挑戦状
第7章:隣の国は広かったんだ。
--挑戦状--
あらずじ:マティちゃんを返そうとしたらアグドに怒られた。
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旅の邪魔になるからとマティちゃんを返そうとしたらアグドは怒ったけど、たぶん、ありがたく貰っても怒るよね。面倒くさい。マティちゃんは目を潤ませて大きな体をヴァロアに寄せて鳴く。
「ああ、こらやめろッス!解ったから髪を引っ張らないで欲しいッス!」
どうやらアグドの目から逃げるようにヴァロアの影に隠れたマティちゃんは彼女のひとつに縛った長い髪を咥えてよだれでべとべとにしているらしい。何度か浄化の魔法陣が光った。
「とても愛らしいコだと思うけど、ボク達の旅にマティちゃんがついて来れないと思うんです。」
本当はボクに懐いていないビスの事なんか知ったことじゃ無くて、懐かれているヴァロアに任せたかったんだけど、暴れるマティちゃんを落ち着かせようと躍起になっている彼女は髪をついばまれてぐしゃぐしゃにしていて、アグドとの話を任せるのは難しそうだ。
それに、『要らない』と言ったのはボクでアグドに睨まれているのはボクで、面倒くさいと思いながらも褒める所と要らない理由を探して言葉を選んだ。
「マティちゃんはずっとオレと暮らしていたんだ。どこへだって行けるし、どこでだって眠れる。ツルガルの民に飼われている他のビスよりもよっぽど賢いぞ。」
アグドはどうしてそんな事も分からないのかと首をかしげる。いや、撫でた事もないビスの事なんて知らないし、初めて会ったマティちゃんの事なんてもっと解る訳ないじゃない。馬みたいに使われている事くらいしか知らないもの。
「ボク達の旅程はちょっと変わっていて、普通の旅人とは違うんです。」
「旅に普通も変わったも無いだろう?」
遊牧民のアグドからすればテントを持ってエサとなる草を追って彷徨う彼らも旅人なのだ。アマフルのエサが無くなれば新しい場所を求めて移動して新しい場所にテントを張って暮らし始める。移動を繰り返して、あちこちに行っているんだろう。
だけど、ボクの言いたいのはカプリオの行程で彼は夜中も歩く。アグドの考える昼にだけ歩く旅とは違うんだ。
「カプリオは夜も歩いてくれるんだ。ビスがどんな鳥か知らないけれど、鳥なんだから夜は寝てしまうよね?」
「マティちゃんだって夜だって働いてくれるし、馬だって同じだろう?」
「いや、カプリオは馬じゃ無いから。」
「魔獣だって夜は寝るもんじゃないのか?」
アグドの言う『マティちゃんは夜も働いてくれる』と言うのは、夜の一時だけ働いてくれた話をしているんだと思う。カプリオのように昼も歩き詰めで夜中も寝ないで歩くなんて事はできないよね。
(面倒くさいヤツだな。せっかく要らないって言っているのに。)
右手のジルも乗り気じゃない。アグドが手放さないと解っているんだから、もらったって後から面倒なことになりそうだよね。それでもマティちゃんを連れて行く方法としていくつか考えてくれるけど、現実味は乏しい。
例えば、幌馬車の荷物を半分にしてマティちゃんの寝るスペースを作ればマティちゃんも寝る事ができる。でも、旅に必要な道具は当然必要として、ツルガルの王様や大使のオイナイ様へのお土産も減らすわけにはいかないからね。荷物を減らす事はできない。
今の幌馬車にビスを乗せるだけの空間を確保するのは難しい。
あるいは、大きな幌馬車に変えたり荷台を追加して2台をカプリオに牽いてもらったり。いや、カプリオなら牽けるかも知れないけど、彼の負担が大きくなり過ぎちゃうよね。
ジルの話に耳に傾けながらもアグドのマティちゃん自慢を聞かなくちゃならないので頭がこんがらがる。2人同時に別の事を喋っているんだから。
