緑の光
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--『緑の光』--
あらすじ:何か光った。
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小さな光がギラリと輝いたように見えたので、ボクは目を見張った。ぼんやりとした緑色の光があふれる洞窟の中に、ひと際強く輝く光が動物の双眸のように見えた気がしたんだ。
「何かいるの?」
言葉を途中で途切れさせたヴァロアに恐る恐る尋ねた。『帆船の水先守』で辺りを知ることができる彼女は何かを感じたみたいだったし、ランタンの灯りだけで見ているボクよりも状況を把握しているはずだ。
「いや、気のせいッスかね。そこで何か動いたように思えたっスけど、今は石が転がっているようにしか感じないッス。」
「奇遇だね。ボクもそこで何かが光ったように見えたんだよ。」
ヴァロアが指を差した方向はボクが輝いた光を見た所と一致していた。ギラリした光は緑で苔のほのかな明かりよりも輝いていた。『帆船の水先守』は音で周りを知る『ギフト』だから光や色を知る事はできないそうだ。
「やっぱり、何もいないっスね。」
ヴァロアはランタンの灯りを指さした先に向ける。そこにはただ緑の苔が生えた岩の壁と小石が敷き詰められた道があり脇の方には壁が崩れたた一抱えほどありそうな大きな石もいくつか見える。他の場所と変わらない光景だった。
「石ばっかりだね。」
何かの拍子に石が動いてしまったのだろうか。ボヤっと明るい緑の苔にしてはやけにギラリと光ったように見えたけど。何かの拍子に石が動いて明るさが増えただけかもしれない。
ヴァロアはまだ不審に思っているのか、ランタンの灯りをさらに石の近くへと差し出した。
ピャー!
一抱えほどありそうな石が突然、飛び上がってヴァロアを襲う。
ヴァロアの顔を狙って飛んできた石を、彼女は身を捩じって避けると、飛び去ろうとした石をランタンを持っていない方の手で捕まえた。
「岩に擬態してたッスね。結構重たいッス」
ヴァロアに首元を掴まれてピーピーと鳴くソレは、頭に平べったい三角の帽子のような石をかぶった白い毛皮の生き物だった。体を小さく丸めれば三角の石の帽子にすっぽりと収まって周りの石と見分けがつかない。
「うわっ。魔獣ッスね。」
石の帽子の下に緑にギラリと光る双眸を持ち、白い毛皮の背中には黒い鬣のように黒い毛が生えていた。黒い鬣は魔獣の証。食料にもなる動物とは違って凶暴で、死ねばぐずぐずに崩れて毛皮も肉も残らない。
ピギャー!
ヴァロアの手の中の石帽子の魔獣が鳴いてじたばたともがいて牙を剥くと、辺りの岩がめくれて緑の光がギラリギラリと光る。ヴァロアの手の中にいる魔獣と同じ石帽子の魔獣の目。それも1個や2個じゃない。たくさんだ!
