リーダー
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--『リーダー』--
あらすじ:ドラゴンが飛んできた。
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ドラゴンだ。
目の前に、おとぎ話でしか聞いたことのない、ドラゴンがいる。
大きな体は黒い鱗に覆われていててらてらと光り、長い尻尾をだらりと垂らし首をこちらに伸ばしてボク達よりも浮揚船に興味を示している。
(音が、消えた…?)
ドラゴンが浮揚船の近くを羽毛の無い翼でゆったりと羽ばたいているけれど、強く扇いでアグドの『ふわふわりんりん』を破ってからは揺れを感じない。それどころか翼が風を切る音も空の上を流れている強い風の音も消えている。
いや、風が無い。
浮揚船に掲げられている風の強さを知るための旗がへにゃりと垂れて、甲板に居る船長さんたちの服も靡いていない。浮揚船を守って風を遮っていた『ふわふわりんりん』が破られていたら、浮揚船ごと風に流されてしまうはずなのに揺れもしないないんだ。
(ドラゴンの魔法か?)
(魔法陣を見ていないよ。)
ジルはドラゴンが風を止めているんじゃないかと考えている。
ドラゴンは人間に声をかけてきた。『コイツはなんだ?』と。
つまり、ドラゴンは人間と話をするために邪魔な風を消して音を無くし浮揚船を流さないようにしている。風の魔法陣も見せず誰にも悟られずにいつの間にか。魔法を作ったというドラゴンにかかれば魔法陣を使わなくても魔法を使えるのかもしれない。
魔法陣を使わないで魔法なんて聞いたことが無い。瞳の無い魔道具だって中に魔法陣が組み込まれているんだ。
黒いドラゴンは魔法陣を映していない緑の瞳をギョロつかせ、人間をひとりずつ観察する。自分の質問に答える相手として、ボク達の代表者、船長さんを探しているんだろう。ツルガルの兵士さん達は似たような格好をしているけど、船長さんだけは立派な帽子と服を着ている。
誰が見たって違うと解るよね。
突然のドラゴンの飛来にみんなが言葉を失っている中、覚悟を決めた顔で船長さんが右手を挙げて兵士さん達に弓を降ろさせる。魔獣が飛んでくると思って弓の用意をしていたんだよね。すごい勢いで迫ってくる脅威に備えて矢もつがえていた。
だけど、ボク達はドラゴンと争いに来たわけじゃない。お願いをしに来たんだ。
ドラゴンにアズマシィ様の鼻のムズムズを治す『ドラゴンの点鼻薬』の作り方を教えてもらうか、作ってもらわなければならない。ボク達にはドラゴンと争う理由はまったく無くて、それどころか機嫌を取らなきゃならないんだ。
ドラゴンの魔法を『森の人』から人間が盗んだとおとぎ話は伝えている。それが本当だとしたらと『森の人』と一緒に暮らすドラゴンが抱く人間の印象も悪いに違いない。悪ければ炎の息を吹かれて話を始めるどころじゃ無かったかもしれない。
目の前のドラゴンは怖い顔をしているけれど襲わないで話しかけてくれる。コロアンちゃんを保護してくれた不自由な大鷲亭のバーツさんのように本当は優しいかもしれないよね。見た目だけで判断しちゃダメなんだ。
船長さんが一歩前へでる。
ドラゴンに挨拶をするつもりだ。
せっかくドラゴンから話しかけてもらえたのに、人間はびっくりしてまだ挨拶も返せていない。印象が悪いと考えられる中、お願いをしなければならない立場なんだから、最初の挨拶でしくじる訳にはいかないんだ。
「オマエがこの船のリーダーか?」
ドラゴンがお腹に響く低い声で尋ねてくる。
縦に割れた緑の瞳は、歩を進めた船長さんを通り過ぎて、にボクに向けられていた。
