ビス
第7章:隣の国は広かったんだ。
--ビス--
あらずじ:襲ってきた男はヴァロアに蹴られて気絶した。
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男の乗っていたビスは気絶した男を不思議そうに覗き込むとくるりと振り向いてヴァロアを見つめる。
ボク達に再び緊張が走る。
ヴァロアがビスの乗り手だったご主人様を気絶させちゃったんだから怒るかと身構えたのだけど、甘えた調子でピィと鳴くと彼女に首を預けた。ビスはより強い相手に懐くのかもしれない。このビスが特別なだけかもしれないけど。
「お~よしよし。強くは蹴っていないから、お前のご主人様もすぐに起きるッス。」
大きな頭を寄せられてびっくりしていたヴァロアも懐かれて満更でもないのかビスの嘴を優しくなでる。ヴァロアは強くは蹴っていないだろうけど、幌馬車より高い位置から落ちてきた男はもうしばらく目を覚まさないと思う。いや、覚まさないで欲しい。
「早く縛っておいた方が良いんじゃない?」
「そうだね。また切りつけられても困るよね。」
ボクもヴァロアに懐いたビスの頭を撫でてみたかったけど、カプリオの提言に従って先に男を縛ることにした。目を覚ます前に縛っておかないと今度は怪我をするかも知れないからね。
薪割りの剣と男が振り回していた剣を拾って、男の腰から鞘を外して戻すと、幌馬車からロープを取り出した。
ロープは雨除けの時やハンモックを吊るすために多めに持っている。馬車が脱輪した時なんかにも役に立つと冒険者ギルドのソーデスカが言っていたけれど、カプリオは脱輪なんてしないので馬車に使う事が無くて助かっている。
馬車を引いても大丈夫な頑丈なロープは硬くて太いくて結ぶのに手間取るし、気絶した男も重たくて背中にロープを回すだけでも大変だった。
「オマエはどこから来たッスか?」
ヴァロアにも男を縛るのを手伝ってもらいたかったけど、彼女は甘えてくるビスにまとわりつかれてしまって動けない。男が目を覚ました時にビスがいなかったら今度はビス泥棒に扱いされるかも知れないから、気を引いてくれているのはありがたいけど。
それに、男を縛るくらいで女の子の手を借りるのはボクのプライドにもヒビが入る。
「この人は街から来たのかな?」
アマフルを盗みに来たと思っていたみたいだから、きっと見えている大きなアマフルの群れがこの男の持ち物だと思う。街に住んみながらアマフルを飼っているのかもしれない。
「この人はどうするのぉ?」
ガラガラと幌馬車を牽いてボクの方へと向きを変えたカプリオが男の頬を長い舌で舐める。それでも男に起きる気配はない。
「あの街まで連れて行くよ。」
腕しか縛って無いので置き去りにしても街まで戻れると思うけれど、男がボク達を泥棒と呼ぶのなら、のんびりと街を散策する事ができない。人の多い所で騒ぎになったら面倒だよね。街の衛兵に預けてしまおうと思う。
男は幌馬車の屋根より高い位置から飛び降りてきたから念のために怪我がないか調べてみる。血が出ていない事を確認して埃だらけの頭に浄化の魔法をかけて撫でるとコブができていた。
足を下に向けて飛び降りでいきたけれどヴァロアが蹴り飛ばした衝撃で地面に頭をぶつけていたようだ。治癒の魔法をかけて気絶から醒めてもらっても困るから、このままでも大丈夫だよね?血も出ていないし。
「馬車は狭いッスから、コイツに乗せて行かないッスか?」
ヴァロアの撫でるビスは目を細めて甘えるとピィと鳴いて首をかしげる。彼女の言葉に合わせてタイミングはばっちりだけど、首をかしげているから言葉までは解ってないよね。
気絶した人間をビスに背負わせたら鳥らしい丸っこい背中から落ちそうだけど、腹ばいにして鞍に縛り付ければ大丈夫かな。問題は馬の背中よりも高い位置に有るビスの背中までどうやって男を持ち上げるかだ。ヴァロアと2人がかりでもビスの背中まで持ち上げられる気がしない。
「ビスを座らせられるかな?」
ビスを座らせれば男を持ち上げる距離は短くて済む。だけどビスが言う事を聞くかも問題だし、たとえうまく縛り付ける事ができたとしても今度は男を乗せたまま立ち上がってもらわなきゃならない。馬って座った状態で荷物を乗せて立ち上がる事ができたっけ?
「座るッス!座る。解るかな?こう体を低くして欲しいッス。」
カプリオと違って言葉を理解していないビスは懐かれたヴァロアが話しかけても座る様子はなかった。彼女が身振り手振りを使って座って欲しい事を一生懸命に伝える。
「偉いッス!!よくできたっス!何か食べるッスか?」
ヴァロアが地面の上に膝をついてまるまるって、やっとの事で座らせると彼女は自分の指示を聞いてくれたことに感動したのか、ビスの頭を撫で繰りまわした。ビスも嬉しくなったのか立ち上がってしまって、せっかくの苦労が水の泡になった。
ヴァロアはもう一度同じことを繰り返してビスを座らせると、今度は優しく褒めてゆっくりと撫でる。同じ過ちは繰り返さないらしい。今にも飛び跳ねそうになっているけど。
ヴァロアがビスを優しくなでているのを見てボクもまたビスに触ってみたくなった。動物を撫でると温かくてくすぐったくて見た目と触り心地が違ったりして、なんだか幸せな気分になるよね。馬やカプリオを初めて撫でた時も嬉しかったんだからビスも撫でてみたい。
モンジを食べさせてくれたお爺さんのテントや他の場所でもお願いしたのだけど、ツルガルの人たちは相棒となるビスを大事にしているので触らせてもらえなかったんだ。
「ボクも撫でて良いかな?」
ヴァロアに断って手を伸ばすと、ビスは大きな嘴でボクの手を噛みついてきた。
「待つッス!それは食べられないッス!っていうか、ビスってなにを食べるッスか?」
お爺さんの所では草をついばんでいたから、ボクの手に噛みついてきたのは威嚇だよね。
ビスに嫌われたと落ち込んだ時、男の呻き声が聞こえた。縛ったまま地面に転がしていた男が目を覚ましたらしい。
「うぅ、頭がいてぇ。って、何でオレは縛られてるんだ!?」
気絶から目覚めた男が痛がったり驚いたり怒ったり独り賑やかに騒いで、ボク達が見ているのに気が付かないのかロープから抜けようとじたばたともがきだす。
「あの…。」
どうしてボク達をアマフル泥棒扱いしたのか話を聞きたくて声をかけただけだったんだけど、男はボクの方を振り返って顔を青くする。
「うわっ!ま、魔獣だあ!」
ボクの後ろにいるカプリオにやっと気が付いてくれたようだ。馬車を引いているのが魔道具の魔獣だと剣を抜く前に気づいてくれていれば、彼と争わなくて済んだかもしれないのに。
「お、俺のマティちゃんは!?」
縛られているのを忘れたように男はじたばたと腕を動かそうとする。
「オレのマティちゃんに近づくな!」
ヴァロアを足で威嚇して男がビスに近づくと、大事な自分のビスを守るために動かない腕を振り回すように体を振り回して足を上げて、ヴァロアとビスの間に割り込んだ。
ビスを守ろうとする男の姿は、愛する人を守ろうと体を張る勇者の様で。
だけど、守られるはずのビスは「邪魔するな!」とでも言いたげに男を背中から蹴とばした。
せっかく起きた男はビスに裏切られて、また気絶してしまったんだ。
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次回:やっとたどり着いた『街の入り口』




