再調査隊
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--再調査隊--
あらすじ:鼻の穴に入る事になった。
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アズマシィ様の鼻の穴の中に足を置くとじっとりとして柔らかくちょっとベトベトする。大量のオアシスの泉の水を飲んだ今の時期だから湿っぽいのだとカラキジさんは説明してくれたけど、いちばん嫌な時期に来てしまったんじゃないかな。
出発の前にカプリオにお土産はいらないと言われたけれど、ここにお土産になりそうな物は無かった。カラキジさんが切り落した羽毛の無い翼や、ネバネバした苔はいらないと思うし、アズマシィ様の鼻水らしきものはもっと要らないよね。いや、持って帰ってみようか。
『失せ物問い』の妖精の示した場所は人間だと鼻腔と呼ばれる場所らしい。
いくら大きなアズマシィ様の鼻の穴といっても。そこまで深くないだろうとタカをくくっていたボクだけど、鼻腔と言うのは、鼻の穴から瞳の上まで広がっていて思った以上に広い。何層にも分かれた上にデコボコしていて歩く道を探すだけでも大変だ。
なまぬるい風が背筋を撫でる中、真っ暗な闇の間を12のランタンが分け入っていく。
「あそこの穴が登りやすそうッスね。」
ヴァロアが指さす方向に再調査隊のひとりが火の魔法陣を浮かべると、湿った空気の中で小さく光る魔法の火は宙に浮いて手の届かない高さの天井の穴を照らし輪郭をあぶり出す。
「登れそうか?」
「ああ、楽勝だ。」
サスネェさんは簡単そうに言うと『英雄劇薬』を自分の脚に使って太さを変えた。ビスの足を太くして飛ぶように駆けた『ギフト』は自身の体をも変化させることができるらしい。いや、もともとは自分の体を強化するための『ギフト』なのかな。
サスネェさんが太くなった足をたわませて跳び上がり、穴に生えていた一本の鼻毛に手を伸ばす。指の太さほどもありそうなアズマシィ様の鼻毛はしっかりと根付いていて人間が体重をかけたくらいでは抜けないのだそうだ。あまり触りたくは無いけれど、あちこちに生えているよ。
鼻毛に掴まったサスネェさんは『英雄劇薬』を操作して脚を戻して今度は腕を太くする。体を穴の上へと持ち上げるために鼻毛に体重をかけた時、強い風が吹き荒んだ。
人間が鼻毛を引っ張られたら、くしゃみしちゃうよね。思いっきりくしゃみすれば鼻水が飛んでしまう時だってある。ボク達はいつだってアズマシィ様のくしゃみで地平線の彼方に飛ばされるかもしれないんだ。
だから、ボクがびっくりして腰を抜かしても、おかしくないよね。吹き荒んだ風をくしゃみの前触だと勘違いしたって、不思議じゃ無いんだ。カラキジさんは人間が鼻毛に触っただけではアズマシィ様はくしゃみをしたことは無いと言っていたけれど。本能的にすくんでしまったんだ。
「おっと、にぃさん。気を付けるッス。」
腰を抜かしてタタラを踏んだ足が、何かブヨブヨした物を踏みつけて転びそうになれば、ヴァロアが手を貸してくれる。彼女の細い指がしっかりとボクの肩を抱いた。
「ありがとう。」
「妬けるねえ。」
「世話女房かよ。」
「男同士でも女房なのか?」
目と鼻の先に有るヴァロアの頬が赤く見えるのはランタンの灯りが揺れるからだと思う。
ヴァロアは鼻の穴の中に入る再調査隊に自分から志願して付いて来てくれた。
『自分も行くッス!こんなに面白そうな事ないッス。実体験は何よりも歌の材料になるッス。にぃさんに付いて来て良かったッス。』
満面の笑みで手を挙げて志願した彼女は、ボクの事が心配だったとかじゃなく、あくまでも歌のために参加したんだ。
ボクもヴァロアがいてくれたなら心強いし、何よりヴァロアの暗い中でも音を感じて周りを見渡せる『帆船の水先守』は真っ暗な鼻の穴の中では何よりも役に立つ。さっきサスネェさんが飛び上がった穴だって、ヴァロアがいなかったら、あちこちに魔法の火を飛ばさなきゃならなかったんだもの。