周りにいる衛兵に助けを求める視線を送っても、関わり合いになりたくないのか目を背けられる。何人かはヴァロアを助けようとしているけれど、手助けが終わらないように手を抜いているようにさえ見えてしまった。
ごにょごにょと煮え切らない答えで断り続けているとアグドの方でもしびれを切らした。
「ええい!面倒だ!オレと勝負しろ!!」
「勝負?」
アグドの急な提案に目を丸くする。
「オレより早く走ることができるんなら、マティちゃんを譲ってやろう。どうだ、解りやすいだろう?」
「ああ、それなら明後日のレースはいかがですか?」
素知らぬ顔をしていた衛兵の隊長さんがにこやかに口を挟んでくる。ボクは必要ないと言っているんだから、アグドを追い返すだけで済んだと思うのに、今まで口出ししてくれなかったんだ。
彼らの言う事には、今この街でやっているお祭りの一環として、集まった遊牧民たちによるビスのレースが行われるそうだ。毎年行われるレースでは百頭に及ぶビスが一斉に走り、祭りでも盛り上がりを見せるらしい。
つまり、そのレースでワザと負ければマティちゃんを貰わなくて済むんだよね。このまま無駄な言い合いをして面倒な説明に時間を費やすよりは簡単だ。この街で数日足を止めなきゃならないけれど。
「なるほど、舞台としては申し分ない。オレの凄さを見せつけるには打って付けだ!なら、それまでマティちゃんは預けておいてやる。」
足止めされるのが嫌で断ろうと思っている目の前で、アグドはおもむろに怯えるマティちゃんの鞍に手をかけた。何が起こるのか分からないままに目を見張る。慣れた手つきでパチンパチンと金具に触れたかと思うと一瞬で鞍と手綱が外されてしまった。
「だが、マティちゃんは預けても鞍はオレのモノだからな!ふふっ。返してもらうぜ!」
「せいぜいがんばってくれ」と言って鞍を抱えて行くアグドの考えは、ボク達に鞍無しでマティちゃんに乗って彼に勝てという事らしい。
馬を乗るのにも鞍と手綱が必要なように、ビスに乗るのにも鞍と手綱が必要だ。裸馬でも乗ることはできるけど背中に足をかける場所がないので、乗り手は太ももで背中を挟んで体を支えなければならなくなる。
同じようにビスも鞍を着けないと乗りにくい。それに背中に不安定に揺れる人間が乗っているとビスの足が遅くなってしまう。人間だって背負ったリュックがふらふらと揺れると体を支えるのに余分な体力を使うよね。
鞍が無いと言うだけでレースでは影響が大きく出てしまうんだ。ビスに乗り慣れていないボク達ならなおさらだ。
「ちっ!姑息な真似をしやがって。」
「鞍を貸すくらいのハンデをくれたって良いだろうに。」
「心の狭い男だ。まったく。」
衛兵の人たちが口々にアグドの行為を非難する。いやいやいや、彼の心の狭さを非難する前に、ボクを助けてくれなかった心の狭さも反省しようよ。口には出して言わないけどさ。
鞍を今から新しく買う訳にもいかない。鞍は個体ごとに作らないとビスたちの負担になる。人間の背中の形がひとりひとり違うように、ビスの背中だって個体ごとに丸さや形が違っている。背中の形に合わなくて、隙間の空くような鞍を着けると背中がこすれて傷がついてしまうそうだ。
人間だって合わない靴を履いたら靴擦れを起こすし、新しくて固い靴は慣らして柔らかくしたりするよね。普通に走らせる程度ならできるだろうけど、明後日のレースまでに新しくマティちゃん専用の鞍を作って馴染ませるなんて難しすぎる。鞍を作ってくれる職人から探さなきゃならないし、簡単に馴染む物じゃ無いよね。
ボク達の勝ち目は薄くなる。
例えアグドから鞍も借りる事が出来たとしても、ボク達はビスの乗り方なんて知らないし、走らせ方なんて見当もつかない。馬と同じで良いのかな?
ボク達の勝ち目は更に薄くなる。
まぁ、ボクには勝つつもりが無いからどうでも良いけどね。
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次回:階段を登って『4階』へ




