朝食
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--『朝食』--
あらすじ:アグドに助けてもらった。
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「馬鹿野郎!!」
大きな怒声が晴れ渡った空に響き渡ると、朝ご飯を前に仕事を終えようとしていた兵士さん達の足が止まり注目を集めた。たくさんの小さな魔獣に襲われた洞窟までの散歩、散歩と言うより探検だったけれど、から浮揚船に戻って船長さんに報告したら大きな雷がアグドに落ちた。
ボクが怒られたんじゃないからね。
「オ、オレだって頑張ったんだぜ。褒めてくれたって良いじゃないか。」
アグドはボク達を助けてくれた。魔法使いにしか使えない2つの魔法陣を使った魔法で石帽子の魔獣を打ち落として、最後には洞窟に『ふわふわりんりん』でフタをして魔獣を閉じ込めてくれたんだ。
魔獣が洞窟から出て追いかけて来るかもしれないから、今も『ふわふわりんりん』で押さえたままなんだよね。いくら『ギフト』の力だと言っても維持するだけでも大変だと思う。『ギフト』を使うのにも魔力を使うから魔力が無くなれば頭がくらくらするんだ。
「そもそも、護衛対象から離れたらダメだろ。」
アグドはボク達が洞窟に入っても外にいた。洞窟の入り口から魔法を飛ばしていたんだ。洞窟に入りたくなかったと言っても護衛対象から離れたら守れない。とっさの時と言うのはいつ来るか解らなくて、護衛はずっとついていなきゃならない。
「オレまで中に入ったら、コイツは一番奥まで探索を止めなかったと思うぜ。オレが入らなければコイツも困って出てくると思ったんだ。」
アグドに指を差されてヴァロアは誤魔化すように笑って舌を出す。ボクが言っても彼女は聞かなかったからね。アグドの指摘は正しいと思う。魔獣が出なかったら洞窟が終わるまで出てこなかったかも知れない。
「護衛対象が危険に近づかないように止めるのも仕事なんだよ。オマエの『ふわふわりんりん』を使えば難しい事じゃ無いだろう。」
あ、殴られた。
何でも柔らかくする『ふわふわりんりん』で洞窟に蓋をして、たくさんの魔獣を出ないようにしたのと逆で、入り口の空気を柔らかくしてフタをすれば、ヴァロアを洞窟に入れないようにすることもできた。アグドは力ずくでヴァロアが洞窟に入らないようにすることもできたんだ。
それを怠ったから船長さんは怒っていたんだ。
「暴れたら止められねえよ」とアグドが更に言い訳を続けたけれど、船長さんは話を切り上げて彼に朝食抜きを言い渡した。
「アンタ達も無茶をしないでくれよ。何が起こるか判らねえんだから。」
ボクとヴァロアは釘を刺されるだけで済んで、朝食抜きは言い渡されなかった。昨日の夜はオーロラが揺れていて寝付けなかったし、早朝の探検でお腹はペコペコだ。ボク達が朝食を食べる横でアグドが恨めしそうな顔をするから味なんてしなかったけどね。
朝食を食べた後はボク達が見つけた洞窟を調べる事となった。
洞窟には今まで知られていなかったものがある。光る苔に光る虫、それに石帽子の魔獣。王都にまで持って帰る事はできないかもしれないけれど、報告書には書かなきゃならないらしい。
それに、岩ばかりの場所に石に擬態する魔獣がいる。もしも浮揚船を着陸させた場所に石に擬態した魔獣がたくさんいたら、浮揚船を壊されてしまうかもしれない。魔獣が洞窟の中にしかいないとは船長さんは考えなくて、実物を見たいのだそうだ。
浮揚船を守る兵士を数人残して、石帽子の魔獣がいる洞窟へと足を向ける。目的は光る苔と虫の採取と石帽子の魔獣を見る事。できれば石帽子の魔獣も数匹捕まえて、浮揚船に残っている兵士たちにも見せたいと考えているようだ。
