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黒い点

第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。

--『黒い点』--


あらすじ:アグドに助けてもらった。

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ヴァロアが見つけた黒い点がどんどん大きくなっていく、馬よりもビスよりも、鳥よりも早く、黒い点が真正面から飛んでくる。


「総員警戒!ウズケル!マチャを戻せ、アグド!船の前方に『ふわふわりんりん』だ!」


船長さんが矢継ぎ早に命令を下す。浮揚船を牽く鳥、マチャを戻して船を停めてアグドの『ふわふわりんりん』で空気を柔らかくして船を守る。浮揚船よりも早い速度で飛んでくる黒い点から逃げられないと判断したのかな。


白い大地の光る苔や虫を採取したりしているから、ドラゴンに会う目的のついでに白い大地の情報を集めているような感じもする。飛来する黒い点にも興味があるのかもしれない。


どちらにしても、真正面からすごい勢いで何かが飛んでくるなんて非常事態には違いない。


「手の空いているヤツは甲板に出ろ。夜晩のヤツもたたき起こせ!サスネェ!『英雄劇薬』の準備!」


真っ直ぐに飛んでくる黒い点は、明らかにこの浮揚船に向かっている。もしも黒い点が魔獣だったら浮揚船を襲って来るかも知れない。今朝も石帽子の魔獣に襲われたばかりだ。大きな魔獣が石帽子の魔獣のように飛びついてきたらひとたまりもない。


兵士さん達は慌ただしく弓を取って甲板へと駆けていく。武器となりそうな物は弓しかない。ドラゴンと戦うつもりでは無かったし、ツルガルでも白い大地でも脅威となる魔獣はいないと思っていたんだ。


雷鳴の剣や魔法の杖があれば良かったのにね。賢者様がいたニシジオリ国には魔道具が少しあるけれど、ツルガルでは見たことが無い。ニシジオリでも滅多に見ない貴重品だ。


「浮揚船を地面に降ろしている暇はねえ。落ちねぇように気を付けろ!」


矢筒を背負って甲板に出た兵士さん達は船から落ちないようにロープで体を縛りつけ船と固定する。手すりに留まったマチャ達をなだめている人もいる。


「船を停めるぞ!何かに掴まれ!!」


マチャが戻っても空を滑っていた船が空気を柔らかくする『ふわふわりんりん』で空中に停められて、体が揺れた。馬が牽かないと馬車は止まってしまうけど、浮揚船はマチャが牽かなくてもしばらくは滑ってしまうんだ。


「ねえ、アグドは行かなくていいの?」


総員と言われたのだから、アグドも魔獣かも知れない黒い点を迎え撃つために甲板に行くと思ったのに、船長さんたちが出ていってガランとなった操鳥室にはボクとヴァロア、そしてアグドが残っていた。


いや、ボクが行っても足手まといなだけだよね。ボクはただの占い師だから出て行っても何もできない。弓を当てる自信なんてこれっぽっちもないんだ。ヴァロアも吟遊詩人だから…、いや、彼女の『帆船の水先守』は役に立つかもしれないけれど。


「いや、オレはオマエ達の護衛だぜ。今朝はオマエ達から離れて怒られただろ。それに、ちゃんと『ふわふわりんりん』で船も守っているからオーバーワークだぜ。」


アグドは視線を泳がせてボクの方を見ない。


彼にはボク達を守るためにも浮揚船を守って欲しい。もしも浮揚船が壊されたら、ボク達は白い大地を歩いて帰らなきゃならない。何も無い大地を何日もかけて。浮揚船なら1日だけど、歩いたら何日かかるのか。


