散歩
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--『散歩』--
あらすじ:オーロラ怖い。
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ボクは白い岩の上で朝日に向かって伸びをした。
オーロラと言う緑のカーテンの下にいるだけで不安だったけど、浮揚船にはいっしょに旅をしてきた人たちがいるし、夜通し起きているジルも居るから安心して眠れる。一夜を過ごすと少しだけ落ち着きを取り戻していた。
まぁ、カプリオの背中ほどよく眠れる場所はないけどね。
朝日に輝く白い大地は夜の間に冷えて冷チラチラと雪が降り、ゴツゴツとした岩の境目が薄れて広く見える。
浮揚船は白い大地に入ってからかなり低い所を飛んでいる。ツルガルの国の中を飛んでいた時のようにナイショの浮揚船を人間に見られる心配も無いし、空の上は寒いからね。お日様の当たるところを選んでいた。
浮揚船が最初に白い大地の雲の中を通った時に小さな氷の粒がコツコツ当たって大変だった。欠伸をするボクの前で夜通し見張りをしていた兵士が着陸した浮揚船の傷の具合を見たり、マチャ達の様子を見たりと忙しそうだ。もうすぐ交代の時間だからゆっくりしていれば良いのに。
これから起きてくる兵士たちと交代して、もう一回確認する事で、いつもより念入りに浮揚船の確認をしていたんだ。初めて飛ぶ人のいない白い大地の空。誰も助けてくれないからね。
兵士たちの心配をよそにマチャ達が浮揚船に作り付けられた巣箱から出ててきて元気に朝を喜んでいる。
ボクは浮揚船から目を離して顔を洗うために魔法で出した水の玉を浮かべると頭を突っ込んだ。
「つめたっ。」
風が冷たいから温かくしたのに、白い大地の空気は水の玉はすぐに冷たくしてしまう。水の玉から顔を抜いたら風が頬を撫でて髪の先が白く凍ってしまった。
放り出した魔法の水の玉が地面で弾けて辺りが濡れると岩の隙間に流れ込んで、うっすらと積もった雪の下から濃い緑の苔が顔を出した。ツルガルの資料室にあった報告書の苔だね。
「おはようッス。」
「おはよう。ヴァロア。」
ヴァロアはいつもの青いマントに白い雪を乗せた青いトンガリ帽子だけど、その下には何枚も着込んでいてモコモコに着脹れている。もちろんボクもね。ハンモックで寝る時も毛布を重ね掛けしていたんだよ。
「あっちに大きな穴があるみたいッス。」
「何の穴?」
他の兵士さん達は気が付いていないそうだけど、ヴァロアの『帆船の水先守』によると、音が変に反射して返って来ない場所があるらしい。
「今から行ってみようと思ってたんスけど、いっしょにどうッスか?」
白い大地は何もない場所だったけれど、ヴァロアの好奇心は何も無くても止まらないみたいだった。起きたばかりの体は鈍っていてちょっとした散歩には良いかもしれない。
「船長さん。ちょっと確認したい物が有るんですが見てきても良いですか?」
ちなみにヴァロアはボクの従者と見られていて、アズマシィ様の鼻の穴での活躍から兵士たちにも一目置かれている。本当はただの旅連れなんだけどね。
ヴァロアが従者と思われていても特に困らないけれど、彼女はボクの愛人だと皆に思われているんだ。しかも男の。男ばかりの浮揚船だから彼女を男という事にしておきたいけれど、愛人と言う噂は消したいので事あるごとに否定して周っているけれど、一向に耳を貸してくれない。
話は逸れたけど、船長さんに許可を貰うのはヴァロアを従えていると思われているボクの仕事だ。
「ああ、デートか。解った。こっちはもう少し時間がかかる。」
船長さんの要らない憶測に否定を返したけれどやっぱり話を聞いて貰えなかった。
船長さんの方には問題があって、どうやら雪が降るほどの朝の冷え込みで浮揚船と白い岩が凍り付いてしまったみたいだ。今は船を浮かせれば問題なく剥せそうだけど、この先もっと寒くなる事を考えて対策を考えなきゃならないらしい。
「そんなに長くはかからないと思うッス。すぐそこッス。散歩みたいなモノっス。」
「おい!アグド。護衛の仕事だ!野暮はするなよ。」
