魔法の始まりの話
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--魔法の始まりの話--
あらすじ:アズマシィ様の腫物を治せなかった。
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アズマシィ様の鼻の穴から戻ったボクは開放感を味わっていた。
アズマシィ様の鼻がムズムズする原因となる腫れた場所を見つけたんだから、ニシジオリの王妃様に与えられた仕事はすべて終わったんだからね。カラキジさん達は腫れていた場所を地図に書き記したり鼻の穴の中に目印を残したりしていたから、もう1度行くためにボクは必要ない。
緊張する王様やツラケット様への報告はカラキジさん達がしてくれる。
治癒の魔法が効かないアズマシィ様の腫物の治療をする方法は解らないけれど、ビスやアマフルを飼っているツルガルの人たちの方がボクなんかよりよっぽど知識があるよね。だから、ボクはお払い箱だ。
清々しい。
やる事は全部終わったし、ツルガルに居る間はオイナイ様のお世話になるんだから寝る場所の心配も食事の心配もしないで済む。ボク達の王妃様からの覚えが良くなった事で、オイナイ様の機嫌が良くなったから追い出される事も無さそうだ。
後はしばらくツルガルの王都を見物して、勇者アンクスを殴ったことが忘れられた頃合いを見計らってニシジオリの国へと戻るだけだ。
人の噂なんて長くは続かないさ。
そう思いながらヴァロアとのんびり散策をした翌日にボクはツラケット様に呼び出された。
『今回の件、国を代表して感謝する。カプリオとヴァロアを連れて遊びにおいで。美味しい菓子を用意しておくから。』
ツラケット様からの使者の手紙を要約すると、そんな感じだ。
ボクは何の警戒もなくツラケット様に誘われたんだ。
カプリオにツラケット様と2人の王女様が寄りかかって、ボク達は脇に置かれたテーブルに着いた。美味しいお菓子とお茶で歓迎されて、兵隊長の格好をさせられたヴァロアが音楽を奏でて盛り上げる。
王女様達がカプリオに抱きついて眠った頃には鼻の穴の中での出来事を聞かれる事もあったけど、カラキジさんの報告が良かったからか世間話のように終わってしまった。
やっぱり全部終わったんだ。
ボクの気が緩んだ時、ツラケット様の目が為政者の目に変わった。
「話は変わるが、『ドラゴンの点鼻薬』というものが…。」
広い部屋でカプリオに横たわるツルガル王妃ツラケット様の言葉が終わる前にボクは逃げ出した。勇者の剣、魔王の城、アズマシィ様の患部ときて4回目だからね。ボクだって学習しているんだ。
きっとまた同じことが繰り返される。
ドラゴンとは、おとぎ話によく出てくる存在だ。
神様が地上まで降りてきていた時代から続く存在で、ボク達が普段から使う火水風土の魔法を作り出した生き物だと知られている。
その恐ろしい姿は伝えられていて頭には角が生えていて雄々しく、大きな体には鱗が生えていて槍をも通さないほどに硬い。長い首の先には睨みつけるだけで誰をも震わせる眼光があり、鋭い牙は大木を噛み潰す。長い尻尾を振り回せば山が砕いて、何より恐ろしいのは口から炎の息を吐き出すんだ。逃げようとしても翼をもって追いかけてくるから怖いよね。
ドラゴンの出てくるおとぎ話はいくつもあるけれど、誰もが知っているおとぎ話がひとつある。
『魔法の始まりの話』
ドラゴンの名前を冠さないおとぎ話だけれども、この物語の後はドラゴンと争う物語しか存在しない。なぜなら『魔法の始まりの物語』はドラゴンが作った魔法を人間が盗んだと伝えているからだ。
火の神様にもらった暖を取るための魔法を研究したドラゴンは、長い年月をかけて魔法で色々な事ができるようになった。そして森の人と呼ばれる人たちと仲良くなったドラゴンは彼らにも使えるように工夫した魔法を生み出した。
今、ボク達が使っている魔法陣を使った魔法だね。
頭に思い描いた魔法陣を瞳を通じて魔力で描き出す。その魔法陣に使われている文字がドラゴンが作った文字だと伝えられている。
魔法陣を使った魔法が産まれたという話なら良かったんだけど物語は続くんだ。
ある日、人間の旅人が森の人達の里に現れた。森の人達は旅人を歓迎して、火打石も使わず暖を与え、水差しも使わずに杯を満たした。びっくりした旅人は森の人からドラゴンに教えてもらった魔法の存在を教えてもらう。
そして、1冊の本を盗み出したんだ。
その本にはドラゴンの文字と魔法陣が描かれていて、以来人間は魔法を使えるようになったけど、引き換えにドラゴンに睨まれるようになったんだ。
ドラゴンの点鼻薬なんて知らないけれど、きっとドラゴンに会いに行くんだよね?
