焼き団子
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--『焼き団子』--
あらすじ:予定より早かった。
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ドラゴンが住んでいると思われる白い大地は見えたけど、まだ入り口が見えただけで『失せ物問い』の妖精が示した『ソンドシタ様の心臓』までは先がある。人はほとんど入らなくて地図さえ曖昧な土地だから何が起こるか解らない。
浮揚船に備えている食料やマチャのエサも減っているからね。十分な準備が必要なんだ。
幸いにして近い所に街があった。もともと最後の補給の街として予定に入れていた街だし、浮揚船の進みも予想していたよりも5日も早くいから余裕もある。
幌馬車の旅と違って船の生活ではあまり体を動かせなかったから、ボク達は気分転換も兼ねて街に向かう事にしたんだ。白い大地に入ったら浮揚船から降りられなくなるし食事も保存食ばかりになるからね。
これまでも補給のためにあちこちの街を訪れているから手順は知っている。
ツルガル王妃、ツラケット様が『ナイショ』と言う極秘の浮揚船を見世物にする訳にはいかないし、街の人に見られたら騒ぎになってしまう。だから、街から離れた所に浮揚船を降ろして歩いて買い出しに行かなきゃならない。
もちろん、17人と数十羽のマチャのために仕入れる荷物は人の手では背負いきれないから馬車を借りて運ばなきゃならない。王様の紋章の入った書状で街の偉い人に協力してもらうんだ。もちろんナイショで。
小さな集落になると買える物も少なくてすぐに終わってしまうんだけど、街の場合は大量の荷物を仕入れるから、準備するだけでも日をまたぐことになる。
浮揚船で留守番する人も必要だから兵士たちは交代で買い出しに行くけれど、ボクとヴァロアは兵士じゃないから船の留守番をする必要が無いんだよね。
だけど面倒な事にいつもアグドが付いてくる。彼はボク達の護衛だから仕方ないんだろうけれど、ボク達が護られているというより彼のお守りをさせられている気分になっちゃうんだ。
今日は、面倒な騒ぎを起こさないでよね。
「ちっ。なんにもねぇなぁ。」
ツルガルの国でも端っこで人の行き来も少ない街に珍しい物があるわけもない。遊牧をする人たちがたまに寄っては生活に必要な物を買いに来る街だから、家畜のアマフルを世話するための道具とか、生活に必要な家具や雑貨、食料品を扱っている店が多い。
「酒場もまだ開いてないッスね。」
酒瓶が書かれた看板が下がっているけれどお酒も飲める食堂みたいで、中からは昼食の準備をしているのか良い匂いがしてくる。
まだお昼にはなっていなくてお酒を飲むような時間じゃない。だけど久しぶりに長く歩き続けてきたからお腹が空いていた。ぐぅっと鳴ったお腹を押さえて見回すと慌ただしく準備をしている屋台が目に留まった。
「あそこで何か食べられるかな。」
「酒場が開くまで待たないッスか?」
「見るだけならタダだろう。行こうぜ。」
ヴァロアは腰を落ち着けて話が聞ける酒場を望んだけれど、アグドは相談もせずに走り出した。ボク達はため息を吐いて彼の後を追うことになる。護衛対象を置いて行くなんて失格だよね。
まだ早い時間もあってか通りは閑散としているけれど屋台がいくつか並んでいた。街で働いている人に向けて売られているらしく、どれも安い。
スープの良い香りがふわりと漂う。
ボクは一軒の屋台に気をとられたんだ。
具材をたくさん入れて煮込んだスープと横にはモンジの団子が売られていて、買ったスープに団子を入れて食べるらしい。モンジの団子が香りの良い汁を吸って膨らむ様子を想像して、屋台のオジサンに声をかけようとしたところで、数軒先に進んでいたアグドの騒ぐ声が聞こえた。
「何だこりゃ。団子がなんでこんなに高いんだ?」
アグドの前の屋台には炭火の上に網を置いてあって、何の変哲もない子供の拳くらいの団子が並んでいた。網に乗せて温めている鍋では薬草茶を温めていて、どちらにも高めの値段が記されていた。