浮揚船が無くなったらボクは生きて帰れる自信がない。


「ふ~ん。」


ボクは白い目でアグドを見つめるけれど、彼にはまったく通じない。まぁ、彼がいれば万が一浮揚船が空から落とされた時、地面にぶつかって潰れる事だけは避けられる。


きっとアグドの『ふわふわりんりん』で助けて貰えるよね。


14人の兵士さん達が甲板で黒い点を見つめる後ろで、ボク達は操鳥室の窓から3つの頭を覗かせた。


怖くても飛んでくる黒い点の正体と顛末は気になるんだ。


「おい、ちょっと待て。」

「ああ、ドラゴンだ。」

「黒いドラゴンだ!!」


ボクの目にはまだ黒い丸にしか見えないけれど、広い大地に住んでいる目の良いツルガルの兵士さん達にはその姿が見えているようだ。ドラゴンの名前にざわざわと動揺が広がり、腰が引ける。


ドラゴン。


その名前にボクは耳を疑った。


もともとドラゴンに会いに行くつもりだったから会う覚悟はしていたけれど、まさかドラゴンの方から出向いてくるとは思っていなかった。あと数日。あと数日は見た事もない白い大地を飛んでいるだけだと思っていた。


ドラゴンだから黒い点は鳥よりも早く飛んでくる。


ドラゴンだから黒い点は遠くにいても大きく感じる。


ドラゴンだから、黒い点が今にも炎の息を吐きそうな気がする。


眩暈がする。


いやいやいや、ドラゴンだから大冒険の最後にずでんと待ち構えている存在なんじゃないかな。少なくともおとぎ話の英雄譚の中ではそうだった。物語の最後に出てきて人間と戦うんだ。


ボク達の目的地だった『ソンドシタ様の心臓』のある場所に着く前日にはちょっとした覚悟のためにお酒を飲む予定だったんだ。怖いと言われるドラゴンに会うために、心の準備は必要だよね。


いきなりドラゴンに会うなんて考えてもいなかった。


翼の一振りごとに翼が振られるたびにその体がかすんで黒い点が大きくなる。徐々に姿が解ってきて、ボクにもその存在がドラゴンだと判別でききてくる。


細く飛び出た筋が動いて翼だと気付いたら、次は長い首と長い尻尾が揺れて見える。その次には鋭い爪が日の光を浴びて煌めいた。


そして、瞳が。


黒い鱗の中に、はっきりと見える緑に光る瞳。


その双眸がボク達を見ている。


初めて見るドラゴンは挿絵よりも生き物っぽくて現実感が無い。だけど、少しずつドラゴンの形になっていく黒い点は確実に脅威だと感じられる。長い尻尾を振り回すだけで、鋭い爪を薙ぐだけで浮揚船が落ちてしまいそうだ。


反撃したくても、黒くて硬そうな鱗には弓なんて通用しないんだ。おとぎ話のように。


ぎゃぁぎゃぁと船に繋がれたマチャ達が騒ぎ、兵士さん達は口を閉ざす。鳥であるマチャたちには人間よりもドラゴンの気配を濃く感じているのかもしれない。


ドラゴンの形になっていく黒い点が遠くで大きく体を沈めたと思ったら、次の瞬間には目の前にいた。ドラゴンは浮揚船の前で浮き上がると、緑に光る瞳をわずかに薄めて強く一振り羽ばたいた。


バサリと音が轟いくけれどドラゴンの体が揺れない。アグドの作った『ふわふわりんりん』が作っていた空気のゆがみを翼の一振りで消して浮揚船を大きく揺らしたんだ。


『ふわふわりんりん』で飛んでくる魔獣を止めて弓を射る。兵士さん達の作戦はもう使えない。


体の震えが止まらなくてボクはジルを強く握りしめた。


(大丈夫だ。ドラゴンは止まったんだ。まだ襲われると決まったワケじゃ無い。)


ジルに吊り下げた緑の苔のビンがカラリと揺れる。


目の前の空中でゆったりと翼を振るドラゴンは、珍しい物を見る眼つきで浮揚船を食い入るように見つめている。ツルガルでも初めて作られた浮揚船はまだ試作品で王妃様のナイショなんだ。ドラゴンだって見たことが無い。


「コイツはなんだ?」


ぐるりと浮揚船を見ていた緑の目が止まる。


太い牙を覗かせる口から低い声が空気を震わせて、ボク達に問いかけてきた。



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次回:ボク達の『リーダー』



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