見たことがあれば普通の石と石帽子の魔獣を見分けやすくなる。だから捕まえる事が出来なかった場合は、浮揚船に残っている兵士さん達と交代してでも実物を見せておきたいのだそうだ。
「静かだな。」
入り口にフタをしていた『ふわふわりんりん』をアグドに解除してもらった洞窟の中は、静まり返っていた。朝食を食べる間中、魔獣が騒いでいたとは思えないから魔獣は再び石に擬態して見えなくなっているんだと思う。
「そこの別れ道の先です。」
船長さんは明るく光る苔を採取させたり、光る虫を採取させたりしていた。何かに使えるかもしれないそうだ。ボクも小さなビンに光る苔を入れてみた。ジルの枝先に掛けるとビンの中の苔がふわりと光ってぼんやりと手元を照らす。水を吹き替えてやればしばらくは明るいかな。
兵士さん達は光る虫も捕まえていたけれど、こちらはボクは捕まえなかった。エサも解らないから捕まえても王都に戻るまで生きていなよね。浮揚船に戻ってから絵を描くのが得意な兵士さんに描かせるらしい。彼は今、洞窟の様子をさらさらと描き写している。
「あれくらいのサイズの石ッス。たぶん。アレもそうッス。」
「全員警戒!アグドは『ふわふわりんりん』を壁に押し付けるように展開しろ。」
「またオレかよ。」
「さっさとしろ!」
アグドが石に擬態した魔獣がいる壁に向かって『ふわふわりんりん』使うと、空気が歪んで壁に貼りついて行く。柔らかくなった空気と壁に潰された魔獣は慌ててもがいて飛び跳ねようとする。カタリ、カタリと動く魔獣を『英雄劇薬』で腕を太くしたサスネェさんが捕まえた。
「あまり強くはないな。普通の男なら抑え込めると思うぜ。」
サスネェさんは『英雄劇薬』を解除しでも軽々と石帽子の魔獣を捕まえている。ひっくり返した石帽子の魔獣は白い毛皮に緑の目を光らせて短い手足をじたばたしていた。石の帽子の部分を捕まえていると魔獣の腕も短くて届かないみたいだ。
「とりあえず、数匹捕獲して様子を見るか。『ふわふわりんりん』を破れないようなら、鉄格子を破る事も無いだろう。」
魔獣は死んだらぐずぐずになって消えてしまうから王都まで連れて帰ることは難しい。何を食べているかも分からないからね。生かして連れて行くなんて無理なんだ。だから、じたばたもがく魔獣を見て逃がしてあげれば良いのにと思ったんだ。この魔獣は悪い事なんてしてないよね。
浮揚船に戻ったら、船長さんは残った兵士さんたちに石帽子の魔獣を見せて注意するように呼び掛けていた。
それからすぐに浮揚船は出発した。残りの食料と目的の『ソンドシタ様の心臓』のある場所までを考えれば余裕はあるけれど、途中でなにがあるか解らない。今回の魔獣のように、まだまだ知らない生き物がいるかも知れないよね。
朝の寒さで岩と浮揚船が凍り付いてしまう問題は解決したらしく、船長さんをはじめみんなが軽口をたたいて元気に出発の準備をしていた。
浮揚船に乗り込むと大きな翼を広げたマチャが青く澄み切った空へと元気よく飛び立った。
陽の光が眩しくて、眩しい光が温かい。朝から大騒ぎになった石帽子の魔獣や光る苔や虫の話で操鳥室は賑わって、まるで自分が発見したかのように振舞うアグドが怒られる。警戒を怠れない白い大地とは思えないほどみんなは緊張を解いてくつろいでいた。
空の上は穏やかで1日目が何も無くて安心していたんだ。ずっと緊張し続けるなんて難しいよね。
「ん。何か変な音がするッス。」
耳をぴくぴくと動かしたヴァロアが首をかしげて外を見る。
遠くの空にぽつんと浮かんだ黒い点がどんどんと大きくなっていた。
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次回:飛来する『黒い点』




