礼服
第8章:ドラゴンなんて怖くないんだ。
--礼服--
あらすじ:オイナイ様はピンチ。
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青い顔でブツブツと壁に呟き続けるオイナイ様は初老の貴族で、きっちりとニシジオリの礼服を着こなそうとしているけれど、所々にシワが寄って手入れは行き届いていない。まとめられた白髪もあちらこちらとが綻びていて誰かに指摘されるような事も無いのかもしれない。
鼻にかけた眼鏡だってずり落ちている。
つまり、オイナイ様は単身赴任で身だしなみを注意できる人がいないみたいだ。奥さんはツルガルに来ていないんじゃないかな?もちろん、奥様が居たらの話だけれども。
レースの途中で人の頭を叩きに来るような人の所にお嫁さんがくるのかな。
ヴァロアはボクの後ろでオイナイ様の呟きを聞いてバツの悪そうな顔をしている。彼女はオイナイ様が目立たないようにと言われていたレースで優勝してしまったんだ。ボクがオイナイ様に叩かれている所もばっちり見てたものね。
ヴァロアはニシジオリの国の人じゃ無いけれど、ツルガルの人には分からない。カプリオが目立つからボクがニシジオリの人間だという事は知れ渡っていて、いっしょにいる彼女もニシジオリの人間だと思われているんじゃないかな。
もしかしたら、オイナイ様でさえヴァロアがボクといっしょにニシジオリの王都から来たと思っているかも知れない。
優勝した人は今日の晩の王様が主催するパーティに参加する事になる。その時、王様がヴァロアをニシジオリの人間だと勘違いしていたら余計なことを言われるかもしれない。
だから余計にオイナイ様は頭を抱えているんだと思う。
「あ、あの。これを。」
いつまでもオイナイ様が壁と話していていても困るのでボクは手に持っていた物を差し出した。
「お、ああ、そう言えばまだ居ったんじゃな。この手紙が吉報なら良いのじゃが。」
完全にボク達の存在を忘れていたようだ。まぁ、棒の姿をしているジルの事は知らないだろうけれど。本当にこの人は頼りになるのだろうか。ツルガルの国にいる間はこの人を頼りにしなきゃならないのにとても心配だ。
オイナイ様はボクの手から小さな封筒を受け取る。ボクの手に持っていたのはお土産だけじゃないよ。王妃様からの手紙。それこそがボクが運んできたものなんだから。
オイナイ様はずり落ちていた眼鏡を人差し指で戻して手紙を太陽に透かす。自分宛の手紙なんだから透かして盗み見るようにしないで早く手紙を開けて欲しいのだけど。
(隠し彫りを見てるんだぜ。)
不思議そうな顔をしていたのかジルが教えてくれる。
封筒は複雑な印章を押した蝋で封印されていたけれど、見えてる印章は複製される恐れがあるから、別に封筒に透かし彫りを施して偽物が作りにくいようにしてあるらしい。偽物を作るような人なら透かし彫りも複製しそうな気がするけれど、気が付かない人にはそれなりの効果があるらしい。
手紙を一瞥してオイナイ様は眼鏡を外してボクをジロジロと見て値踏みするからドキドキする。まだ全部読み終わって無いと思うんだけど。
ボクが着ていたのはニシジオリ王国で貰ったお仕着せで、図書館で働いていた頃からずっと着ている物だ。この服で魔王の城にも行ったんだよね。
自分で持っていた中では一番上等な服だけれど、長い旅であちこち擦れてかなりくたびれている。オイナイ様の服がシワシワだとか本当は笑えなかったんだ。
だけど着替えなんて持っていないからね。旅の間は荷物を減らしたいし浄化の魔法もあるから着替えなんて気にしなかったんだ。
それよりも、ボクはオイナイ様の次の言葉に驚いていた。
「ふん。こんなどこの馬の骨とも知れない者をツルガル王妃に会わせろじゃと?」
王妃様のオイナイ様への手紙には『ボクをツルガルの王妃様に会わせるように』と書いてあったと言ったんだ。
「あ、あの、手紙にはどのように書いてあったんですか?」
当然、ボクはオイナイ様宛の手紙の内容なんて知らない。手紙には赤い蝋の封印がしてあるし人の、しかも王妃様の手紙なんて怖くて読めないよね。もしも読んだことが知られたらボクの首が10回くらいは空を飛びそうだ。
それでも内容は気になる。
ボクなんかをツルガルの王妃様に会わせてどうしようと言うのだろうか?