「お客さん。見ない顔だね。美味いから食べておいきよ。」
アグドの失礼な言葉にも豪快に笑うオバちゃんが団子を勧めてくれるけど、浮揚船では雨や風の強い日には火が使えないから保存食で団子は食べ飽きている。それなら汁を吸った団子入りのスープの方が美味しそうだよね
口の上手いお店のオバちゃんによると、特別な配合で捏ねたモンジの団子に肉や野菜を詰め込んでいて、焼くとふっくらと美味しくなるらしい。お椀とカトラリーを使わなきゃならないスープと違って、仕事をしながらでも片手で食べられるし借りた食器を返しに来る必要も無い。
「食ってやるから、もう少し負けろよ。オレは王都から来たんだぜ。」
「オバちゃん。2つ下さい。」
失礼な態度を崩さないアグドに割り込んでボクは2つ分のお金を払う。もちろんボクとヴァロアの分だよ。
「はいよ。ちょっと待っててね。」
「あ、オイ!オレの、オレの分も!!」
アグドからも同じ金額を受け取って、オバちゃんは3個の団子を網の上に乗せて炭を手際よく強める。子供の拳の大きさのモンジの団子から、こんがりと焼ける匂いがしてきてぷくぷくと膨らんでいく。
しばらくして団子が両手の大きさにまでふっくらと膨らむと、オバちゃんは鉄の棒を押し当てた。
何かが飛んでいるような焼き印が饅頭に残る。
「何の鳥なの?」
「ヤダねぇ。ドラゴンに決まっているじゃない。はいよ。ドラゴン団子お待ち。熱いから気を付けてね。」
オバちゃんが湯気の出る焼き団子をお皿の上に乗せながら、ドラゴンのような、そうでないような看板を指すと、ヴァロアの目がきらきらと輝いた。
「何かドラゴンにまつわる話でもあるッスか?」
「ドラゴンがこの街の空を飛んだって伝説があってね。あやかって焼き印を付けているのさ。」
ドラゴンが飛んだと言っても遥か昔の事で、今では誰も信じていないらしい。それでもオバちゃんはドラゴンが舞い上がるくらい繁盛して欲しいと願って焼き印を押しているんだと豪快な笑顔で教えてくれた。
焼き団子からはホカホカの湯気と香りがドラゴンが大空に登って行くように見える。気がする。
そろそろ大丈夫だよ。というオバちゃんの声に従って口に入れると、いつも食べる団子違ってふかふかとしていて、それでいてパンとは違ったモチモチとした食感がある。変わった感覚に目を見張ると奥にはアマフルの肉や野菜が覗いていた。
二口目をかじると、今度はほんのりと甘い団子の生地に甘辛くした肉や野菜が絡んでくる。
「オバちゃん。美味しいよ。」
お世辞抜きに美味しかったし、ボクの心が少し軽くなっていた。
噛みついた団子に残るドラゴンの印。それがボク達が進んできた方向が間違っていなかった事を伝えてくれているようで嬉しかったんだ。『失せ物問い』の妖精に間違いは無いと思っていても、ドラゴンがいなければ沢山の人に無駄足を踏ませてしまう。
少しはプレッシャーを感じていたんだよ。
「なかなかイケるじゃねぇか。」
「美味しいッス。んで、そのドラゴンは降りてこなかったんスか?」
焼き団子よりも伝説の方が気になるヴァロアにオバちゃんは残念そうに首を振る。どうやら街の上を飛んだだけで何事も無かったようだけど、ドラゴンが飛んで行ったという方向を教えてくれた。
『ソンドシタ様の心臓』の方向だ。
続けてドラゴン形や姿を聞き出そうと必死になるヴァロアと、団子を喉に詰まらせて目を白黒しているアグドを横目に、焼き団子の半分ほど食べ終えた。両手に乗るくらいの大きさだから最後まで食べれば十分にお腹が膨れそうだ。
向こうの屋台のモンジの団子入りのスープも気になるけれど、入る余裕が無いかも知れない。
「そろそろ喉が乾かないかい?」
確かに美味しい焼き団子だけど、水気が無くて喉が渇く。
「美味しいドラゴン茶があるんだけどどうだい?」
お客さんも閑散としている通り道。
オバちゃんは変わらない豪快な笑顔でボク達に勧めてきたんだ。
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次回:ドラゴンの住む『白い大地』




