表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/343

白い大地

第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。

--『白い大地』--


あらすじ:結局、ドラゴン茶も買わされた。

------------------------------



兵士の皆も交代で街へ行き休息をとって補給を済ませると、いよいよ白い大地に乗り込んだ。


ボクとヴァロアも今日は見晴らしの良い操鳥室にお邪魔して、初めて見る景色に固唾を飲んで見つめていたんだけれど、隣で喚き立てる声にうんざりしていた。


緊張した顔の船長さんに青い顔のアグドが詰め寄っていて、操鳥室の空気を乱していたんだ。


「マジで行くのかよ?世界の果てだぜ?」


「今さら怖気づいたのか?戻ったらお前の望み通りに兵士に取り立ててもらえるんだろう。何も起きない内からビビッていたら笑い話にもなりやしねぇ。」


白い大地へ行った人は少なくて、おとぎ話にも出てこない。ツルガルの資料室で調べた報告書によると、白くてゴツゴツした岩の上を何日も続き、ちらちらと降り積もる雪が少しずつ深くなって最後には氷に閉ざされて進む事を断念したと記されていた。


その白い大地が目の前に迫っているんだから不安も大きいよね。


「な、ビビッてねぇし。」


「はんっ。腰が震えているぜ。」


ボクも不安はあるけれど魔王の森よりいくぶんか気が楽だ。魔王の森の鬱蒼と茂った木の間からは先を見通すことができなかったし、魔獣がいた。勇者アンクス達がいたから困りはしなかったけれど、普通の人だったら進んでいる間に魔獣に襲われてしまう。


それに今回は空飛ぶ青い馬車よりも高い空を進んで行ける。


白い大地に魔獣がいたとしても届かないだろうし、浮揚船を襲えるような魔獣が来てもボクはみんなといっしょに浮揚船の中にいる。アンクス達と離れていた魔王の森の時のように鳥の魔獣に攫われる事は無いよね。


「これはアレさ。隙間風が入って寒いんだよ。この先はもっと寒くなるんだろ?」


「ああ、寒いだろうな。だがこの船は万全だ。」


浮揚船には王様やツラケット様を乗せた事もあって作りはしっかりしている。王様だって初めて作られた浮揚船に乗りたいと思わないわけが無いよね。


王様が寒い思いをしないようにと頑丈な扉の周りには毛皮が貼り付けてあって隙間風が入らないように工夫されている。浮揚船は試作品として作られたばかりだから毛も潰れてなくて、アグドの言うような隙間風なんて入るはずはない。


でも、船から出て甲板に出れば風が吹いて寒いよ。今でも寒いのに白い大地は氷に包まれていて寒いと書かれていた。そして空飛ぶ船はもっと寒いと予想されていた。


「そんな寒い所にドラゴンが住んでいるのか?無駄足だぜ、きっと。」


甲板に出れば重ね着をしてモコモコになった人間でさえ寒いと感じるのに、ドラゴンは着る物どころかアマフルのように毛皮さえ持っていない。そして、おとぎ話では浮揚船よりも高く空を飛んでいる。


「ドラゴンは火の神様に暖を取る魔法を教えてもらっていただろ。」


おとぎ話ではドラゴンは火の神様に魔法を教わったと伝えている。その魔法を何年も工夫し続けて今の人間が使っている魔法を作ったと言われている。ドラゴンからすれば暖を取る魔法なんて簡単なんじゃないかな。


「でもさ、植物も生えていないんだろ?」


「ああ、今も見渡す限り何もないな。」


ツルガルの地面にまばらに生えていた背の低い木はとっくに消えていて、丈の短い草も無くなっている。白い大地の凍てつく白い岩の上には草や木は育たず、岩の割れた隙間にだけ寒さから逃げるように苔が生える。


