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失格

第7章:隣の国は広かったんだ。

--失格--


あらすじ:アグドがゴールをまたいだ

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「失格だ。」


翳った空に右手をあげて勝ち誇るアグドに無情にかけられたのは、ゴールで判定をする審判の人の低く響く失格の判定だった。クチバシの差のゴールでもしっかりと見極められる人らしい。


1番最初にゴールをして1番高く掲げられたアグドの手。掲げた右手がわなわなと震えて、ゆっくりと降りていく。


広場でゴールを見守っていた観客もどよめいてアグドに視線が集まる。みんな審判の人の次の言葉を待っているんだ。


「なんでだ!?オレは他のヤツ等を追い抜いて1番最初にゴールしたんだぞ?マティちゃんを救うためにがんばって走り続けたんだ。」


ビスから降りたアグドは理由を説明するよりも早く審判の人に詰め寄った。


アグドの言うマティちゃんはボクとアグドの間、ゴールの線の上で転んでいるヴァロアに心配そうにクチバシを寄せている。名前を聞いてもアグドの方には振り返らないんだ。


そもそも彼がマティちゃんを手放さなければ、ボク達はレースになんて参加しなくても良かったんだよね。いらないって言ったのに預けられたんだよね。アグドはがんばったって言うけれど、必要のない頑張りだよね。


「規定を満たしていないからな。失格は失格だ。」


「オマエもオレの『ギフト』が卑怯だって言うのか?みんな使ってるんだぜ。」


アグドの『ギフト』、『ふわふわりんりん』は色々な物を柔らかくすることができるのだそうだ。ボク達はゴールの手前で彼の使った『ふわふわりんりん』で柔らかくなった空気にぶつかってバランスを崩して、柔らかくなった地面に足を捕られて転んだらしい。


ゴールの手前、レースの事しか考えられなくて競争が激しくなって、勢いがついたところで『ふわふわりんりん』を使われたからボク達は勢いを殺しきれなかった。


長い距離を走るために体力を温存しながら並み脚で駆けているレースの中盤に使われたなら、ぬかるみに足を捕られたような嫌がらせで、こんなに盛大に転ぶことは無かったらしい。


アグドも考えていたみたいで、転んだ先の地面も柔らかくしていたので誰もケガをしていない。転ばされた衝撃が大きすぎて、アグドが言い出すまで誰もケガをしてない事に気付けなかったけれどね。


アグドの言うようにボク達も『ギフト』を使っている。


エパダダさんは『走禽類の矜持』、サスネェさんの『英雄劇薬』、ウズゲルさんの『禁じられた羽ばたきき』。カラキジさんは『黄金鐘の調律』だっけか。ヴァロアも『帆船の水先守』を使っていたし、ジルも『小さな内緒話』でボクを助けてくれた。


ボクだって『失せ物問い』で砂煙の中でチェックポイントの方向を探したり1番短い道を探したりしたんだ。


それぞれがビスの力を引き出したり癒したり自分のためになるものだったんだけど、アグドの『ギフト』は違う。相手のビスの足場を奪って邪魔をする物だった。邪魔をするものだけど、僕らも『ギフト』を使ったんだ。アグドにだけ『ギフト』を使うなって言えないよね。


アグドにだって『ギフト』を使う権利はあるんだ。


一方的に言い募るアグドの不満を審判の人はうるさそうに小指で耳を塞いで聞いていない。


話くらいは聞いてあげれば良いのに。


でも、あれだけ大声で喚き散らしたら審判の人の印象も悪くなってしまうのかな。アグドはどんどんと近寄って、ついには審判の人の耳元で喚いていて、話はレースを外れて普段の生活の不満に変わっている。


審判の人も耳を塞いで言い分も聞く様子は無いから、すでに判定は決まっていて変える事は無いんだろう。躍起になってアグドは叫ぶ。審判の人の態度をなじって馬鹿にされていると文句を言った。


審判の人の顔色は変わらない。耳を塞いでいた小指が手のひらに変わったけどね。


アグドが叫び疲れてぜぇぜぇハァハァと息を切らした頃に、審判の人は低く呆れた声で一言だけ発した。


「おまえは4周しかしてないんだよ。」


「そんなバカな!?」


何てことは無い。アグドの『ギフト』が卑怯だとか以前に、アグドは街の中を5周するというレースの基準を満たしていなかった。


街の外、アズマシィ様の周りを走っている時には、道も無い場所を走ってコースなんて解らないから、ちゃんと既定の場所を巡ってきたことを証明するためにチェックポイントでハンコを貰った。


でも、街の中を5周する間にはチェックポイントは設置されていないんだ。誰もが同じ場所を走っていてコースが解り切っているから。


1周するたびに足を止めていたんじゃせっかくの盛り上がりに水を差してしまうからね。外とは違って観客は目の前にいる。最後の凌ぎ合いを見に来ているんだ。


だから騎手は自分が何周したか自分でカウントして管理しなきゃならない。最後に判定を間違えないためにズルが無いように見張っている人もいるけれど騎手には教えられない。たくさんの人が全力で走るレースの最中に伝えるのは事は難しいからね。


間違えるのも無理はないかも知れない。


アグドはカウントを間違えたのか、故意にずらしたのか街を4周しかしていなかった。


ボクもずっと後ろを見ていたわけじゃ無いけれど、街に入るまでは10羽のビスの集団と走っていてアグドの影も見ていないと思う。ゴールの手前でいきなり声が聞こえたと思ったら彼が現れたんだ。


後ろからアグドが迫って来ていたら、ジルが注意を促してくれていたよね。


「何かの間違いだ!!」


(オレは見てたぜ。)


ジルは誇りながらもオレには手が無いからカプリオにしがみつく手間も無いからなと笑った。狭くなった場所でビスの間をヴァロアがすり抜けた時にアグドが混じってしまったらしい。


カプリオが壁を走っていた時かな。


ジルの言う事を審判の人に伝えるまでもなく、アグドはレースの進行を妨害したとして警備の人に連れて行かれた。最後まで喚いていたけれど、今から彼がレースに戻ったって優勝できる訳じゃ無いからね。


最後の最後でうやむやになってしまったけれど、ボク達はゴールしたんだ。


長い1日だった。


アグドに巻き込まれてカプリオに乗って走った。嫌々に走っていたけれど、終わってみればもっと頑張って走っていれば良かったとも思う。


(いや、相棒。オレ達はまだゴールしてないぜ。)


アグドの事に気をとられていたけれど、ボク達はゴールの線の手前で立ち止まっていたんだ。後ろから来た知らないビスたちが次々とゴールしていく。


いつのまにか、カラキジさんもエパダダさんもサスネェさんのもウズゲルさんもゴールのラインの向こうでお互いの健闘を称え合っている。アグドの事なんて興味なかったんだ。


ヴァロアも動いていないけれど転んだ時にすでにゴールの線を踏んでいた。さっきマティっちゃんにクチバシを寄せられていた時も線の上に座っていたからね。


いっしょに走っていた人たちはみんないつの間にかゴールしていた。


周回遅れだったビスが次々と走り過ぎていく中、ボクはひとり立っていた。


ボクは優勝を逃したんだ。



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次回:『優勝』は誰の手に。



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