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4階

第7章:隣の国は広かったんだ。

--4階--


あらずじ:アグドとレースをすることになった。

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アグドがマティちゃんの鞍を持って帰ってしまったのでボク達は途方に暮れた。鞍が無ければマティちゃんの力を十分に発揮できないと衛兵さんたちは口々に騒ぐけど、ボクはレースに勝つつもりも賞品にマティちゃんを貰う気も全く無いので、彼らの言葉をうわの空に聞いていた。


そんな事より、日も落ちて暗くなっているからベッドで眠りたいんだけど。まだ宿も決まって無いんだ。


「あの、そろそろお暇してもよろしいでしょうか?」


「ああ、引き留めて申し訳ない。旅の疲れも溜まっているでしょう。」


一日を振り返るとロクなことしか思い出せない。退屈な幌馬車に揺られていただけなのに泥棒呼ばわりされて、剣で切りつけられて、大の男をこの街まで連れてきて。どれもこれも大変だった。お腹も空いたし早く横になって体を伸ばしたい。


「ですが、残念なことに今の街には空いている宿が無いんですよ。」


続けられた隊長さんの言葉にボクは耳を疑った。忘れていた疲れがどっと押し寄せてくる。


隊長さんの言う事には、お祭りをしているこの街にはツルガルの国中の人や多くの商人も集まっていて宿の部屋はすでに埋っていると言う。そうだよね。人が集まれば泊まる場所が必要だもの。街の外にテントを張って泊まる人がいるくらい人であふれているのも見たし。


「そこで、私どもの兵舎の一室を提供したいと思いますが、いかがですか?粗末で小さな部屋ですが、野営をするよりは休めるでしょう。」


今から野宿をするとしても街を出てテントとアマフルの群れの外まで移動しないと場所が空いていない。疲れた体でそこまで行くのは大変だから提案は嬉しい。


「迷惑じゃ無いかな?」


「いえいえ、私どもが明後日のレースを推してしまったから街に留まらなければならなくなったのです。本来ならもっと良い部屋をご用意できれば良かったのですが、あいにく使える部屋が塞がっておりまして。申し訳ない。」


オアシスの街のお祭りを楽しみに、遠い所からもお客さんが来ているらしい。自分の飼っているビスをレースに参加させたいと考える貴族とその使用人たちで、迎賓用に整えられた部屋が埋っているとのことだった。


何にせよ、今からトボトボと街の外れのそのまた先まで歩くほどの気力は無いんだ。


ボクは感謝を告げてその言葉に甘えた。



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部屋に入れないカプリオとマティちゃんを預けて、兵舎へと案内された。


国境の入り口の街で見たのと同じで、薄茶けた干しレンガを積み上げて造られた4階建ての建物は、入り口には戸板が無くて掛けられた布で中が見えないようにされている。布をめくって中に入るとふわっと行き場を無くした風と砂埃の匂いがした。


「西の方でまたケンカだってよ。祭りの時くらい大人しくできないのかよ?」

「街の外の話だろ?オレ達の管轄外だ!」

「今年も大騒ぎだね。カードはどうだい?」


兵舎の一階の大部屋には沢山の人が詰めていた。お祭りでは沢山の人が集まるので、この時期は特に警備を強化している。そして、何か有った時に応援に駆け付けられるように夜でも待機をしているそうだ。


そして、衛兵さん達に混ざってレースに参加するために来ている人たちの使用人。ビスの世話をする人たちには兵舎の空いている部屋が貸し出されて衛兵さんたちに混ざっている。


