人鳥一体
第7章:隣の国は広かったんだ。
--人鳥一体--
あらずじ:男にアマフル泥棒と言われた
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男が手綱を引くとビスがぴぃ!と甲高い声で応える。男の乗るチロルを大きくしたような鳥、ビスは小さな羽をバサバサとばたつかせて走り始めて、男は剣を抜き放った。
「このあいだウチのミィーちゃんを攫って行ったのもお前たちだろ!?」
鳥なのに飛べないビスを走らせて男は剣を振りかぶる。ビスの動きに合わせて邪魔にならないように剣を振る姿は人馬一体、いや、人鳥一体となってとても滑らかだ。
「ボク達はさっき街に気付いたくらいの旅人だよ!ミィーちゃんなんて知らない!」
ボクがアマフルを盗むとしたら、荷物でいっぱいの幌馬車なんかに乗らない。逃げる時に重たくなるし、何より盗んだアマフルを載せる場所が無いよね。
「馬の牽く馬車がそんなに早く走るか!?」
男は幌馬車が早く走っているから空荷の馬車だと思ったようだ。馬じゃ無くて魔道具の魔獣のカプリオが牽いてくれているから早かったんだけど、男にはカプリオが目に入っていなかったらしい。
その事を伝えようと口を開く前に、ビスに乗った男の剣はボクの目の前に迫っていた。
カッキーン!
「自分が付いている限り、兄さんには傷ひとつつけさせないッス!」
男の剣をヴァロアは薪割りの剣で弾く。だけど人を乗せて走る大きな鳥の体重の乗った一撃を彼女の小さな体では受けきることはできなくて、幌馬車から弾き飛ばされてしまったんだ。
「うわぁぁぁッス。」
薪割りの剣は彼女の手から弾き飛ばされてさらに遠くへと飛んで行く。
「ヴァロア!」
薪割りの剣に手をかけていなければ今の一撃で首が飛んでいたかもしれない。だけど、薪割りの剣に触れていなければビスに乗った男ともう少し会話ができていたかも知れない。ちょっと複雑な心境だ。いや、それどころじゃ無いけど。
「ボク達は泥棒なんてしてないよ!」
「邪魔をするなぁ!」
男の注意を引こうと声をかけるけど彼はボクの方を振り向かない。ボクを護って馬車から落ちたヴァロアから視線を外さない。ぐるりと円を書いてビスを走らせる男は剣を水平に構えて、その行き先は馬車に乗ったボクを狙うのではなくて、ヴァロアを狙っている。
槍よりも短い剣ではビスに乗りながら振ることができる範囲が狭い。幌馬車が邪魔になって剣を振る角度が決まってしまうボクを狙うより、周りに何もなくてヴァロアの方が剣を当てやすいと考えたのかもしれない。それにボクと話している間にヴァロアに後ろから狙われる事を警戒しているのかもね。
ヴァロアの足を止めればボクも彼女を助けるために逃げない。ヴァロアがケガをすればボクも彼女を助けるために幌馬車を降りるかも知れない。
「カプリオ!お願い!」
(馬車を盾にして!)
(カプリオ!馬車を男とヴァロアの間に滑り込ませろ!)