ヴァロアが参加するに当たって、彼女が女の子だという事実はツラケット様の指示で伏せられた。再調査隊は男の人ばかりだったからね。余計な事態を招かないように配慮された結果なんだけど、ボクは男色家だというレッテルを剥がせなくなったんだ。
いや、ツラケット様は絶対、楽しんでいるよね。切れ長の目が弧を描いて笑っていたように見えたもの。
カラキジさんもサスネェさんも他の隊員のみんなも、なぜかヴァロアには優しくて、でも事あるごとにからかってくるんだ。
「こっちで良いのか?色男。」
「はい…、もうすぐだと思います。」
いくつかの壁を登り、横穴に入り、たまに小さな生き物や飛んでいる何かが現れたけれど、ヴァロアが素早く見つけてくれてカラキジさん達が難なく追い払ってくれるからボクはどんな生き物が襲ってきたのかも知らないで済んだ。
鼻の穴の中に生き物が住んでいる事が不思議だったけれど、気にしても仕方がない。まばらに生える鼻毛の間には苔だって草だって生えているからね。外からの外敵が入って来ない分、安全な住処になっているんだとか。天気の良い日には鼻の穴から鳥が飛んで行く事もあるんだそうだ。
「この辺りだとボクの『ギフト』は言っているんですけれど。」
ボクは『失せ物問い』の妖精に言われたままに壁を指さしたけど、暗い闇の中、ランタンに照らされた壁は何の変哲も無いように見える
「何もないじゃないか。」
「いや、よく見るッス。真ん中に穴が開いているッス。」
ボクが指さした壁の色は1つのランタンだと見分けがつかなかったけれど、12のランタンに明々と照らされて他の壁より赤黒く見えた。
その壁をよく見ればぶつぶつと黒い斑点のある腫物のようにも見えて、真ん中には指の太さくらいの穴がある。他の横穴との間隔からすると、人が通れるくらいの穴を腫物が塞いでしまっているみたいだ。
「まず、オレがやってみる。」
カラキジさんが手をかざして浄化の魔法に続けて『黄金鐘の調律』を使う。『黄金鐘の調律』はレースの間、ビスを癒して走らせ続けた『ギフト』で、動物にも効く治癒の効果がある。彼の様子からするとアズマシィ様にも効くのかもしれない。
カラキジさんは何度も何度も『黄金鐘の調律』を使った。だけど、人よりも大きな腫物には効きが悪いらしく、空いていた指ほどの穴が腕を通せるくらいの穴に変わったくらいだ。
「ちっ。大きすぎて根元まで届いてねぇ。」
「どうすんだ?カラキジにココに住んでもらうか?」
1日では治らない腫物なら何日も、何か月もかけて『黄金鐘の調律』をかけ続ける。そうすれば良くなるかもしれないとサスネェさんは提案した。
だけど、カラキジさんの『黄金鐘の調律』はビスやアマフルにも効く貴重な治癒の『ギフト』だ。アズマシィ様の治癒をすることも大切だけれども、遊牧を仕事にする人の多いツルガルに無くてはならない人なんだよね。
休憩の間の会話の間にも腫物は元に戻って、腕ほどの太さの穴はどんどん小さくなってしまった。
せっかく治ったと思ったのに、また腫れてしまったんだ。
「冗談じゃないぜ。」
「おい、何か光っているぜ。」
閉じていく穴を覗いていた隊員さんのひとりが声を上げる。代わる代わる覗いてみると、穴の奥にランタンンの明かりをチラリと反射する緑に何かが見えた。
「あれが腫れの原因じゃないのか?サスネェ。オマエの手で届かないか?」
「ええ!?オレが手を突っ込むのかよ?オレだけ働き過ぎじゃねぇか?」
「オマエの『英雄劇薬』がいちばん力があるからな。期待しているぞ。」
カラキジさんが『黄金鐘の調律』をかけて広げた穴に、サスネェさんが手を突っ込む。
「ダメだ。何か硬いものに触れるけれど、つるつるしていて掴めねぇ!『英雄劇薬』を使うどころじゃねぇよ。」
結局、再調査隊は原因の場所を突き止めることができたんだけど、アズマシィ様のムズムズを直すことができずに引き返す事になったんだ。
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次回:『魔法の始まりの話』