「騒がしくて済みませんね。」


ボク達を兵舎に案内してくれた衛兵の人が申し訳なさそうに言う。毎年レースに来る彼らとの再会に盛り上がっているそうだ。


「いえ、ベッドで寝れるだけでも嬉しいですよ。」


せっかく町があるんだからベッドで寝たい。ご飯だって街で食べた方が美味しいからね。自分で作ると調理できる時間が短くて同じ味にばかりになる。


階段を使って2階へと上がると街の様子が見えた。とっぷりと夜が更けた空はお祭りの明かりで星が少なく見えるけど、お祭りに浮かれた人たちの騒ぎ声が聞こえる。


「稼ぎ時ッスねぇ。けど、もうくたくたッス。」


人が集まれば吟遊詩人のヴァロアも稼ぎやすい。でも、今日はマティちゃんに(ついば)まれたぼさぼさの髪で顔にも疲労の色が見える。ボクも疲れていたけれど、大きな体のマティちゃんに懐かれてた彼女も大変だったようだ。


疲れた顔をしかめて街へ繰り出すか悩んでいるけれど、きっと今日は大人しくしているんじゃないかな。


ヴァロアの言葉の意味を尋ねて来た案内の人に彼女が吟遊詩人だと告げると、是非、兵舎の食堂で歌って欲しいと頼まれた。せっかくのお祭りなのに、警備で自由に歩き回ることもお酒を飲むこともできずに詰めている衛兵さんたちの慰みになると彼は告げた。


ヴァロアにしても街で歌うには場所を仕切っている人に挨拶をしたり、場所代を払ったりと手間がかかるので、兵舎で歌うことができればかなり楽になる。けど。


「…考えておくッス。」


良い提案ではあったけどヴァロアは難しい顔をする。それくらい疲れているんだろう。


3階へと上がる頃には階段に登ることも疲れてきた。平らな地面を歩く時と違った筋肉を使っているのか太ももが痛い。そう言えば普段は階段ってあんまり登らないよね。


「空いている部屋が四階にしか無くって申し訳ない。」


下の階の便利な部屋はすでに埋っているらしく、たくさん登り降りをしなきゃならない四階の部屋しか空いていないそうだ。そのぶん街の喧騒から離れる事ができて静かになるんだけど。


でも、ジルは少し不満そうだった。


夜通し起きていなければならないジルにとっては喧騒が近いほどいろいろな話を聞くことができる。部屋まで案内してもらったらどこか物陰を探してあげても良いかもしれない。一晩くらいなら身を隠せるよね。


4階に上がる頃にはボクの息は絶えそうだった。


「わォ!すごいッス!」


夜風に吹かれた窓の布の間から、お祭りの夜の人出が見える。大通りには幾つもの篝火(かがりび)が設置されその合間には食べ物の屋台が並んでいる。喧騒は離れていくけれど屋台の良い匂いは風に流されて4階まで昇ってきていた。


「食事はまだでしたよね?屋台で何か買って来ましょうか?」


兵舎の食堂で食事をすることもできるそうだけど、衛兵さんたちが普段から食べるような粗末な食事しかないそうだ。お酒を飲む事ができない衛兵さん達もせめてもの楽しみに遠くから来た商人の珍しい屋台の食事を摂るそうだ。


「お願いします!」


いちもにもなく飛びつくのは1階まで降りる元気もないからだ。案内をしてくれた人には悪いけど、部屋まで食事を持ってきてくれるなら階段を昇り降りしなくて済む。


嬉しそうなボクの顔を見て顔をほころばせてくれた案内の人が、ボク達の好みをあれこれと聞いてくれる。話が盛り上がって少し元気を取り戻した時、ひとつの部屋に辿り着いた。


「ああ、ここです。手狭ですが今日の所はここでゆっくりしてください。」


扉代わりの布をめくると、2段ベッドが4つも詰め込まれた部屋だった。部屋には他に荷物も無く誰も使ってはいないらしいけど、眠るだけなら十分だ。


「それでは食事を買ってきますから、ゆっくりしていてください。」


「え?一部屋だけ?」


ボクはうきうきと部屋を出て行く案内人に無意識に疑問を投げかけてしまったんだ。


ヴァロアもいるんだよ?



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次回:2人きりの『2段ベッド』


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