ドラゴンの大口の前にのこのこと出向いていくんだよね。
そして今までの経験からすると、ボクはその無謀な冒険に参加させられる。
果たして、ボクの逃亡は一瞬の内に終わりを告げた。
「『妄執の糸車』。」
ツラケット様の横に控える侍女の『ギフト』と思われる1本の赤い糸がボクの足を絡め捕り、ボクは頭から床につんのめった。もがいても赤い糸はちぎれなくて、それどころか、這いずるようにボクの足を登ってくる。
足から腰へ、そして胸へ。
赤い糸が首を絞めようかとしたところで、ボクはゆっくりと弄ぶように近づいてきた侍女たちに捕らえられる。
「逃げなくても良いじゃない。まだ何も口にしていないわよ。」
ツラケット様は何事も無かったようにカプリオに寝そべったまま笑う。
「貴方はただ行き先を教えてくれればいいの。」
切れ長の為政者の目が上に弧を描いてボクを見る。笑っているようにも見えるけれど、その瞳は真剣だ。だってアズマシィ様がくしゃみをすればどれだけの被害が出るか解らないからね。
(ドラゴンの点鼻薬はどこにある?)
ボクが諦め交じりのため息を心の中でついた時、ジルの声が静かに頭に響いた。
ジルが『小さな内緒話』を使って『失せ物問い』に聞いたんだ。だけど、『失せ物問い』の妖精は答えない。きっとドラゴンの点鼻薬という薬が世の中には存在していないんだ。滅多に使わない鼻の薬をドラゴンが常備しているとも思えないよね。
だから増々ドラゴンに会う事が確定してしまう。ドラゴンの点鼻薬とは、きっとドラゴンが作った薬か、あるいは、ドラゴンが作らせている薬で、結局のところドラゴンに聞くしか糸口が見当たらない。
ボクがジルだけに判るように静かに首を振ると、ジルは震えた声で言ったんだ。
(相棒、オレからも頼んで良いか?ドラゴンに会えるチャンスなんて滅多にねぇ。)
ドラゴンは自在に魔法を操ることができる。ドラゴンならジルを棒の姿に変えてしまった『木になる指輪』と言う魔道具の効果を打ち消すことができるかも知れない。
ボク達の運命の糸が絡まったのは、ジルの姿を戻せる可能性がボクに有ったからだ。それに魔王の城から帰る時にカプリオが魔王から聞き出していたんだ。ドラゴンならジルの姿を元に戻せるかも知れないと。
ボクはツラケット様に、ドラゴンに会いに行く時に連れて行ってもらうことと引き換えに、ドラゴンの住処を探す事を約束したんだ。
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次回:ドラゴンの『持ち物』
『魔法の始まりの話』は小説家になろう様で公開している物を想定していますが、少々話が変わっていても、ヒョーリやヴァロアが口伝で聞かされた物語が変化していたと解釈してください。
それから、本日17:00からTwitterで毎日1づつ裏話を呟いて行こうと考えています。よろしければ読んでやってください。
物語が長くなってきたので読み返したいのと、登場人物のページを埋めたいのですが、何かしてないとそのまま放置してしまいそうなのです。と言うか実際放置しているので。
モチベーション維持にご協力頂ければ幸いです。
(コツコツとメモしていれば苦労しないで済むんだぞ。)
(物語を作るだけでいっぱいだったんだよ。)




