英雄劇薬
第7章:隣の国は広かったんだ。
--英雄劇薬--
あらすじ:最後の一周。
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1番前を走るカラキジさんが通れば歓声が上がる。独走していた彼は歓声に応える事こそしないものの、ビスの足音も心地よく同じリズムで走り続けていた。
「ほら、最後の1周だ!がんばれ!!」
「ひゃっほォ!最後までぶっちぎりだぁ!」
「カラキジ!こっち向いてぇ!」
ボクが1番前を走っていたとしても歓声が応援してくれていたんだろうか?いや、きっと外の国から来たボクが走っていても誰も応援なんてしてくれないよね。
「まって、あれってエパダタじゃない?」
「サスネェも追いついて来てるぞ!」
「カラキジ、負けんじゃねぇぞ!」
1位を走るカラキジさんの前に見える広場にはゴールがある。あと1周。あの広場の前を越えて街の中を1周走って中に入ればここで終わる。ここで観戦している人たちは、1周を走り終えたボク達がどんな順位に変わるのか、応援の声の間から楽しそうに予想を立てる人たちの声も聞こえる。
広場に作られた特設の段の上にはキラリと輝いく黄金の冠。ゴールにはアズマシィ様から降りてきた王様がいる。ボク達を見に来ているんだ。
「へっ!仕掛けるには1番の場所だ。『英雄劇薬』!」
カラキジさんを追い抜くために最初に動いたのは『英雄劇薬』の『ギフト』を使うサスネェさんだった。ゴールの広場の手前は少し広くなっているから他のビスを抜くのに丁度いい。
それに、王様と公園に集まったたくさん人たちと観客が見ているからね。街の中で見せ場を作るよりも効果があると思ったようだ。
彼のビスの脚が『英雄劇薬』の効果によって太くなる。ひと蹴りひと蹴りに力が籠って飛ぶように駆けていく。ひと蹴りで普通のビスの10歩分を進むんだ。
ひと蹴りで進める距離が大きいから、広さがあってまっすぐなこの場所は彼にとって都合が良いじゃ無いかな。
「させるか!!」
一拍置いて『走禽類の矜持』を使うエパダタさんが浮足立って走り出したけれど、『ギフト』を使う事は無かった。出遅れたエパダタさんが悔しそうな顔をするけれど、まだ『ギフト』は温存するつもりみたいだ。
やっぱり、回数に制限がありそうだ。もしかすると使えるほどの体力が残ってないのかな?
早々に諦めて飛び出したサスネェさんの後姿を見送った。
サスネェさんのビスは周回遅れのビスたちを避けてジグザグに弾け跳んで行く。右に左に飛ぶと強い風が起きて街の人たちの服をはためかせる。強い風が起こるたびに応援の歓声が街の壁に響く。
カラキジさんもサスネェさんに気が付いてあわてて顔を引き締めた。頭を低くして脇を締めて手綱を張って、しっかりと太ももでビスを挟み込んでスピードを上げる。
あと一歩。
サスネェさんがあと一歩の所までカラキジさんに近づいたけれども、次の一歩は『英雄劇薬』の効果が消えた一歩になってしまった。ぐんぐんと細くなっていくビスの脚がトトトとたたらを踏んで転ばないようにバランスを取る。
「チッ、やっぱり足りねぇか。」
『英雄劇薬』を使ったサスネェさんの猛追はカラキジさんに追い付いたけれど、抜くまでには至らなかった。まっすぐ進める道が彼の『ギフト』には短か過ぎて曲がった道になってしまったし、間には周回遅れの選手もいたから、その分余計な動きをしなければならなかったのが原因じゃ無いかな。
途中で何度かぶつかりそうになって避けていたんだけれども、ひと蹴りで跳べる長さが長い分、力が強すぎてその度に大きく避けることになっていたからね。『英雄劇薬』を使っている間は、小さなステップで避ける事ができなかったみたいだ。
でも、サスネェさんに釣られてボク達もカラキジさんのすぐ後ろまで迫っている。エパダタさんも『ギフト』を使う事はできないみたいだけれども、誰だって負けたくないから知らず知らずのうちに足が早まっていたんだ。
みんな勝ちたいんだ。
サスネェさんの猛追が不発に終わってカラキジさんの顔にも安堵の表情が見えた。だけども体の緊張は解けていない。ボク達が追い付いてきたのに気づいてしまったから、彼も足を遅くすることはできなかった。
カラキジさんが仕掛けなければもう少し気づかれるのが遅かったかも知れない。その間にもっと距離を詰めて仕掛けていれば。いや、サスネェさんの『英雄劇薬』の効果だと曲がる道には向かないから仕方なかったのかも知れないね。
「おい。どうした?ナッティちゃん!」
ボクの隣を走っていた名前を知らない選手のビスがふらふらと失速し始めた。観客がざわめく中、ボク達は彼を振り返らない。
(そりゃ、1日中走っていれば疲れもするぜ。)
後ろを振り向く必要なく見渡せるジルが彼の様子を教えてくれる。
ジルの見立てだと、第5チェックポイントでほとんど休憩を取らなかった彼らのビスはすでに体力の限界に達しているのだそうだ。今まで興奮して疲れを忘れていたのだけれども、思い出したかのように急に眼を白黒させ始めたらしい。
乗っている人が大丈夫でも走っているビスは辛かったんだ。ゆらゆらと揺れて、ゆっくりと立ち止まったそうだ。一生懸命に騎手のために走っていたみたいだ。立ち止まっては歩き、歩いては立ち止まる。騎手が諦めてビスを慰めはじめて彼の健闘を称える歓声が起こった。
街の入り口でも泡を吹いてしまったビスもいるし、周回遅れのビスたちの中にも見るからにバテていてフラフラ走っているのもいる。
カラキジさんもチェックポイントで休んでいなかったけれどまだ元気に首位を守っているんだよね。もうしばらくしたらカラキジさんの足も止まってくれないかな。彼のビスだってずっと走り続けているんだよね。
太陽が翳る。少しずつ明かりを失っていく風は涼しくなっていくはずだけれども、街の人たちの熱なのか、まだまだ暑い。砂埃の中では役に立ったけれど、マントを脱いでしまいたいくらいだ。
じりじりとカラキジさんを追いかけて少しずつ差は縮まっているけれど、このままではゴールにたどり着くまでに追いつけないよね。カラキジさんがギフトを使っている様子は見えないし。
「へへ、兄さん、お先ッス。」
ヴァロアが飛び出したのは周回遅れの人たちが集まっていた場所だった。周回遅れの人たちは先頭を走るカラキジさんの為に道を空けてくれたのだけれども、それでも、少し速度が落ちた。
ヴァロアはマティちゃんを操って器用に周回遅れのビスたちを避けていく。たぶん彼女の『帆船の水先守』の力だよね。
何も見えない闇の中を走ったり馬車の向こうのアグドの位置を知ったりできる、彼女は『ギフト』で空いている道を見つけてマティちゃんを滑り込ませる。普通の人だったら、追い抜いたビスの向こう側なんて解らないけれど、彼女は追い抜いた先を知ることができる。
だから、障害物の多い場所でも自信を持って速度を落とさずにビスを駆けさせることができる。
「あ、ズルい!待ってよォ!」
自信を持って走り出したヴァロアの後を追って、カプリオまで走り出してしまったんだ。
彼は自由だよね。
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次回:気力を振り絞る『ゴール』