口から言葉を出す時間がもどかしくて、ボクは声を出すと同時に小さな内緒話』でカプリオにも意お願いする。これなら短い時間で2つの事を伝えられるけど、2つ同時に考えなきゃならないから思った通りに伝わらない。ジルがボクの意志を酌んで補足してくれた。
ビスが旋回の半円を描き終えてヴァロアの方へと走り出す。
ビスは体を低く落としてまっすぐに走る。
4本足で走る馬だと馬は体を落とす事はできない。体の位置が高い状態のままだとその上に乗っている人間は、地面に立っている人に対して剣を振り下ろす事しかできないけれど、2本足で走るビスは態勢を落として走ることができて、男は水平に剣を振るうことができるんだ。
ヴァロアは態勢を崩しながらも飛んで行ってしまった薪割りの剣を探している。
カプリオは足を動かし始めているけれど、重たい馬車はのまだ動かない。
馬車から転げ落ちて姿勢を崩したままのヴァロアは男に背を向けている。たとえ薪割りの剣を拾って振り返ったとしても彼女の細い腕で男とビスの体重の乗った剣を受けきることはできない。すでに吹き飛ばされると実証されている。
ゴトリ。
ようやく幌馬車の車輪が回り出すのを感じてもどかしく思う。魔族の乗った魔獣を翻弄するスピードを出せるカプリオも重たい馬車を牽いたままでは早くは動けない。
間に合わない。
いや、次の攻撃には間に合わなくても、その次の攻撃には。
いやいや、ヴァロアがケガをした時に近くにいれば彼女が気絶をしても治癒の魔法を掛けることができる。
いやいやいや、とにかく早く幌馬車を動かさなきゃ!
ゆっくり動く幌馬車がもどかしくて、思考だけが早く巡って彼女が切られる場面ばかりが思い浮かぶ。その間にもビスはヴァロアに向かって駆けていく。
ニヤリと笑う男は絶対の自信を持って背を向けたヴァロアに切りかかる。
ビュン!
背を向けながらもヴァロアは水平に薙がれる剣を飛び退って避けた。見てもいなかったのに男が剣を振ったタイミングをしっかりと把握していたんだ。
「避けるんじゃねぇ!それでも男か!?」
絶対の一撃を空振りした男の怒声が飛ぶ。
「カプリオ急いで!」
次に旋回して戻って来る前にヴァロアと男の間に馬車を滑り込ませたい。ヴァロアが女の子だと訂正する事も忘れてボクはカプリオに急ぐようにお願いする。
「がんばるよぉ。」
時間が動き出したようにガラガラと幌馬車が動き出す。カプリオのがんばりもあって男の乗ったビスがヴァロアに切りかかる前に幌馬車を滑り込ませることができた。
けど。
「じゃまだぁ!!」
男を乗せたビスはボクの目の前でさらに体を沈めこませると馬車より高く飛び上がって地面に大きな影を作った。飛べない鳥で馬のように走るだけかと思っていたけれど、馬車よりも高く飛ぶことができたんだ。
「!!」
ボクからは男の乗るビスのお腹が見える。でも、ヴァロアからは男の動きは幌馬車の影になって見えない。彼女は幌馬車より高く飛んだ男の上からの奇襲攻撃を受けてしまう。
「もらったあ!」
ビスから飛び降りた男が降ってくる。
両手で剣を下に突き出して構えた男が降ってくる。
ボクが思いもしなかった上空から。
せっかく幌馬車を盾にしたのに無意味だった。
飛べない鳥のはずのビスがあんなに高く飛べるなんて。
思わなかったんだ。
ぎゅっと目を瞑った後に、どさりと人が倒れる音が聞こえた。バサバサと羽を振ってビスの着地する音が後に続く。
パンパン。
「ああ~土まみれッス。」
「どうなったの?」
ズボンに着いた土を払うヴァロアの声に安堵しながらも疑問を口にした。だって、絶対ヴァロアは男の一撃を今度こそ避けられないと思っていたんだもの。
「落ちてきたところを躱して蹴とばしたッス。」
何事も無かったかのようにあっさりと言う彼女は、男の事なんて最初から相手にしていなかったようで、心配するボクにニコリとだけ笑った。
『帆舟の水先守』のギフトを使うヴァロアには、たとえ馬車の影になって見えなくなっていても男の位置を正確に把握することができていて、空中で身動きの取れない男が落ちてくる場所を予想する事は簡単だったという。
風や波の音を聞いて水の底の見えない地形をも把握して船を安全に航海させるためのギフトは、男の位置も教えていたんだ。薪割りの剣を拾おうと男に背を向けていた時も彼女には男がどこにいるのか分かっていたから簡単に避ける事ができたんだ。
足元には気絶した男が泡を吹いて転がっていた。
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次回:『ビス』とヴァロア。




