砂煙
第7章:隣の国は広かったんだ。
--砂煙--
あらすじ:モンジの団子は魔法の水でふくらむ。
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ゆっくりと歩くアズマシィ様の尻尾の後ろには大きな鳥、キナモが飛んでいた。ぎゃあぎゃあと騒がしいキナモたちはアズマシィ様が歩くたびに落ちるモンジの種を狙って纏わりついているのだそうだ。
種は飛んだだけでは風に飛ばされて発芽しなくて、そのキナモたちが啄ばんだり踏みつけたりして地面に埋まり、暑い日差しから守られて発芽する。不思議な事に種だけを別の場所に持っていって畑に植えても発芽しないのだそうだ。
だからアズマシィ様の恵みがツルガル以外の国に広がる事は無い。
第3チェックポイントには草の束が用意されていてビスたちにも昼食と休憩が与えられた。朝から走り続けてきたビスたちだってずっと走り続けているワケにはいかないよね。
体を落ち着けたビスたちの周りで騎手たちが足の様子を確認したり羽の手入れをしたりとせっせと世話を焼いている。ビスたちが休んでいる間にも人間が働くためにお弁当をビスの上で食べていたんだね。
ボクも少しだけカプリオの世話をして体を伸ばして休憩を取った。カプリオの背中に張り付いているだけでも疲れるんだ。
チェックポイントを越えたボク達には選択肢があった
ひとつはアズマシィ様から離れて大きく迂回するルートだ。アズマシィ様に近い場所を通ろうとすると大きな脚が起こす風と砂煙で覆われていて前が見えない。砂煙を避けてモンジの種をついばむキナモたちの間を走るんだ
もうひとつは、アズマシィ様の振り上げる脚に近い場所を通るルート。アズマシィ様の大きな脚が起こした風が乾いた大地の砂を巻き上げて壁のようになっている。だけど、レースの参加者は次々とこっちのルートを選んでいたんだ。
馬で走るなら前が見えないと走れないから迂回するルートを選ぶよね。レース以外ではツルガルの人もアズマシィ様の後ろを通らないらしいけどね。遠くから来た人は横切らないように王都へ向かうし、街の人はアズマシィ様の背中の上、街の中を通れば良いんだから。
それに、アズマシィ様の背後ではモンジの種が撒かれているんだ。
(お~お~、アイツも向こうへ行くのか。)
ビスに乗る人たちは次々と砂煙の中に消えて行く。レースに勝つためにはなるべく短いルートを通った方が有利だけど、短いルートを選んでも遅くなれば勝つ事はできない。前が見えなければ走る事だって難しい。
でも、ビスには羽がある。
空を自由に飛ぶほどの力は無いけれど、砂煙に巻かれて視界が無くなったらバサバサと跳ねては滑空を繰り返して進んでいる。ぴょこぴょこと砂煙の間からビスの頭が見え隠れするんだ。
(ボク達は迂回していけば良いよね。)
(ん、そうだな。カプリオじゃあんなに長く跳ねていられないだろ。)
(そうだねぇ。ぴょんぴょんしてたら進まないよぉ。)
羽根のあるビスなら飛び上がった後の滑空で行き先を変える事ができるけれど、羽の無いカプリオは着地してから進む道を選び直さなきゃならない。着地した時の衝撃で方向も変わるかも知れないし、行き先を正すためだけに何度も飛ぶことになってしまいそうだ。
ビスと同じだけ砂煙の上に顔を出そうとすれば飛ぶ回数も増えて疲れてしまい、1日をかけてレースをするんだから無理もしてられないよね。
砂煙を避けて大きく回ろうとすると長い距離を走らなければならないけど、ぴょんぴょんと跳ねるよりも体力の消耗は抑えられると思う。
ビスが次々と砂煙に突入していく中、ボク達は大きく針路を外れる事になったんだ。第1チェックポイントでもボク達はみんなから離れたけれど今度は近道ができるわけじゃない。なるべく砂煙に近い場所を選んでカプリオは走るんだけれど彼の足元は砂煙に隠れて見えない。
ボク達を監視していた人たちも砂煙の方へと行ってしまった。飛び出てきた時にちらちらと振り返る頭が見えるからきっとあれが監視の人だろう。
ぽつんとカプリオだけが砂煙の上を走る。頭の上にはアズマシィ様の尻尾が歩みに任せてゆっくりと振られている。砂煙を上げる脚はゆっくりと進み澱むことはない。砂煙が晴れる事は無いんだ。
ぎゃぁあ!
