着替え
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
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あらすじ:『攻め』ってなに?。
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「あら、真っ赤になって可愛いわぁ。貴女が受けね。」
ツルガルの王妃、ツケラット様は目を細い弧にしてニヤニヤすると、いつも元気なヴァロアはますます赤くなって俯いてしまった。周りの女の人からの好奇が強くなった気がする。ピクピクと動いていた耳ピンと立って止まっていた。
『受け』という言葉も『攻め』という言葉と同じで意味が解らない。ヴァロアは赤くなっているから知っているのかな。聞きたいけれどヴァロアにはジルの存在を教えていないから『小さな内緒話』で聞けないし、何より肝心のジルは小突いても反応が無い。
口に出して聞いたら悪いかな。
目上の、しかも雲のように上の貴族、いや、その上の王族の人に自分から声をかけるのはマナー違反だと教わっているけれど、今は『どちらが攻めか』と尋ねられているから大丈夫だよね。それでも長い文章は不快に思われるかも知れないから、できるだけ端的に短い言葉を探したんだ。
「あの、彼女がどうかしましたか?」
ボクが思い切って問いかけるとツラケット様は細い目を開いてきょとんと固まった。怒ってはいないけれど、笑ってもいない。ニヤけているようで、目は真剣だ。
やっぱり声をかけちゃダメだったのかな。聞き方が悪かったのかな。今はツケラット様とヴァロアの間で会話が進んでいて、ボクが横から割り込んだ形になっているのかもしれない。マナー違反だと怒られるのかな。
焦ってキョロキョロと見回すけれど、誰も助けてくれそうにない。
王女様たちは目を瞑って寝たフリをしているみたいだし、侍女の人たちはいそいそと知らないふりをして目を逸らせる。
「あ、あの、自分はこう見えても女なんッス。」
「あらぁ。なんで殿方の衣装を着ているの?」
ヴァロアの説明にツラケット様は残念そうに、だけど本当に悪かったと思っている風に謝罪の言葉を述べた。ヴァロアが女の子だったら問題は無かったらしい。
どうやら、ヴァロアがボクに抱きついてボクの頬にキスをした時のことが噂として王宮の中で広まっていたみたいだ
『レースで優勝した異国の男が喜びのあまり彼の主人にキスをしていた。』つまり、男同士で抱き合ってキスをしていたと噂になっていた。しかも頬に触れるキスが唇同士に変化して、キスしていたという噂がキスしてキスしていた。
ボクもヴァロアに負けないくらいに真っ赤になってしまう。
レースが終わった会場で、ヴァロアにマティちゃんを連れて行く事を許した時の事だ。彼女は喜んで勢い余って頬にキスをくれたんだよね。子供がはしゃいで父親の頬にキスをするようで、そこには特別な想いは無いと思う。
でも、やっぱりあの時に見ていた人たちにはそうは思わなかったみたいで。男同士でキスをしてたと噂は広まって、ついには王妃様の耳にまで入ってしまった。
「ヒョーリに会うまでは吟遊詩人として独り旅をしてたっス。女の独り旅とだと変なのが近づいて来るンで用心に男装をしてたっス。」
ボクが真っ赤になって天井を見上げている間に、ヴァロアがツケラット様の誤解を解こうと必死になって説明している言葉が耳に入って抜けていく。
「パーティでは一番人気だったのに。本当に女の子なの?」
ヴァロアが招待された王宮でのパーティは、殊の外飾り付けられた煌びやかで華やかな広間で行われた。王様は招いた人たちに恥をかかないように、見栄えのいいツルガルの衣装を必要な人に貸し出した。
ヴァロアも煌びやかな広間には、いつも着ている青いだぼだぼの服は似つかわしくないと思ったし、受付をしてくれた人も是非にと言われて衣装を借りる事になった。彼女だって女の子だからオシャレをしたかったのかもしれない
