手綱
第7章:隣の国は広かったんだ。
--手綱--
あらすじ:オイナイさんに頭を叩かれた。
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呆然と小さくなっていくオイナイさんを見つめている。『目立つんじゃない。』と言われたけれど、いったい何をしてしまったんだろう。
「おいおい、足が遅くなっている。まだレースは終わってないぞ。」
「あ、はい。」
初めて会ったオイナイさんに注意を受けても何を言われたのか解らなくて、カプリオの足が止まっているのに気が付けなかった。彼は鞭で打たれたボクの頭を心配して気を使ってくれていたんだ。あわててズキズキする頭に治癒の魔法をかけるとカプリオは安心してへ歩み始めた。
「手綱も無しに命令を聞くんだな。」
カプリオから手綱を引かないどころか、手を離したままで足の速さが戻ったのを見てキガネさんは感心して呟く。今はカプリオがボクの意図を酌んでくれたから『小さな内緒話』で声をかける必要も無かったものね。
「え、あ、はい。」
カプリオには鞍も手綱も無い。レースの最中はジルの『小さな内緒話』を通してお願いしているけれど、普段でも言葉をかければカプリオは動いてくれる。
馬だと邪魔にならない歯の無い部分に銜を噛ませる、しビスだと嘴の硬くて動かない部分にベルトを巻く。でも、のっぺりとしたカプリオの顔には固定する場所もないし、なにより友達に口枷をするなんて考えられないからね。
鞍も無いけれど、体を固定するにはカプリオの背中のもこもこの毛がボクを包んでくれるしし、しがみつかなくても落とされる事も無い。たとえ毛を引っ張ってしまってもあまり痛さは感じないらしい。
「それで、話を戻したいんだが…。」
叩かれたこと、目立つなと言われたことを気にしないよう慰められてから、キガネさんはオイナイさんが来る前に聞きかけてきた質問を再びした。たしか『なぜ、ゆっくり走っているのか?』だったよね。
「数歩先も見えない砂煙の中を走ってきてカプリオも疲れていると思いますし、ゆっくり走っても大丈夫だと思ったんですけれど、おかしいですか?」
もごもごと、言いかけていた言い訳を思い出して口にする。レースを楽しみにしている人たちの前で口が裂けても負けたいからなんて言えない。
「ふむ、おかしくはないな。だが、上から見ている方には不思議に思えててな。悪いが質問させてもらった。まだ余裕はあるんだな?」
王様なのか偉い人の指示なのかボクに聞かないで帰る事はできないのだそうだ。
第4チェックポイントから第5チェックポイントまではツルガルの王様も見ているから手を抜いて走る人なんていなかった。たとえ独走状態だったとしても、自分の走りを魅せてアピールする。それは全力で早く走る事だったり、手を振ったりパフォーマンスをしたりだとか。
ところが、ボク達は何もせずに体力の温存だけを考えて走っている。ように見えるらしい。それが、ボク達の作戦なのか、それとも調子が悪いだけなのか。関心があるらしい。
「余裕は無いですよ。ボクは目立つつもりで走っているワケでも無くって、ただカプリオが心配なだけなんです。」
たとえ負けるつもりで走っている訳じゃ無くても、ボク達は全力で走ったり、目立つような事をしなかったと思う。まだ街まで戻った上に街の中を5周も走らなければならないし、ツルガルで認められようとして無茶をする気も無い。
ボクは、ただの裏路地の占い師なんだ。
「ケガをしているワケじゃ無いんだな?」
「ええ、大丈夫です。慣れない土地に疲れているんですよ。」
「そうか。王も楽しみにしているレースだ。できれば全力で戦って欲しい。邪魔して済まなかった。健闘を祈る。」
ボクの答えが解っているのか、キガネさんは言い捨てると返事を待たずにビスの手綱を引いた。去っていくキガネさんを見送る先を見上げれば観戦をしている街の人たちが増えている気がする。
街の人たちの人だかりの間にぽっかりと浮かぶ空白。紋章が描かれたなびく旗の間に座っている人の頭にはキラリと太陽を反射する何かが見える。きっと王冠だろう。
あそこは王様が観戦するために用意された場所だと確信できる。
あの人に認められれば、ツルガルでの地位が約束される。
でも、ボクはツルガルに居つくつもりなんて無くて、手紙を届けたらニシジオリに帰るんだ。
そうは思っていても、王様を始めとするたくさんの人たちに注目されているから、カプリオに足を早めるようにお願いしてしまった。居心地の悪いこの場所から早く抜け出したかったんだ。
足早に第5チェックポイントへと到着する。
これで王様、いや街の人たちの好奇の視線は減るはずだ。街の人の中にはボク達を追いかけてくる人もいたみたいだけれども、王様は警備のためか設置された観戦場所から動けないみたいだし、街の人たちも後続の人たちに気をとられている。
ハンコを貰って少し休憩を取ろうとして、用意されていた布の屋根をかけた休憩場所へと足を運んだ。用意されていた甘い味を付けた飲み物が体に染みる。
「ふぅ。」
すでに半日以上もカプリオの背中に跨っているから、いくら乗り心地の良い彼の背中でも、足も腰もガタガタに疲れている。他の選手たちのように全力で走っていない筈なのに。ものすごく疲れているんだ。
(ねぇ、ヒョーリ。本当に負けるつもりでいるの?)
(マティちゃんを貰う訳にはいかないからね。)
(小樽いっぱいの金貨だぜ?)
ヴァロアに懐いているマティちゃんには悪いけれど、アグドだって勢いで彼女を賭けてしまったと思うんだ。ボク達が優勝しても誰も喜ばない。賞金は魅力があるけれど、重たい金貨を持たされたってニシジオリの国へ持って帰るのも一苦労だもの。
「兄さんはホントに優勝しないつもりなんスか?今なら逃げきってしまえば勝てるじゃないッスか。」
カプリオとジルとの『小さな内緒話』でも、ヴァロアとの会話でも同じ話題になってしまって軽く手を振ってそっぽを向くと遠くから走ってくる次の走者が見えていた。
第5チェックポイントでもゆっくり休憩をしようと考えていたんだけれど、ボクとヴァロアの次の選手、3位のカラキジさんがすぐにやってきてしまった。そりゃ、ゆっくり走っていたんだから追いつかれるよね。でも、なにも休憩をしている時じゃ無くても良いじゃない。
さっきの区間ではいつも誰かに見られている気がして、いや実際に見られていたんだけれど、どこかの物陰に隠れてやり過ごすなんて事もできなかった。ツルガルの大地にはデコボコが少ないから物陰なんてほとんど無いけれどね。
物陰じゃなくても調子が悪いフリでもして休んでいても良いんだけれども。レースの参加者ならわざわざ足を止めてまで優勝の機会を逃しはしないよね。それこそキガネさんに質問されたら答えられなくて困ってしまう。
「そろそろ、行こうか。」
腰を落ち着ける暇もなく、ボクはカプリオの背に手をかけた。
「お、やっと優勝する気になったッスね?」
休憩場所に腰を落ち着けずに出発しようとした事でヴァロアには優勝を狙って休憩を減らしたように見えたらしい。
「そう言う訳じゃ無いんだけど。」
追い抜かれてしまいたいけれど、対面して文句を言われるのも嫌だ。それを上手くヴァロアに説明している時間は無かった。すぐそこまで、カラキジさんは来ている。
「追いついたぜぇ!!!」
走り出したカプリオの後ろから声が聞こえる。
カラキジさんは第5チェックポイントでハンコを押してもらってすぐ、休憩を取らずにビスを走らせたんだ。
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次回:『道』を空ける。