ボク達はいつの間にかたくさんの石帽子の魔獣に囲まれていたんだ。
「ヴァロア!」
「マズいッスね。」
小さな魔獣でもこんなにたくさんいたらボク達の手に負えない。ボクの手には薪割りの剣と棒の姿のジルがいるけれど、たくさんいる石帽子の魔獣を退治するのにふたつの手だけじゃ足りないんだ。
たくさんの石帽子の魔獣が洞窟の床から湧き出して飛びあがる。床や壁に擬態した石帽子の魔獣がヴァロアの手の中の石帽子の魔獣の声に反応して飛び掛かろうと姿勢を低くしている。もしかしたらヴァロアに捕まえられている石帽子の魔獣を助けようとしているのかもしれない。
「逃げよう!」
ボクは一目散に入口へと走り出した。
剣を持っていたって、たくさんいる魔獣の相手なんてできないよ。石帽子の魔獣に背を向けたボクの後ろから、一抱えほどもある石が次々と飛んでくる。それがすべて石の帽子をかぶった魔獣なんだ。
「剣を!」
逃げようとして足をもつれさせるボクの手から、ヴァロアが薪割りの剣をもぎ取って振りまわすとガキンガキンと鉄と石のぶつかる音がする。ヴァロアの振り回す剣が飛びついてくる石帽子の魔獣を的確に打つけれど、彼女の細い腕では押し返せずに軌道を逸らすだけで精いっぱいだ。
ランタンの灯りが無くても石帽子の魔獣の目が緑に光っているので、何とか避ける事はできる。ボクは剣を振るうヴァロアの手から零れたランタンを拾って走った。
「もうすぐだよ。」
苔のほのかな明かりが見えるくらい洞窟の暗い場所に入り込んでいたので、思った以上に入り口は遠かった。でも、逃げ続けていたから陽の当たる洞窟の外はすぐそこだ。
「スペシャル★ミラクル★ウインド★ファイヤー!!」
ボク達の正面、洞窟の出口から、すごい勢いの火の玉が飛んできて石帽子の魔獣を吹き飛ばす。洞窟の出口にはアグドが仁王立ちになっていて右の目と左の目に色の違う魔法陣を輝かせていた。火の魔法陣と風の魔法陣の色だよね。
ふたつの魔法陣を同時に発動させる事は難しくて、それも2つの瞳に別々の魔法陣を描くなんて並の魔法使いでは難しいと、勇者のお供をしている魔法使い、ウルセブ様に聞いたことがある。
でも、今はアグドの魔法に感心している暇は無い。
「何やっているんだ。さっさと洞窟を出るんだ!急げ!」
アグドの魔法は凄いけれど、石帽子の魔獣の数はもっとすごい。
すぐそこまで押し寄せているんだ。
「ヴァロア!早く!」
アグドが魔法で石帽子の魔獣を打ち落としている間に、浮揚船まで逃げて、兵士の皆に助けてもらわないと。ヴァロアとアグドががんばってくれているけれど、打ち落としているだけで石帽子の魔獣は減っていないんだ。
魔獣が倒れればぐずぐずに崩れていくはずなのに、打ち落とされた石帽子の魔獣は脚をじたばたさせるとゴロンと転がって態勢を戻して飛び掛かろうと再び姿勢を低くする。それにさっきよりも数が増えている気がする。洞窟の奥からも集まっているんだ。
「了解ッス。」
一振りで何匹もの石帽子の魔獣を弾いて走るヴァロアにも余裕はない。
石帽子の魔獣はどんどん増えて、いくら打ち落としてもキリがない。
どうにか、浮揚船まで逃げて助けを呼んでこないと!
『英雄劇薬』で腕の力を増幅させたサスネェさんなら石帽子の魔獣を石の帽子ごと叩き潰すことができるかも知れない。数が多くても浮揚船なら14人もの兵士の人がいるから何とかなるよね。
ボク達が転がるようにして洞窟を出るとアグドはニヤリと笑った。
「『ふわふわりんりん』!!」
アグドが洞窟の入り口に彼の『ギフト』をかけると、空気がぐにゃりと歪んだ。
アグドがビスのレースで『ふわふわりんりん』で空気を柔らかくしてボク達の足を止めようとしたように、柔らかくなった空気が洞窟の入り口を塞いだ。ドスドスと飛びかかって来る石帽子の魔獣を空気の層が受け止めてゆっくりと押し戻されていく。
アグドの『ふわふわりんりん』は地面でも空気でも柔らかくする。空気の場合は硬くなっているのかな?すべてを柔らかく受け止めてくれるんだ。
「助かった…。」
「ひゃ~危なかったッス。ありがとうッス。」
「ふん。もっと感謝して良いぞ!」
浮揚船まで逃げなければならないと覚悟していたのだけど、アグドの『ふわふわりんりん』のおかげで助かったんだ。
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次回:『朝食』の前に。
今年もよろしくお願いします。




