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1歩目

第7章:隣の国は広かったんだ。

--1歩目--


あらすじ:いつの間にかレースに参加することになった。

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レースのスタートの笛が鳴り響く青い空に、黒い影が走る。


心の準備を整えていなかったボクは気が付かなかったけど、レースはすでに始まっていたようだ。笛が鳴るよりも早くからレースは始まっていて後ろの騎手は他のビスの隙間を縫おうと足を上げていて、ボクの後ろにいた騎手は手綱を引いてビスを空へと飛ばしたんだ。


バサバサと人を乗せて空を駆けるビスだけど本来は飛べない鳥だ。すぐに着地をしなければならない。最前列にいたボクの後ろのビスだからこそできるのだろう。


(ちっ!左からも来るぞ!!)


ジルの舌打ちに空を見上げていた視線を前へと戻した時には左隣にいたアグドがボク達の進路へと滑り込んできていた。ボクの前へと着地しようとしていたビスの騎手の怒声が上がる。


「バカ!どけぇ!!」


「知るか!オマエが落ちろ!!」


アグドは場所を譲らない。ビスの足の速さで勝負するよりも早く、ボクの妨害をしてボクにだけ勝つことを選んだみたいだ。彼の乗るビスとカプリオの足の速さが同じなら、ボクの行く手さえ遮れば勝てるよね。同じなら。


アグドは危険を冒してまでもボクの進路を阻んで一直線に走り出す。その一瞬でボクとカプリオは出端を挫かれた。カプリオは足を動かせなかったし、ボクは新しい進路を見つける事もできなかった。


空を駆けたビスがボクの前に降りてくる。アグドとヴァロアのいた両隣にもビスがなだれ込んでくる。一瞬の内に前も上も右も左もビスだらけになったんだ。


「へん!オレの勝ちだな!」


せっかくエフリゴキさんに一番前からスタートできるようにしてもらったのに、ボクもカプリオも棒立ちのまま最初の一歩すらまともに走り出す事ができなかったんだ。


(してやられたぜ。)


ジルが周りを観察していた限りでは、同じように先頭を飛び越そうとしていたビスもいたようだけど、先頭に立つビスの乗り手たちも知っていたのか、後ろのビスが飛び立つ前に走り出して、前を取られる事を阻んでいたそうだ。


レースは笛の鳴る前に始まっていた。たぶんもっと小さな駆け引きもあったんだと思う。


「なんでつっかえているんだ?」

「さっさと進めよ!」

「じゃまだどけぇ!」


一斉にスタートを切ったと言ってもたくさんいるビスたちの群れは前の人が進まないと後ろの人はスタートできない。


ドスドスと地響きを上げたビスたちの土煙の中、後ろから後ろからとビスたちが走り出し、棒立ちで動けないボク達の前の開いた隙間へと回り込んでくる。足を止めたカプリオは最初の一歩を踏み出す事もできなかった。カプリオだって前が空いてなきゃ走り出せないよ。


(ひょ~りぃ、ごめんよぉ。)


土煙が落ち着いた頃に走り出したカプリオは一番最後になってしまった。スタートの合図をしてから走り出そうとしていたカプリオはスタートの直前から一歩目を踏み出していたビスたちに負けた。たった一歩の差だったけれど、ボク達は最前列から最後尾へと追いやってしまった。


ボクの心の準備ができていなかった、一瞬に。


(大丈夫だよ。怪我をしなくて良かったね。)


ボク達は走り出せなかったけれど、後ろのビスたちに突進される事も無かった。ボク達の目的はレースに勝つ事でも負ける事でもない。王都へ行って王妃様の手紙を渡す事が目的なんだから、怪我だけはしちゃダメだよね。


スタートを見守っていた観客の冷ややかな視線を浴びながら、もうもうと土煙を上げて走るビスの群れの後を追いはじめる。まだまだ走り始めたばかりで、どのビスも元気だ。団子になって先を争うビスたちが熾烈な位置争いをしている。なるべく走りやすい位置を維持しようと争っているんだ。


土煙の治まった後をボク達は着いて行くしかない。注目されていただけに観客席からヤジが飛んだ。ボクだってはじめてのレースなんだから失敗くらいするんだよ。


(おい、変な動きをする奴がいるぞ。)


ボク達の前を走るビスの群れの中に、明らかに他の人より遅く走ろうとしている人がいた。


(早い人に道を譲っているんじゃない?)


(いや、それにしては妙だ。乗っている奴が後ろを振り返りすぎだ。)


後ろをからくるビスが進路を変えて抜くのだから前の騎手は前を向いていれば良い。けど、その騎手は後ろのビスのために進路を開けて速度を落としているように見える。


早いビスに道を譲っていると言うよりも明らかに後続のビスを避けて後ろに回り込もうとしている。そのために後ろをちらちら見ているんだ。それも3人も。


(後ろを走った方が有利だとか?)


(誰かの後ろを走った方が楽な場合もあるが、最後尾まで降りてくるヤツはいないぜ。)


人の後をついて行った方が楽な場合もある。後ろを気にして走れば態勢を崩しやすいし行き先を間違えていないか不安になったりしなくて済むからね。


でも、最後尾まで降りてくることはない。自分の前に1人か2人前にいればその人を指標に進む事ができる。最後尾まで降りてきちゃったら、最後に優勝するために抜き直す必要が有る。長いレースで多くのビスを抜くのは疲れるんだ。


(それじゃあ、他に目的があるとか?)


彼らはレースに勝つことが目的じゃ無くて、何か他に目的がある。1年を通して練習してきたレースを無駄にすることになるけれど、それでもやりたいことがあるとか。


不意に変な動きをするビスの乗り手のひとりと目が合った。


あるいは、やりたいことじゃ無くて命令されたことがある。


(オレ達の監視役か?)


ジルの言っていたことが当たっているとすれば、カプリオの、いや、魔法使いライダル様の作った魔道具の魔獣の能力を知ろうとエフリゴキさんが仕込んでいる可能性がある。それが、自分が乗る魔道具のビスを作るためか、戦争の前に魔道具の魔獣の力を知っておきたいからなのかはわからないけれど。ボク達を観察しようとしているのかもしれない。


(どうしよう?)


(どうしようって相棒。勝たなくても良いんだし適当に後について行けば良いんじゃないか?)


マティちゃんを引き取れないから負けるのは良いけれど、カプリオが遅いと謗られるのは嫌だ。勝ちたいけれど負けたくもない。


ジルの考えでは、エフリゴキさんが自分の魔道具のビスを作りたいだけならカプリオがどんな活躍をしようと構わないそうだ。最終的にはライダル様が作るか作らないかの問題だと。魔法と料理と自分の好きな物にしか興味のないライダル様に作ってもらうのが大変だと思うけれど。


でも、戦争に魔道具の魔獣を使った時のことを調べようとしているのなら、今、カプリオに全力で走ってもらうのは危険かもしれない。カプリオとアラスカの速さにどれだけの違いが有るのか解らないけれど、進軍や伝達の速度を予想されれば、せっかくのアラスカがいるというアドバンテージを失いかねないそうだ。


あまりに遅いと見くびられるかもしれないとも考えているらしい。難しい話だね。王様や王妃様だったらどうするんだろう。


(難しい話はもういいや、追いつく事だけ考えよう。)


真ん中くらいまで行ければ十分並のビスより早いと思われるよね。あれだけ最初で失敗したんだから、遅れを取り戻しただけでも十分早く見えるよね。


ボクの心が決まった時、地平線を歩く大きな街が見えたんだ。



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次回:ひとつめの『チェックポイント』



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