「ドラゴンはなにを食べているんだ?」


ドラゴンだって生き物なんだから何かを食べているはずだ。だけど、白い岩の隙間に少しだけ生えている苔だけじゃ、大きな体を維持するのは難しいよね。


「人間とは違うものを食っているんだろうさ。」


「ドラゴンだって生きてる限り何かを食っているんだろ?ここには何もない。ドラゴンなんていなかった事にして帰ろうぜ。」


「雲でも食ってるんじゃないか?」


「でもさ…」


「ああ、うるせぇな!ウダウダ言わずに行けばいいんだよ!」


なおも食い下がるアグドが一蹴された。


ドラゴンが住んでいなくても、『ソンドシタ様の心臓』は必ずある。少なくとも、王様はそれを信じている。ドラゴンと会えなくても何か手掛かりになるものがきっとある。


「何も無ければ何もないで良い。オレ達は上に言われたことを、言われた通りに実行するだけさ。」


言われたことができないなら集団でいる意味なんて無い。王様が出した決定を信じて実行する。優れた事をする必要は無く、言われたことを言われた通りにできるようにする。


それが最初の一歩だ


兵士になる気があるなら言われたことくらいやり遂げて見せろと船長さんが強く言うと、アグドはそれっきり黙ってしまった。


それを聞いてボクの不安は膨らんだ。ボクは兵士と言う括りに入っていない。お願いされて来たけれど、もしもドラゴンが、いや『ソンドシタ様の心臓』が無かったら、ボクはどうなってしまうんだろう。


魔法に精通したドラゴンなら白い大地でも生きていけるかも知れないけれど、『森の人』が住めるとは思えない。


森どころか緑も無いんだ。『森の人』と言うくらいだからきっと森に住んでいるんだよね。『森の人』が書いた日記に『ソンドシタ様の心臓』の記述が有ったから、ボクはてっきり白い大地にも魔王の森のような大きな森があって、そこに『森の人』が住んでいると思っていたんだ。


大きな森は浮揚船で探せても、うっそうと茂る森の中の小さな村を見つけるためにボクの『失せ物問い』が必要だと思っていたんだ。


だけど、見渡す限り白くて森なんて全然見えない。魔王の森はあんなにも大きかったのに。


たとえ森があっても小さくて、ボクの『失せ物問い』を使わなくても見つけられるかも知れない。ツルガルの王宮でドラゴンに関する別の何かを探していた方が有意義だったかもしれない。


ボクはここまで来た意味を見失っていた。


「とにかく、何があるか解らないからな。みんなも今日は警戒をしっかりして、異常を早く見つけられるように気を配ってくれ。特にマチャの様子に気を付けてくれよ。」


当たり前の事だけど、試作品として初めて作られた浮揚船は白い大地の上を飛ぶのも初めてだ。もしも、浮揚船が途中で飛べなくなったり、牽いてくれるマチャの様子がおかしくなったら早く引き返さなきゃならない。


ボク達は陸路を引き返せるだけの荷物を積める馬車を持っていない。


浮揚船で行く事ができないと解れば早めに引き返して最後の補給をした街から歩くことになる。白い大地のゴツゴツした岩の上では馬車も使えないから厳しい旅になる。


浮揚船の何倍もの時間と何倍も苦労するだろう。


静かに進む浮揚船はピリピリとしていて、ボクはマチャの体調を見て取る事はできないから、ずっと先を見つめていた。ボクができる事。それは『ソンドシタ様の心臓』のある場所をずっと示し続ける事。なるべくまっすぐ飛んで白い大地にいる時間を短くしてあげる事なんだ。


緊張に包まれた初日の操鳥室で太陽の方向と白い大地の位置に気を付けて浮揚船が風に流されて無いかずっと外を見ている。白い岩に反射した光で目がチカチカと痛くなるくらい皆で目を皿にして探していたけれど、まだ何も見えない。


まだ、1日目だからね。『ソンドシタ様の心臓』は、もう少し先に有るはずなんだ。


白い岩肌が夕陽を浴びてオレンジ一色になる頃、浮揚船は地面に降りた。その日は探索を終えたんだ。浮揚船を夜に飛ばすだけの自信が誰にも無かったんだ。


浮揚船が着陸しても緊張してクタクタに疲れているのか操鳥室から誰も出て行かなかった。いや、一面のオレンジの空が美しくて見蕩れていたのかもしれない。生きている物のいない大地だけど、空も大地も同じ色に染まっていて境界が見えない。


空は次第に紅く移り変わり、そして濃い青に変わって行って夜のとばりが降りる。


星がちらちらと輝きだした時、それが空を覆ったんだ。


「あれはなに?」


見た事もない緑のカーテンがゆらゆらと揺れると星たちが霞んで見えなくなる。まるでドラゴンがボク達をこれ以上先に進めないように意地悪をしているかのように。


人は星を見て旅をするんだ。


うねうねと蛇行するカーテンは2枚、3枚と重なって、どんどん空が緑に侵されていく。


「オーロラだな。ツルガルの北の方でもたまに見られるよ。」


船長さんは安心するように言ってくれるけれど、不気味に光る綺麗なオーロラは、ボクにはドラゴンが怒っているように見えたんだ。



------------------------------

白い大地で『散歩』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