「うわぁ!」
バサバサと足元から不意に大きな鳥が飛びあがった。土煙に隠れて見えなかったけど、モンジの種をついばんでいたキナモがいたらしい。土煙を割って飛び出してきた黒い翼が大きな尻尾の揺れる空に飛び立った。
ぎゃぁあ!ぎゃあぁあ!ぎゃぁあ!!
1羽のキナモが騒ぎ出すとモンジの種を食べるだけで大人しいと聞いていたキナモたちが集団になってボク達を襲った。仲間が襲われたと勘違いしたキナモたちがボク達を自分たちの領域から追い出そうと牙を剥き、鋭い嘴がボク達を襲ったんだ。
(痛い、痛い!どうしよう?ヒョ~リィ。)
(砂煙の中へ逃げるんだ!)
キナモたちを追い払うために手をバタバタさせているボクが応えるよりも早くジルが指示を飛ばす。
アズマシィ様の脚が振り下ろされて風向きが変わって視界が不意に途切れた。砂粒がすごい勢いで飛んできて目を開けていられない。いや、顔にぶつかって痛くて、息を吸えば砂も吸ってしまう。ボクはマントを頭からかぶって顔をすべて覆い、カプリオに抱きついた。
ビスたちが跳ねていたのは呼吸をするためでもあったのかもしれない。
(ヒョーリィ。見えないよぉ。)
(空が黒い。出たらまた襲われるぞ。)
飛び跳ねて砂煙から頭を出せば先が見えるかも知れないけれど、砂煙の上にはまだキナモが飛んでいるらしく、ジルの目には茶色く閉ざされた空に黒い影を見ていた。
(ヒョーリ!第4チェックポイントはどこだ?)
ジルが問いかけて『失せ物問い』の精霊が囁く。砂煙を抜ける方向は解らないけれど、次のチェックポイントの方向は解るんだ。最短で抜け出せばカプリオの負担も少なくて済むんじゃないかな。
(カプリオ!もっと左!)
『小さな内緒話』のおかげで口を開かずに指示を出す事ができる。今、開けたら一瞬で口の中が砂でじゃりじゃりになっちゃうよね。
(おう!左の影が濃くなったぞ、ぶつかる!右に寄れ!)
ジルには目も口も無い。普段はどうやって見聞きしているのか解らないけれど、この砂煙の中でも見る事ができているみたいだ。
ジルの言う事には見る事はできるけれど、砂で見通しが効かなくて数歩前にできた影が見えるだけだと言うけれど、目を開けていられない真っ暗な状況のボク達よりもずっと頼りになった。
(わかんないよぉ~!)
そう言いながらも、カプリオはボク達を信じて走った。速度を落とさないどころか、スピードを上げた気がするのは早くこの砂煙から抜け出したいと思っているからだろう。
(前方に影だ!避けろ!)
(もっと左だよ!)
(どっちぃ~?)
(後ろからも誰かくる!)
びゅうびゅうと切られる風の音に砂粒が混じって何も見えない。ジルが人影やキナモの影が見えたと報告するたびにゾクッとする。この周りにはレースに参加している何羽ものビスたちが飛び跳ねているはずだから、もしかしたら頭の上から落ちてくるかも知れないよね。
それはもしかしてアズマシィ様の大きな脚の裏かも知れない。
(そのまままっすぐ!)
(わかったよぉ!)
なんどもジルに問われてボクは第四チェックポイントの位置を答える。カプリオの感覚が優れているのか、まっすぐ。まっすぐと答えられるほどになるまでにはさほど時間はかからなかった。
マントの隙間から漏れてくる明かりがどんどんと明るくなる。
(抜けたぞ!)
ジルの声に砂がざらざらと零れ落ちるマントはだけると、そこには誰も居なかった。
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次話:輝く『後光』




