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後光

第7章:隣の国は広かったんだ。

--後光--


あらすじ:砂煙を越えたら誰もいなかった。

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厚く立ち上がる砂煙が途切れると、そこにはツルガルの台地が広がっていた。薄茶色の地面に去年のアズマシィ様が撒いたモンジの軌跡が揺らいでいる。同じ街に戻る時のでも歩く場所が少し違うんだね。


「う~ぺっぺっぺ。」


口の中に入り込んでしまった砂粒を吐き出し、マントに降り積もった砂埃をはたいて浄化の魔法をかける。水の魔法で口をゆすいで人心地がついた。


(誰もいないね。)


落ち着いてからキョロキョロと見回してみてもボクの前を走っていたビスたちは一羽もいない。


(道を間違えたか?)


ボク達は『失せ物問い』の妖精の囁きに従って走ってきた。神様からもらった『ギフト』の妖精が間違えるとは思えないけれど、前を走っていた人たちがいなくなると不安になる。


(途中までは影が見えていたんだがな。)


ジルの話によると、レースの走者らしいビスの影が見えていたのは最初だけで、ボクが『まっすぐ!まっすぐ!』と繰り返すようになってからはどんどんと影が減っていたらしい。


そもそも前へ進むだけで精いっぱいで、砂煙自体が明るくなったり暗くなったりと場所によって濃さが違っていたので自信がないそうだけど。


(ひょぉ~りぃ~。そんな事より、ボクの砂も落としてよ。気持ち悪いよォ。)


不機嫌な口調のカプリオの背中を見ればもこもこの毛に細かい砂が絡まっている。


(もう少し先まで行けないかな?)


砂煙からは抜けたけれど、まだ風に砂の粒が混じっている。


(やだよぉ。)


カプリオの背中から降りると彼はぶるぶると全身を揺する。落ちて積もった砂の山が地面の色を変えてしまった。こんなに砂が体に貼りついていたら気持ち悪いよね。


手櫛で毛を梳かせば、まだ砂がパラパラと落ちる。


(浄化の魔法でぜんぶ落ちれば便利なのにね。)


砂は汚れにならないのか浄化の魔法をかけても消えてなくなりはしなかった。肌に汗で張り付いた砂は落ちるんだけど、もっと細かい粒は貼り付いたままになる。どうしてなのかは良く分かんないけど。


部屋の掃除をする時だって砂や埃は浄化されないものね。チリトリとホウキを使わないで済む掃除の魔法があれば便利なんだけど。


(くすぐったいよぉ。)


カプリオの周りをぐるぐる回って手櫛で彼の体から砂を払ってやる。彼のもこもこの毛に絡まった砂はなかなか落ちないけれど、櫛を持ってこなかったので手で払うしかなかった。


(お、誰か来たぞ。)


やっと誰かが来たのかと砂煙の方へ振り返れば、空と砂の壁の間にくっきりと境目が見えた。今まであの壁の中にいたんだと思うと不思議な気分になる。外から見ていても中に入れると思わないんだもの。


砂の壁が揺らいで黒く染まったかと思うと、厚い壁を切り裂いて青いマントで体を覆った人影が現れた。ヴァロアとマティちゃんだ。


砂煙の中ではジルも他の人たちがあんな風に見えていたのかな。


「いやあ、兄さん早いッスね。さすがカプリオさんッス。」


青いマントをばさりと広げ、砂を落としながら近づいてきたヴァロアは満面の笑みを浮かべた。マティちゃんの羽はツヤツヤで砂がまとわりついたりはしなかったみたいだ。ビスはツルガルで生きているだけあって、砂風に強いのかもしれない。


