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スタートライン

第7章:隣の国は広かったんだ。

--スタートライン--


あらすじ:いつの間にかレースに参加することになった。

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ワーワーワーと多くの人の歓声が聞こえる。ボクの背中に集まる100人以上の視線に殺気が含まれている気がして、怖くて怖くて背中の汗が止まらない。ボクは今、カプリオの背に(またが)ってレースのスタートラインに立っている。


そう、スタートの線の前にいるんだ。


オアシスの街で開催されるレースは、領主であるエフリゴキさんの主催で行われる、お祭りの目玉だ。この日のために広いツルガルの大地あちこちで各々がビスを鍛えて集まってくる。


参加者の中には賞金よりも多い費用をかけてビスを飼い、専属の騎手まで付けている貴族の人もいる。エフリゴキさんみたいに。彼は主催者だから出場を控えているらしい。


1日をかけて行われる長いレースだ。一年をかけて鍛えてきた愛鳥を比べるのに1日では短いと言う声も聞いたけど。ボクにレースを熱く語るエフリゴキさんに。


レースは午前中に街をでて夕暮れ前に戻って来る。お弁当まで持たされたんだ。ボクは受け取ったお弁当の他に役に立ちそうなものを入れたカバンを持ってジルを背負った。


長い棒を背負ったボクは、走るのに邪魔じゃ無いかとエフリゴキさんに問われたけれど、ずっと一緒のジルが居てくれるだけで心強いんだ。


午前中に街を出て指定された場所をいくつか周って最後に街の中を5周する。街を回っているあいだに早鳥が走ってゴールした人がちゃんと指定のポイントを回っているかが確認される。少なくとも上位の人はズルができない。それに街の中を走っている時が一番盛り上がるんだそうだ。


昨日の夜はよく眠れた。


エフリゴキさんにレースに参加する貴族の人たちとの夕食会に呼び出されて疲れたけれど、一昨日の寝不足も重なってヴァロアのいない広い部屋で、やわらかいベッドに包まれて泥のように眠った。


なのに、今の気分はまったく冴えない。


それもこれもボクが今、スタートラインの真ん前、参加者の最前列にいるからだ。


ボクはこのレースの最後の方の参加者だ。前の日に参加が決まったばかりだからね。普通のレースなら最後に参加したボクはスタートラインから一番遠い最後尾に立っているはずだった。参加受付をした人から順にスタートラインから近い所に立てるよね。


だけど、今回のボクは主催者で領主様の招待という形で参加することになってしまった。


夕食の招待も受けたし泊まるところも用意してもらったし、カプリオに乗る権利も与えられている。一般の参加者の後ろにつこうとしていたら、あれよあれよという間にいつの間にか最前列に連れて来られてしまったんだ。


「魔獣だと?そんなのアリなのか?」

「なんでアイツだけ最前列に連れて行かれるんだ?」

「どうせ領主に取り入ったに違いない。」


ボクの背後に、一年をかけてお金をかけてビスを鍛えてきた人たちの熱気が揺らめいている。尖った視線は槍になり、言葉の棘が胸に刺さる。


「アイツ達さえいなければオレのアンティちゃんが一番前だったんだ。」

「あんなのっぺりとした顔の生き物がオレのインティちゃんより早い訳が無い。」

「鞍も付けずに走るとは舐めやがって!オレのウンティちゃんの前で邪魔をする気か。」


興奮したビスたちがドスドスと地面を揺らす。


カプリオの背中には鞍が無い。魔王の城で彼に乗った時も直接彼に乗ったし、それからも作る暇なんてなかった。ボクは幌馬車に乗っていたんだから必要なかったものね。


カプリオのもこもこの背中に合った鞍なんてどこにもありはしない。ヴァロアの乗るマティちゃんのように衛兵さんに借りて布をはさんで誤魔化す事もできなかった。


けど、事情を知らない人からすればカプリオに直接跨っているボクはレースを舐め切って参加しているように見えるよね。


ボクの左隣にはアグドが震えている。マティちゃんが賭かっているレースで「魔獣で参加だと!?ふざけるんじゃねぇ!!」と息巻いていた勢いは影も無い。彼もボクに巻き込まれてスタートラインに並ばされたんだ。


本来ならアグドも最前列からのスタートでは無かった。


最終日に参加して最後尾から走るはずだったボクとは違って、早いうちからレースに参加するために街へと着ていた彼は群集の中でも前の方からスタートするはずだった。ボクとアグドとの間には何十人もの参加者がいて、それだけでも彼は優位になれる。はずだった。


マティちゃんの鞍を持ち帰ったり、スタートの位置が違っていたりと結構アグドはズルいよね。それが、エフリゴキさんに勝負を聞きつけられてボクの隣にいる。公平を期すために。


「なぁ、なんでアグドのヤツ前にいるんだ?最前列だぜ」

「なんでも隣の魔獣の主にケンカを吹っ掛けたらしい。またドロボウと勘違いしたんだそうだ。」

「変な所でガンコなヤツだからな。」


真っ青な顔のアグドも当然、ボクと同じように他の参加者からの痛いような視線にさらされることになる。いや、最前列からスタートできる絶好の機会。一世一代の大勝負と考えての武者震いかも知れない。後ろの声を気にしてちらりと振り返る瞳は血走っているんだ。


「兄さん、エフリゴキさんが壇上に上がったッスよ。」


アグドに対して反対側、ボクの左隣にはヴァロアがのんびりと構えていた。念のためにアグドに勝たないようにとは言ってあるし、彼女もマティちゃんを連れて歩くのは難しいと感じてくれていた。適当に手を抜いて走ってくれる。彼女たちには鞍が合わないって正当な理由もあるもの。


「諸君!今日は隣の国の使者殿が最高の魔法使い殿が作った魔道具の魔獣に乗って参加してくれる。強敵だとは思うが、我が国の底力を見せつけるためにも、それぞれの一年の成果を存分に発揮してほしい!!健闘を祈る!!」


ワーワーと鳴り響く歓声の中、簡潔に、けど的確にボクを標的にした檄を飛ばす。レースに参加している人も観客もツルガルの人たちが一体となってうねりをあげて、まるでボクだけが敵の中にポツンとひとりいるみたいだ。


エフリゴキさんの檄に応えて一層に大きな歓声が上がった。


(なに、カプリオに任せておけば心配ないさ。)


ジルの言葉にボクはカプリオのもこもこの背中にぎゅっと抱きつく。賢者様が孫のために作った最高傑作の背中は、鞍なんて無くても騎乗する人をしっかりと包み込んでくれるんだ。


檄を飛ばしたエフリゴキさんの横に、スタートの合図を出すための案内人が呼ばれる。


「それでは各々方。準備はよろしいですか?」


レースに参加する人の中に準備ができていない人はいない。ボク以外は。


みんなはやる気に満ちた目で遠く地平線を見つめている。ボク以外は。


ボクは負けたかったのに。


でも、カプリオがバカにされないように勝たなければならない。


「位置について、よーいスタート!!!」


ボクの心の準備が整わないまま、スタートを告げる笛の音が青い空に鳴り響いた。



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次回:レースの『1歩目』



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