他の人よりも装飾のある帽子も服装も、右手を挙げて弓を降ろさせた合図もドラゴンには意味がなかったみたいだ。
いや、いやいやいや。普通だったら服装や指示をしている人をリーダーだと思うよね。ボクみたいに甲板にも出ないで操鳥室に閉じこもって頭だけ覗かせている人物をリーダーだと思わないよね。
ドラゴンと目が合うと緑の盾に割れた瞳孔が細くなり、とっさにボクは頭を引っ込めた。だって怖いじゃない。せっかく船長さんが覚悟をきめて話しかけているんだから、ボクなんかが出る幕じゃ無いよね。
「ドラゴン殿。突然の訪問申し訳ない。私がこの浮揚船の船長を務めている。代表として挨拶をさせていただきたい。」
ボクの頭の上を船長さんの声が通り過ぎる。操鳥室で震えているボクなんかと違って、恐れずにドラゴンに話しかける声は凛々しく頼もしく聞こえる。さすが船長さんだ。ボクは再び窓の外を覗き見る。今度は目が窓に出るくらいにね。怖いから。
「船…、船か。確かに上の袋が無ければ船に見えるな。船長殿。それで、リーダーと代表は別なのか?」
ドラゴンは不思議そうに船長さんに尋ねる。
いやいやいや、もうボクの事なんて忘れて良いからね。ボク達の代表として立派な船長さんが挨拶に行ったんだから忘れてよね。ね。
ドラゴンは船長さんに顔を向けているはずなのに、まだボクを見ている気がする。
「ドラゴン殿のおっしゃりたい意味は解りかねますが、私がこの一団を率いています。ドラゴン殿が興味を示されているのは占い師殿。遠くニシジオリからいらした使者様ですが、我らがドラゴン殿に会うために無理を言って道案内をしてもらっているのです。」
「この者はワレ等の棲み処を知っているのか?」
ドラゴンの声が機嫌悪くなり緑の瞳がギロリと光った気がしてボクは再び窓の下にもぐる。まるで棲み処を知っていたら殺すぞと言わんばかりだ。
「知っている訳ではございません。占い師殿は優秀な方で、占いで何でも探してくださるのです。」
「なるほど、アドバイザーだからヌシよりも身に付けている物が良いのか。」
ドラゴンは一頭で納得しているけれど、ボクにはさっぱり解らない。ボクの着ているのはニシジオリの国で貰ってから着続けているお仕着せにツルガルで貰った温かい上着。最近は兵士さん達とも打ち解けていたから気を抜いていた。
一方、船長さんは威厳を損なわないように身だしなみを整えている。
ドラゴンの基準が解らない。
「ドラゴン殿も飛び続けているのも難儀でしょう。どこか腰を落ち着けてお話を伺えないでしょうか?」
「ふむ。ワレも少しばかり知りたいことがある。その提案を受け入れよう。」
ドラゴンは船長さんの提案をすんなりと受け入れてくれる。
ボク達にとって浮揚船を降りて話をすることはあまり得策じゃない。何もない白い大地でビスよりも早い浮揚船はドラゴンから逃げる事ができる唯一の乗り物なんだ。今は穏やかに話しているドラゴンだけど、いつ不機嫌になって暴れるか解らない。
それでも船長さんが地面へと降りる選択をしたのは、ドラゴンに敬意を示すためだと思う。
ドラゴンだって見た事もない空飛ぶ船を警戒してない訳が無いよね。ジルだったら船室に隠れていた兵士さんがいるかもしれないと警戒するもの。
ドラゴンにもその意図は伝わっているんだと思いたい。そして席を改めて変な空気を換えて最初の挨拶から仕切り直して欲しい。ただの占い師であるボクの事なんて忘れて。
「そこの占い師も交えてな。」
ボクの必死の願いはドラゴンが付け加えた言葉に無情にも崩れ去った。
いやいやいや、ボクには話す事なんて何もないよ!
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次回:『対談』の始まり。




