ビスに乗った男
第7章:隣の国は広かったんだ。
--ビスに乗った男--
あらすじ:王都からビスに乗った人が来た。
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こちらに向けて走ってくるビスに乗った人たちはきちんとした身なりをしていた。
(カプリオ、止まって。)
(レースの途中だよ?)
ボク達の他には誰もいない。こちらに向かって走ってきているおなら、ボク達に用事があるって事だよね。王都から来た人たちを待った方が良いと思ったんだ。
「ああ、いや、そのまま走っていてくれ。」
アズマシィ様の上にある王都から降りてきた人たちは、止まろうとするボク達に叫んだ。どうやらレースを中断させようと言う訳では無いらしい。中断してくれた方がわざわざアグドを待って負けるなんて面倒なことをしなくて済むんだけれどね。
格好を見れば綺整った服装に要所だけを護る軽そうな鎧を着て、ビスにも走るのを阻害しないような飾りを着せている。鎧には立派な紋章が入っているから王都の兵士なのかな。
「オレは近衛のキガネという。少し話を聞かせて欲しい。」
思った以上に身分の高いことにびっくりしている間にキガネさんはビスをカプリオに並走させてボク達に話しかけてくる。
レースの見せ場であるこの区間をゆっくりと走っていることを王様を始め街の人たちが不思議に思っているらしい。
ゆっくり走っているならレースの邪魔にならないだろうと判断して、王様はキガネさんをボク達の元へ向かわせ、他の2人には第4チェックポイントに様子を見に行かせたのだそうだ。
あまり気にしていなかったけれど、たくさんの人がボク達に注目していると思うと、今さらながらに緊張してきた。手を抜いて走っているのを皆に見られているって事だよね。
「キナモが暴れてレースが乱れているようですよ。」
レースの状況を聞かれてボクは第4チェックポイントの人たちに伝えたのと同じように答えた。もちろんカプリオがキナモを蹴とばしたなんて事は言わない。ボク達が早い訳じゃなく、キナモの妨害に遭って他の人たちが遅くなっているんだ。
「ふむ。報告の合った通りだな。」
王様もレースの進展を気にしていて人を使って逐一報告をさせている。ボクが魔道具の魔獣で参加する事もスタートで出遅れた事も、オアシスの街から早鳥に乗って王様には伝わっていていたんだ。
それに王都で観戦しているレースの好きな人の中には、レースの先頭を追いかけてアズマシイ様の背中を走り回っている人もいるらしい。アズマシィ様の尻尾の方は砂煙で見えないように思えるけれど、砂煙から飛び出すビスがカッコよくて一喜一憂する人もいるんだそうだ。
報告からもレースを追いかけている人たちからもキナモが暴れてレースが大荒れの展開になっている事は伝わっていて。街の人たちの中でも噂になっているんだそうだ。
ここまではキガネさんも知っていた。
でも、ひとつだけ解らなかった。
「貴殿たちはキナモに襲われなかったのか?」
そう、ボク達だけがキナモに襲われていない。出遅れて1番最後に走り始めたボクだけがキナモに襲われずにトップにいるんだ。不思議に思って当然だよね。
「カプリオは見ての通り羽根の無い魔道具の魔獣ですので、ビスのように飛び上がって砂煙の上を見る事なんてできないんです。」
「その魔獣は何も見えない砂煙の中を走ることができるのか?」
「いや、それはボクが道を教えたからで。占い師をやっていて、その、探すのは得意なんです。」
他の参加者のビスと同じようにカプリオだって前が見えなければまっすぐに走るどころか、歩く事だって難しい。ボクが道を確認してジルが周りを警戒して、それを信じてくれたからこそカプリオは足を緩めるどころかスピードをあげて走ることができたんだ。
ジルとは違ってボクは『ギフト』を隠していないから『失せ物問い』の事を教えても構わない。それどころか『失せ物問い』を使って占い師をやっていたんだから『ギフト』を大々的に宣伝した方がお客さんも安心するとさえ思っている。
どんな『ギフト』を持っているのか隠したがる人もそれなりにいるんだけどね。
ボクの話を聞いた後はヴァロアにも問いかける。
「そっちのビスはどうなんだ?」
「たまたま兄さんを見つけたんで後をついていっただけッス。兄さんは信じられるッスからね。」
『帆船の水先守』を使っていた事は伏せてヴァロアはのんびりと答える。あくまでも偶然と言い張るし、実際にその通りだけれども、『帆船の水先守』が無ければ視界の悪い砂煙の中で偶然ボクを見つけるなんて本当は難しい事だよね。
ヴァロアにしてもボク達の後ろだからと言って安心して走れた訳じゃ無いと思う。ジルが警戒してくれていたように砂煙の中から突然人が飛び出てくるかも知れなかったんだ。『帆船の水先守』で周囲を確認していただろうけれども、やっぱりボク達を信用していたからこそ走れたんだと思う。
自分で考えてみると、ちょっとくすぐったいけれど。
信頼してもらえてるのかな。
「それで、今はなぜゆっくり走っているんだ?」
ほっこりと心の底が潤った時に、その言葉は冷や水を浴びせられたかのようにボクの心臓はドキリとした。だって、負けるためにゆっくり走っているなんて言えないよね。そもそも、負けるためなら最初から1番前に出るようなことにならないようにすれば良いんだ。
砂煙で前が見えなかったから無我夢中で走っている間にいつの間にか1番になっちゃったんだ。
そしてトップ争いをする場所なのに、ヴァロアと2人で並走してゆっくりと走っている。1位と2位のボク達が争いもしないで仲良く走っているんだ。
「あ、えっと、カプリオも少し疲れているみたいだし…」
「なんで目立ってるんだ!オマエは!!」
カプリオが疲れているからだとか、しどろもどろと言い訳を探している間に。後ろから駆けてきたビスに乗った男にスパンと頭を叩かれた。
「な?」
涙目になったボクの頭を叩いたのは、指くらいの太さの持ち手の短い鞭で馬で走る時に使うものだ。ツルガルの人たちはビスに乗る時に鞭なんて持たないんだ。
ビスの乗り方を教えてくれたエフリゴキさんの話だと、鞭なんて使わなくてもビスは言う事を聞いてくれるし、たとえ鞭を使ったとしてもビスのお尻は豊かな羽毛に包まれていているから痛みなんて届かないらしい。
(コイツがオイナイだ。)
ジルはその男をニシジオリからツルガルに赴任しているオイナイ様だと教えてくれた。大使さんだね。ツルガルの人じゃ無いから鞭を使ってビスを操ろうとしているのかもしれない。
ビスには乗っているけれど乗り方は馬のそれに近いようにも見える。ビスの背中は丸いから馬に乗るよりも前かがみになるんだよね。
「たかだか手紙を運ぶだけの配達人が、目だってどうするんだ。王妃殿下もなんでこんなに目立つヤツを使うのやら。」
早口に捲くし立てる
「オイナイ卿、今は王も楽しみにしているレースの途中です。卿とその者の立場がどうであれ、レースの参加者にそれ以上の暴力を働くならご退場願いますよ。」
「良いか!?これ以上目立つんじゃないぞ!?絶対だぞ!!!」
真っ赤になってそう捨て台詞を吐いたオイナイさんはビスに鞭を入れて嵐のように走り去っていったんだ。
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次回:『手綱』なんて必要ないよ。