ただ、レースにはヴァロアの他に女の人が参加した事がなかった。
1日をかけて走り回るレースは過酷だもんね。当然、用意されていた衣装はすべて男の人の衣装で、ヴァロアもそれを着るしか無かったんだ。普段から男装をしているヴァロアだから男の衣装を着る事に抵抗も無かったみたいだけど。
借りた衣装はすらりとした彼女にものすごく似合っていたらしい。王宮で働く女の人たちは王宮に来た過酷なレースで優勝をした美男子、ヴァロアを代わる代わる見物に来て、そのうちのひとりが彼女がキスした瞬間を目撃していた人だった。
過酷なレースで優勝した美男子は男同士でキスをしていたらしい。
噂は爆発的に広まった。
ヴァロアもがんばって誤解を解こうとしたけれど、彼女自身が男装をしていた事もあいまって、ひとりの誤解を解いている間に10人の人の噂に登っていて、手も付けられなくなってしまった。王様がヴァロアに誉め言葉を授ける時には、噂は王妃様の耳にも届いていたという事だ。
ボク達には迷惑な話だったけれど。
「ねぇ、お母様。あの人の女の子の姿も見たいな。」
カプリオに寝そべりながら妹の王女様が言うと、きらりと侍女さんの目が光る。
「え、あ、ちょっと待つッス!!」
母親のツケラット様の返事を待たずにヴァロアの二の腕をつかんだ侍女さんは、すぐに駆け付けた応援といっしょにヴァロアを別の部屋に連れて行ってしまった。
「そうね。待っている間に貴方には予定通り、朗読をしてもらおうかしら。」
ボクが呼ばれた理由がついでのように話される。切れ長の目を細めて楽しそうに笑うツケラット様はボクよりもヴァロアの着替えの方に気をとられているみたいで、しばらくして彼女が戻ってきたら朗読は中断された。
彼女は青色のさっぱりとして、でも胸元の強調されたドレスに着替えさせられていた。まるで女の子であることを確認するための服装だ。ツケラット様も2人の王女様も手放しで褒めるし、ボクも思わず息を呑む。
「ねぇ、次は騎士の姿が見たいわ。」
侍女たちの目が光る。
ヴァロアは男の人の礼服を着せられたり役人の盛装をきせられたり、侍女の服や寝間着なんかまで着せられる。いつの間にか、王女様達の提案に混じって侍女たちの意見も取り入れられて、ヴァロアは着せ替え人形になっていたんだ。
ボクの朗読は彼女が戻って来るまでの暇つぶしの様で、ぽつりぽつりと話が途切れる。1番盛り上がる場面にヴァロアが戻ってきて話が中断された時は少しガッカリした。
ボクは朗読を聞かせるために来たんだよね?
久しぶりに読んだ詩もあったし。間違えないか不安だったから、聞かれなかった方が良いのだけれど、少しだけモヤモヤする。
朗読が終われば今までの旅の話だったりレースの話だったりをねだられた。ふたりの王女様にせがまれて、ヴァロアとの出会いを語ったり、ヴァロアの酒場での出来事を語ったり、ヴァロアと過ごした旅の一夜を語ったりした。それってボクはオマケだよね。
最後には吟遊詩人のヴァロアの歌をせがまれて、ボクもいっしょに歌ったりもしたんだ。
「ああ、本当に楽しかったわ。」
ツケラット様は眠そうな目をこする王女様達の頭を撫でる。ボクはやるせない気持ちになった時もあったけれど、同時に何事もなく終わってホッとしていた。
あとはボク達に下がるように命じるだけだよね。手紙も渡してあるし、ついでのようになってしまったけれど、呼び出された理由の朗読も、ヴァロアとの噂話の真相も、ヴァロアを着せ替え人形にすることも歌も終わったんだ。
ボクが心から安堵のため息を吐いた時、ツラケット様の切れ長の目が為政者の目に変わった。
「それで、本題になるんだけど。」
裏路地の占い師のボクなんかに、これ以上の用は無いよね!!?
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次回:湿った空気の吹き出る『大きな穴』




