラゴンの魔法を盗んだ男はその力を使って富を得たという。


火打石を使わずに火が出せる。水汲みに行かなくても水が飲める。風で嫌な虫を追いやれる。塩を買わなくても味のあるスープが飲める。今の人間の生活には欠かせなくなった魔法は、最初はお金に変えられて広まったんだ。


『ドラゴンの点鼻薬』にも同じだけの価値があるかもしれない。ドラゴンにとっては普段から使っている薬でも、人間には巨万の富をもたらす薬かも知れないんだ。


「人間には強すぎて使えん。そもそも、人間と魔獣では体の作りが違う。金にはならんぞ。」


「アズマシィ様を治癒できるだけでも、十分に価値があります。」


アズマシィ様の背中で暮らす人たちを避難させたり、新しい街を作る費用と労力は樽では済まない。ボク達17人を使って最新の浮揚船で白い大地に飛ばすだけでも大変な額になるそうだ。何人もの人数を何日も旅をさせるんだか食費だけでもバカにならない。


「それでも大げさだ。混ぜて煮込めば誰でも作れる。」


呆れるドラゴンは続けた。


「しかし、ワレも教えられて作れるようになったのでな。ワレがレシピを教えるには姉上の許可が必要だ。」


「お姉様にお会いしてお願いする事はできないでしょうか?」


「姉上の里の位置を人間に無暗に教えられん。それこそ姉上が許さないだろう。」


どうやら、ヴァロアのお爺さん、剣聖と同じようにドラゴンを討伐して名を上げようと挑んでくる人間がいるようだ。ヴァロアのお爺さんはどうやって白い大地を越えたんだろう?


「ワレが約束できるのは、アズマシィを治療するのに十分な薬の実物だけだ。レシピの公開は姉上に訊ねておく、結果は薬が用意できた時に知らせるよう。」


「それだけのお約束でも、当面の危機は乗り越えられます。ありがとうございます。」


「期待はするなよ。」


話し合いは進み、ボク達は白い大地の端まで戻って、ソンドシタ様が薬を作って持ってくるのを待つことになった。何も無い白い大地では待つだけでも大変だからね。船長さんはその申し出をありがたく受け入れた。


「薬のお礼にソンドシタ様に感謝の印を送りたいのですが、金では不足でしょうか?」


樽いっぱいの金貨。普通の人間なら見る事もできない大金を目にしてもソンドシタ様は目の色を変えなかった。それどころか薬のひとつにどれだけの金を支払うのかと呆れていた。


代わりにツルガルで用意できるものなら何でも準備すると船長さんは口にする。もともとドラゴンが何を好むか探っていたんだ。足元を見られるかもしれないけど、ドラゴンの口から聞けるのなら手っ取り早い。


ソンドシタ様はボクを見てニヤリと笑った。


「それなら、そこの占い師を貸してもらおうか。」



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姫様の『加護』



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