ゴール
第7章:隣の国は広かったんだ。
--ゴール--
あらすじ:ヴァロアが飛び出した
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通りの狭くなった場所に密集した周回遅れのビスの間を、ヴァロアは全速力でマティちゃんをすり抜ける。彼女の通る道にはまるで魔法のように他のビスが居なくって、ほとんど足を緩める事もない。
観戦している街の人の目と鼻の先まで迫っているんだ。
「まってよォ~!」
カプリオも追いかけて飛び出したけれど、ヴァロアの通った細い軌跡はすぐに細くなって、その軌跡は閉じられるドアから漏れている明かりが細くなるように消えて行って体の大きな彼は通る事ができなかったんだ。
「ふん。ここがお前だけの見せ場だと思うなよ。今こそ飛ぶんだ、ヤッティっちゃん!!」
ヴァロアが『禁じられた羽ばたき』で空を走り出したウズゲルさん。ああ、観客たちの声援から名前が解ったんだ。たぶんだけど。
サスネェさんもエパダタさんも歓声を聞いて何となく知って、挨拶も交わしてないけれど、ずっと一緒に走っているせいか、前から知っている人みたいに感じる。
ウズケルさんに『禁じられた羽ばたき』をかけられたヤッティちゃんはバサバサと翼を振るって、ヴァロアの軌跡を追えなくて足を止めたボクの頭の上を跳び超えた。街の入り口で見たように彼の『禁じられた羽ばたき』は他のビスよりも高く跳んで長い距離を飛ぶことができるみたいだ。
『ギフト』の使える回数の都合なのか、鳥のように自由に飛べるわけではなさそうだけど。
ウズケルさんは密集したビスたちの上を飛んで行って、道の曲がり角では街の人たちの頭の上を飛んで、家の壁を蹴って行き先を変える。よく見ればいくつものビスの足跡が付いていた。壁を走ったような跡まで残っているから、壁面を地面のように走れるビスもいるのかもしれない。
それに、壁を蹴って行き先を変えられるからサスネェさんの『英雄劇薬』みたいにまっすぐしか進めないと言う訳ではなさそうだ。
「ああ~!ボクもボ!クも!」
ヴァロアの通った道が消えてしまったカプリオはウズケルさんの後をついて行く。彼には翼は無いけれど、魔王の城の屋根を走り回っていたよね。街の薄茶色のレンガの小さな凹みに器用に足をかけて、観客の上を飛び跳ねる。ボクは慌ててカプリオのもこもこの毛にしがみついた。
「なんだありゃ?壁を蹴っているぞ。」
「今年は空中戦が熱いな!」
「変な魔獣もがんばれ~!」
ビスが頭の上を跳ぶことが良くあるのか、見上げる街の人たちは怖がる事もなく歓声を上げる。ねぇ、今、ボク達を応援してくれた人がいたよね。ボク達の事なんて誰も知らない街で、ボク達の事を応援してくれたんだ。
ちょっと、いや、すごく嬉しい。
「がんばれ!カプリオ。」
レースの間。いや、魔王の城でもずっと彼にしがみついていただけで、ボクは何もできなかったんだ。
だけど、本当は応援くらいできたんだ。
「がんばるよぉ~!」
カプリオがボクに応えてくれる。それがまた嬉しい。ボクの応援を聞いてがんばってくれているんだ。
「ちっ。追いつけねぇ!」
ヤッティっちゃんはビスの上も街の人をも超えて飛んだけれど、ヴァロアには追いつけなかった。よく見ればヤッティっちゃんに息が乱れて疲れているようにも感じる。『ギフト』を使って飛ぶのも疲れるんだ。
ヴァロアは借り物の鞍で練習もほとんどしてないけれども、レースの間はずっとカプリオの後ろに貼りついていた彼女は、実はボク達の中で1番体力が残っていると思うんだ。
他の騎手たちと違ってヴァロアはボクの後ろをずっと付いて来ていた。ボクが『失せ物問い』の妖精に教えてもらった最短の道を。
そして、チェックポイントでは十分な休憩が取れていたし、第4チャックポイントからはゆっくりと進んで、第5チェックポイントからはカプリオの後ろに陣取って風の影響をも避けていたからね。
そんなヴァロアもビスに『ギフト』を使って走る人たちに一歩及ばない。『ギフト』を使うと一気に差がついてしまうからね。もうちょっとで追いつけそうなんだけれども、差が開いたり縮んだりするだけで追いつけない。
ヴァロアも悔しそうにしているけれど、それでもあきらめずに追いかけていく。
誰もが少し追いつけなくて、一番前をカラキジさんが走る。
もうすぐゴールの広場が見える。
ワァァァァと歓声が鳴り響きボク達を迎え入れる。
「やっぱりカラキジが逃げてんのか。」
「オマエに賭けてんだ。がんばれ!」
「いけぇ変なの!」
1週前にボク達の順番を予想していた人たちが、予想を当てて喜んだり外して悲しんだり。でも、ハズレていてもののしる声は聞こえなくて、応援だけが響くんだ。
「『黄金鐘の調律』」
もう少しでカラキジさんに追いつけそうなのに、叫び声が聞こえると彼の乗っていたビスの瞳に光が戻り、足取りが滑らかになったように感じる。カラキジさんの『ギフト』、『黄金鐘の調律』はビスの疲れを癒すものなんだろう。
チェックポイントでの休憩を削ることができるならレースでは有利になるね。もしかしたらヴァロアよりも体力に余裕があるかもしれない。
彼が疲れるのを待っているなんて無駄だったんだ。
「最後だ、踏ん張れ!『走禽類の矜持』!」
「勝利こそ英雄の証だ『英雄劇薬』!」
「ヤッティちゃん、キミを信じる。『禁じられた羽ばたき』!」
ゴールを目前にしてそれぞれが『ギフト』を使う。きっとこれで最後だよね。
カラキジさんの後をヴァロアが走り、その後ろを最後の『ギフト』を使われたビスたちが背を低くして滑るように弾けるように、空の上からも追い上げる。もちろんカプリオも頑張っているんだよ。
「賞金は自分のモノッス!」
(いけ!もうちょっとだ!!)
「がんばれ!カプリオ!!」
ボクも力いっぱい叫ぶ。どれだけカプリオの力になるか解らないけれど、彼の背中が嬉しそうに揺れるから、たくさんたくさん叫んであげた。
もうすぐゴール。
ほんの小さな事で誰が1番になれるか解らない。
みんな1日走り通して疲れている。だけど、最後の気力を振り絞って走っているんだ。
ゴールのすぐ前でみんなが横並びになる。
王様が立ち上がってボク達を見ている。
「『ふわふわりんりん』!」
後ろから『ギフト』を叫ぶ声が聞こえると、1番を争っていたボク達は何かに包み込まれた感じがした。お尻から伝わる感触が何か柔らかいものを踏みつけているのを感じて、カプリオがバランスを崩してしまう。
倒れる。
カプリオの背中にしがみついて天と地がひっくり返って見上げる空に、いっしょに走っていた人やビスがよろめいて転んでいる姿が見える。
ドサリ。
ドサドサドサ、ずさー!
カプリオは体を丸めて1回転して着地をしたけれど、他のビスたちは足を絡ませて地面に倒れてすべった。気力を振り絞って最後のスパートの最中だったんだ。足元をとられてはひとたまりもない。
「ふふふ!オレが1番だ!!」
そこには今まで影も形も見えていなかったアグドがゴールを越えて右手を掲げている姿があった。
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次回:『失格』の判定