「道を間違えたのかと思っていたんだけど、こっちで良いのかな?」


ヴァロアに次いで出てくる人はいなくって、彼女を見つけた時の安心感が薄れていく。


「行き先が解ってたんじゃ無いんスか?」


ガッカリするヴァロアは『帆船の水先守』の力でボクを見つけて追いかけてきたらしい。


音を聞くことで深い水の中をも暗い闇の中をも見通す彼女の『ギフト』だけれども、どうやら砂の中は違ったようだ。砂粒同士が轟々と擦れる音の中、細かい砂の粒が音を反射したり吸収したりしていつものようには見通せなかったそうだ。


他のビスたちのようにビスを飛ばして方向を確認したかったらしいけど、昨日からビスに乗り始めたばかりのヴァロアにはビスを飛ばすのは至難の業だった。


マティちゃんは良く彼女の意志を酌んで走ってくれてはいたけれど、砂煙の中では勝手が違った。ベテランのビス乗りたちの様には上手く飛べなかったんだ。


砂粒で見通しが悪くなった『帆船の水先守』だったけれど、ぼんやりと他のビスたちが羽ばたいている音は伝わっていた。周りを走るビスたちの位置を頼りに砂の底を必死に這いまわるしかなかった。


そんな中、不意にぎゃあぎゃあと騒ぎが起こった。ボクが大きな鳥、キナモを蹴とばしてしまって大騒ぎになった音だ。他の走者の小さな音を頼りに走っていたヴァロアは目隠しをされたように方向を失ってしまって困ったそうだ。


騒ぐ声は聞こえていたけれど前が見えなくてボク達はそれどころじゃ無かったけどね。


「いや~大騒ぎになってたッスよ。」


耳が良い彼女には砂煙の上で騒ぐ鳥の声に悲鳴が混じっているのが聞こえてきたという。砂煙の上まで飛び跳ねたらキナモに襲われるんだものね。砂煙から頭を出さなければ方向が解らなくなるから出さないわけにもいかないし。


混乱の中、彼女は砂煙の裂けた跡を見つける。砂煙に引かれた一直線の割れ目からは4本足で走る蹄の音が聞こえた。レースに参加しているビスたちは2本足。カプリオの足音に間違いないと彼女は確信した。


他の走者たちがキナモに襲われて迷走し始める中、彼女は迷わずボク達の跡を、砂の無い空間を進む事を決めたんだ。


「兄さんだけは迷わず走っていたッスから、コッチで間違いないと思ったッんス。」


カプリオの走る風が切り裂いた砂煙の隙間から、澱むことなく走る蹄の足音が聞こえる。


ヴァロアはボクが『失せ物問い』で道を知る術を持っていることを知っていたから青いマントで砂煙から顔を覆って護り、切り裂かれた空間の砂煙の壁に反射する音だけを頼りに走りはじめた。


ビスの身を低くして切り裂かれた砂煙の中を走ってもカプリオの蹄の音はどんどん小さくなっていった。蹄の音が小さくなるにしたがって、引き裂かれた砂煙の壁は細くなりどんどん迫ってくる。


遂には裂け目が無くなってしまって、また方向が解らなくなった。


今度は周りを走るビスたちの些細な音も聞こえてこない。


砂粒が擦れて軋んで青いマントを叩く音だけが大きくなる。


音を視て頼りに生きている彼女に訪れた煩い静寂。


目で見ようとしても砂煙にはばまれて目を開くどころかマントの隙間さえ開く事ができない。でも他に方法が無くて、今までと同じだと思う方向をマティちゃんを頼りに走るしかない。


心細くなった時に、マントを打つ音が消えた。砂煙の壁を突破できたんだ。そして、悠々と砂煙を眺めるボク達の姿が見えた。


「後光がさして見えたっス。涙が出たっス。兄さんありがとうッス!」


抱きつこうとするヴァロアを照れくさくて避けると、太陽は上に登り傾き始めていた。がんばってくれたカプリオとマティちゃんを労わってゆっくりと第4チェックポイントに向かう。『失せ物問い』の妖精は間違っていなかった。


1番乗りになったチェックポイントには砂埃に塗れたビスたちの汚れを落とす手入れ道具が置いてあった。



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次回:ゆっくりできない『休憩』



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