「ちっ。わざわざこのクソ寒い中、歩き回らなくても良いじゃねぇか。」
「バカヤロウ!今だって目を離していただろ?気を抜き過ぎなんだよ。」
船長さんはアグドを一喝するとボク達に向き直る。
「2人きりになりたいかもしれないが、何が起こるか判らねえ。スマンが連れて行ってくれ。」
すぐそこまでで危ないことも無いと思うから愚痴を言うだけのアグドを連れて行かなくても大丈夫だと思ったけれど、今まで街に寄る時も彼を置いて出かける事は許されなかった。『ふわふわりんりん』を使う必要が無くなるので浮揚船から降りてしまえばアグドはヒマなんだよね。
ボク達の護衛としてアグドを付けてくれているのだろうけど、もしかしたら、何度か兵士さん達と言い争いをしていたアグドが邪魔で彼をボク達に押し付けていると考えるのは邪推しすぎなのかな。
「それじゃあ、行ってきます。」
「ああ、朝飯までには戻って来いよ。今日はしっかり働いてもらうから、しっかり食ってもらわなきゃならねえ。」
船長さんに言われてお腹がぐぅっと鳴るあたりボクのお腹は正直だね。護衛も要らないくらいのちょこっとだけの散歩のつもりなんだ。朝ご飯をもっと美味しく食べるためのね。
浮揚船から少し離れて働く兵隊さんが豆粒ほどになった頃、大きな窪みが見えてきた。人が3人が両手を広げられるくらいの大きさの窪みだ。
「あれか?ただの大きな窪みじゃねえのか?」
アグドが指摘したように穴と言うよりは窪んでいるだけに見えるのは、窪みの底の白い岩の塊が見えるからだ。
「いや、反対側から見るッス。音の反射からすると左奥の方から入れるようになっていると思うッス。」
浮揚船の方から見ると穴が見えないようになっているらしい。ヴァロアに言われて穴を回り込むと、穴は斜めに開いていて奥へと続いている。まるで大きな洞窟のようだ。太陽の方に向かって穴が開いているのに深くなるにつれて光かりも届かず闇に覆われている。
「奥で何か光っているよね。ボクの目がおかしいのかな?」
白い大地に照らされて疲れた眼をゴシゴシとこすってみるけれど、やっぱり洞窟の闇の奥深くでぼんやりと緑の光が見えるように思える。
「自分にも見えるッス。」
ゴクリと息を飲むヴァロアはマントの下からランタンを取り出した。夜を行くカプリオの角に着けていた物を外してきたんだよね。
「おいおい、奥に入ろうって言うのか?」
「そんなに深くまで行かないッスよ。あの緑の光が何なのか見てくるだけッス。」
たまたま何かが太陽の光を反射させているだけかもしれない。ボク達は登ってきた朝日を背に立っているからね。変なふうに光が反射を繰り返してうっすらとした緑の光だけが残っているのかもしれない。
「やめようぜ。何が出てくるか判らねえ。」
あるいは昨日のオーロラはここから出てきていたのかもしれない。夜の間は空を舞っていて、朝になると穴の中で眠りにつく。ここがオーロラの棲み処だとか。
嫌な予感に背筋がぶるっと震える。
ヴァロアの事だからランタンなんて無くても『帆船の水先守』の力で中の様子も手に取るように分かるはずだ。船からランタンを持ち出してきた彼女は最初からボク達も巻き込んで中へ入るつもりだったんだよね。
「すぐそこッスよ。見えているから浅いッス。それに白の大地には何もいない筈ッス。」
アグドに返事をするとヴァロアはランタンに火を点けて歩き出してしまった。まだ止めようとするアグドとヴァロアを見比べて、ボクは腰の薪割りの剣に触れる。
ヴァロアはきっと言っても聞かないよね。もうすでに歩き出しているんだし。ボクとアグドは腰に剣を差しているけれど、ヴァロアだけは違うんだ。争いを避けたい吟遊詩人の彼女は自衛のためでも剣を持たない。
そう、彼女は女の子だものね。
「待ってよ、ヴァロア!」
ら
オーロラは白い大地以外でも見られるって船長さんが言っていたから、ここにオーロラが潜んでいる事は無いよね。ドラゴンが住むとは思えないし。見える限り何も動く物は無く、緑の光はすぐそこだ。
ボクは腰の薪割りの剣に手をかけて彼女の後を追いかけた。
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次回:緑の『洞窟』




