洞窟
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--『洞窟』--
あらすじ:勇気を出した。
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白い大地に開いた大きな穴。洞窟に入ると風が遮られて少しだけ温かい。もう少し奥に進んだら太陽の光が遮られて寒くなるかもしれないけど。
「待ってよ。ヴァロア。」
先を進むヴァロアに声にかけてボクも駆け足になる。とにかく彼女に追い付かなければ明かりが無いから足元も見えなくなってしまう。そうしたら追いかけるどころじゃないよね。
火の魔法を使っても良いけれど、ボクは魔法陣を維持したまま洞窟の探検をするほどの技量はない。文字の書かれた魔法陣を思い浮かべながら周りに注意を払うなんてできないんだ。
魔法使いのウルセブ様のように訓練をした人の中には魔法を使いながら違う事ができたり、2つの魔法陣を同時に描く事もできるけど、普通の人はふたつの魔法を同時に使おうとはしない。ひとつの魔法を使うことができれば暮らすのには十分だし、それだけでも訓練が必要なんだ。
「やっぱり、来てくれたっスか。」
「何が起こるか解らないからね。せめて剣だけでも持って行ってよ。」
白い大地には何もいない筈だけど、報告書を書いた人達だって隅々まで探検したわけじゃない。ビスが食べる草さえも生えていないから、人の手で運べるだけの荷物しか持ってくることができなかったみたいだ。
ある報告書には白の大地の果てを探して食料が尽きて戻る事になったと記されていたし、どの報告書でも洞窟を探検したとは書いていなかった。洞窟を見つけられなかったのかも知れないし、洞窟の奥に興味が無かったのかもしれない。
報告書ではドラゴンだって森の人だって見つかっていない。まだまだ知らない事の多い白い大地の未知の洞窟に備えも無しで奥に進むのは止めた方が良いと思うんだ。
「剣ッスか。自分はちょと苦手なんスよ。兄さんが持っててくださいッス。」
剣を差し出すボクに興味を無くしたヴァロアは再び洞窟の奥へと踵を返した。
旅の途中でヴァロアが剣を振る姿は何度か見た。彼女の振る剣は早くて音がしない。聞いてみると剣をまっすぐに振ると音が小さくなるらしい。でも、いくら言われた通りにやってもボクの振る剣は音がして、吟遊詩人で耳の良い彼女にしかできないのかもしれない。
この数年の間は薪しか割って無いからね。ボクは。だから下手だって良いじゃない。
いや、ボクだって男だ。女の子を守るくらいの事ができないとね。
身構えながらキョロキョロと辺りを観察すると、洞窟の壁面は何かが削り取ったような岩肌で、あちこちの岩と岩の間に隙間がある。足元には削られた壁から落ちたのかジャリっと小石を踏んだ感触がある。外の白い岩だらけの地面と違って小石が敷き詰められているみたいだ。
ヴァロアの背を追って奥へと進むと、だんだんと陽の光が届かなくなってランタンの明かりが洞窟を照らしめた。
「何もいないよね?」
ヴァロアの後ろから声をかけて、ボクは息を飲んで薪割りの剣を抜いた。何かが飛び出して来たらボクがどんなに急いだって剣を抜く前に襲われてしまう。
「大丈夫ッス。自分には手に取るように見えてるッス。」
ヴァロアの『帆船の水先守』によればボク達を襲えそうな大きな塊は無く、生き物の柔らかさも感じていない。何より心臓のような音が聞こえないそうだ。
彼女が洞窟の奥に向かってランタンを掲げると洞窟の先が2つの道に分かれている。二股に分かれている根元に入り口で見た緑の光がぼうっと浮かんでいたんだ。緑の光は小さな植物が光を出しているように思えるけれど、光や色までは解らないらしい。
ヴァロアがランプの灯りを緑の光に近づけたので、ボクも彼女の手元を覗き込む。
「苔ッスかね?」
「苔だね。」
ランタンに照らされた緑の光は浮揚船の前で見た白い岩の間に生えていた苔に似ていた。もしかしたら同じかもしれない。苔がぼうっと緑に光っていたんだ。
(なんだ?)
左手に持ったジルが小さな声を上げると苔が小さく揺れて陰から小さな粒がトコトコト歩いて出てきた。
「虫ッスね。こんな場所でも生き物がいたっスね。」
ヴァロアが細い指で追い立てると小さな虫は緑の光を帯びて苔を離れて、ふわふわと宙に飛び立った。右へ左へと揺れて飛んでぷ~んとかすかな音を立てる。一匹が飛ぶのに釣られたのか、2匹3匹とふわふわと増えていく。
もしかしたらオーロラはこの虫、羽があるから羽虫かな、が集まってできているのかもしれない。
生き物がいない筈の白い大地で生きているだけで心が動く。初めての発見かも知れないよね。この羽虫が光る苔を食べて夜に集まって空に飛んで行く。オーロラの素になるかもしれない。
ふよふよと漂う羽虫の行き先を追うと洞窟の奥へと飛んで行く。まだ朝ご飯の前だからオーロラになった空から帰ってきたばかりかも知れないね。
奥へと続く道は歩いてきた道の半分ほどの大きさで、奥に進むほど苔の光が増している。
「右と左とどっちに行くッスか?」
左の道はぼうっと光る緑の苔が洞窟の形を映し出している。壁面にはうっすらと、岩の合わせ目には苔がびっしりと生えていて、複雑に組み合わさった岩の合わせ目から光が染み出してきたように見える。
右の道の方は苔がまばらに生えていて、岩の合わせ目の深い場所に苔が密集して、まるで緑の星空のように見える。光の薄い場所は羽虫が苔を食べちゃったのかな。
小さく光る羽虫は左の道から右へとただよっていく。もしかしたら小さな羽虫が苔の種を運んで広げて行っているのかもしれない。
どちらの道も見とれるほど綺麗で両方の道に足を運んでみたい。
でも…。
「もう戻ろうよ。アグドも外で待っているよ。」
護衛のはずのアグドがそばにいなかった。明るく光る洞窟の途中に彼のシェルエットが見える。あまり深く入って来ないのはランプの灯りが無いからかな?逆光になって顔は見えない。
それに、これだけの発見だから船長に報告して、みんなで探索に来ても良いんじゃないかな。きっと興味を持ってくれると思う。
「朝ご飯を食べたら皆で調べに来れば良いじゃない。」
日ごろから鍛えている兵士たちはボクよりも強いから何が出てきても安心できる。
「そこまで行けば入り口の明かりも入らなくなって、もっと綺麗に見えると思うッス。もうちょっとだけ進まないッスか?」
鳶色の瞳を緑の輝きで満たしたヴァロアの指さす方向は星空のような壁面にフラリフラリと緑の羽虫が飛んでいる。暗い方が羽虫の動きがはっきりと見える。
右の道にしても左の道にしても、もう少し奥まで行けば太陽の光も届かなくて、きっともっと綺麗な景色を見る事ができる。
(右の奥で何かが光った!気を付けろ。羽虫の他にも何かいるんじゃないか?)
「ちょっと待ってヴァロア。何か見えたような気がする。」
ジルの事はヴァロアにも秘密にしているから、言われたことをそのまま伝える事はできない。ボクは進もうとするヴァロアを引き留めてジルに言われた方向を睨むように観察する。
「大丈夫っスよ。何も動く物は…あれ?」
顔色を曇らせたヴァロアが足を止めた時、暗い闇の中の小さな光がギラリと光ったんだ。
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次回:闇の中で輝く『緑の光』