ボクにできる事と言えば占いをする事だけだ。
「オマエは詩の朗読が得意だそうだな?同じ王妃としてツルガル妃の心身が心配だから慰問させてよと書いておる。」
再び手紙を開いて指で文字を追うオイナイ様にボクは目を見開いた。
確かに、王妃様に朗読を披露した事はある。お城の図書館で読まされたり、王女様とそのお友達と泉のほとりで詩の朗読会もした。それも魔王の城に行く前でとても昔に感じる。
王女様を外出させようとして王妃様がボクの家庭教師になったんだ。訳が分からないよね。練習はしたけれど、上手いとは思っていない。隣にいるヴァロアの歌の方が絶対に上手だよね。彼女は吟遊詩人なんだから声のプロなんだよ。
「そんな!聞いていませんよ。」
ボクは手紙を届ける事だけで良いと思っていたんだ。
「ただ手紙を届けるだけなら、いつもの配達人に渡せば良かろう。道中も慣れているしワシも警戒せんで済む。この程度なら鳥に運ばせても良い内容だ。オマエのような者をわざわざ起用したのは慰問が目的なんじゃろう?」
オイナイ様が大使としてツルガルに居るから、定期的にニシジオリとツルガルを行き来する人がいるのだそうだ。そうじゃ無いとオイナイ様はニシジオリの国の意向が解らないし、ニシジオリの国もオイナイ様が何をしているのか解らない。
ボクみたいに得体の知れない人間を使う必要は無い、元から配達人もいたんだ。
ボクは勇者アンクスを殴ったから配達人をすることになったけれど、これをオイナイ様に伝えるべきか迷った。勇者様はニシジオリの国では人気があって、その勇者様を殴ったから遠くツルガルまで来ることになったんだよね。
ボクは牢屋に捕らえられていたんだ。
ニシジオリの王都に留まり続けていると事件を思い出す人もいるから、ほとぼりが冷めるまで遠くに行く事になったんだ。勇者アンクスが裏路地の占い師なんかに殴られたなんて汚点は忘れてもらった方が良いものね。
(言ってしまえ。コイツには良い報らせなんだぜ。)
ジルの言う事にはオイナイ様は戦争に反対の立場だそうだ。そりゃ、ツルガルにいたら真っ先に巻き込まれるのはオイナイ様だからね。ツルガルが無くなればニシジオリに帰れるとか以前に、戦争が起これば真っ先に捕らえられて、殺されるかもしれないんだ。
その人にボクがアンクスを殴ったことを伝えればどうなるか。
勇者アンクスがいるから、ニシジオリの国は戦争に勝てると思っている。いや、勇者アンクスがいるから勝てる訳では無いのだけど、大きな戦力であることは間違いない。
ところが勇者の力は人々の応援を力に変えているんだ。応援されればされるほど強くなる勇者の力を大勢が集まる前でアンクスをボクが殴って力が落ちてしまった。
だから戦争をしたい人からボクは疎まれているんだよね。
ボクはおそるおそるオイナイ様の元へとやってくる事になった理由を喋った。勇者アンクスを殴ってしまって牢屋に入れられた事。王妃様のおかげで牢屋から出してもらえたこと。
「はっは!それは傑作じゃ。そうかよくやった!よくやったぞ!!」
オイナイ様は大笑いしてボクの背中を叩き続けた。
こんなに喜ぶとは思わなかった。
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次回:王妃様の『招待』




