街の影
第7章:隣の国は広かったんだ。
--街の影--
あらすじ:雨漏れした。
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「ヒョォ~リィ!何か見えるよぉ。」
カプリオの言葉にブルベリを弾く手を止めて手をかざして目を凝らす。
遠く、遠くの方の地平線に影が見える。
街の影だ。
熱い地平線の先に見える影はゆらゆらと揺れて形がはっきりと見えないけれど、目を細めれば建物の屋根らしきものが眩しい太陽の光をきらきらと反射しているようにも見える。
「あれが王都ッスか!!?」
ボクにブルベリを教えてくれていたヴァロアも日よけにかぶったトンガリ帽子の鍔を持ち上げて街の姿を確認したようだった。ニシジオリの王都よりも小さいけれど柱の上に街が乗っているように見える。8本の柱は街を乗せる魔獣の足だろう。
ツルガルの王都は魔獣の上に作られているからね。間違いないよね。足が8本もあるけれど。
「たぶん、そうだと思う。今日中に着けそうだね。」
幌馬車の御者席から見えるくらいだから、ゆっくりと歩いても1日もあれば辿り着けるだろう。カプリオの牽く幌馬車は休みも取らずに動き続けるから徒歩なんかよりもずっと早い。
「今日はベッドで眠れるッスね!カプリオさんのもこもこの毛も捨てがたいッスけど、馬車に乗っていると背骨がバキバキに硬くなるッス。」
「ヒョォ~リィ。急ぐ?」
「急がなくて良いよ。ゆっくり歩いても日暮れまでに着けるんじゃない?」
カプリオの提案にツルガルの大きく見える太陽を見上げた。お昼を過ぎたばかりの太陽は真上にあって今からが一番暑い時間だ。体温の無いカプリオならバテて動けなくなることも無いと思うけど、彼だって疲れる事もあるんじゃないかな。
「そうッスよ。ゆっくり行っても冷えたエールも逃げないッス。」
エールの話が出てきてボクはゴクリと喉を鳴らす。今のツルガルの空気は温く体にまとわりついて喉が渇く。幌馬車にエールを積んでいても気が抜けちゃうからね。街に行かなきゃエールは飲めない。
ヴァロアは街まで水を飲むのを我慢して、冷たいエールを飲んでベッドに倒れ込みたいと提案した。我慢して我慢して我慢して飲む冷たいエールは格段に美味しいと力説する。
「今、飲みたいよね。」
夜風に吹かれて冷たいエールで喉を癒すのも良いけれど、ボクは今まさに渇いていた。まだまだ街までは遠そうだし飲んでから我慢しても変わらない気がする。
「ダメダメッス。喉を十分に乾かしてから飲むヤツが美味いッス。だから今から我慢するッス。」
ぼそりと呟くボクが水袋に手を伸ばすと俄然やる気を出したヴァロアに取り上げられた。額から落ちた汗が幌馬車の御者台に落ちて黒い染みを作る。
「ほら、あんなに離れているんだから飲まないと体がもたないよ。」
喉の渇きを我慢できなくてボクは魔法陣を浮かべて少しの水を出すと口に含む。魔法を使って水を出すと魔力を使うから普段は水袋から飲むけれど、ツルガルの乾いた土地でだと余計に魔力を使う気がする。
「あ~!飲んだッスね!飲んだッスね!いいッス。自分だけで美味しいエールを飲むッス!!」
ぷいと膨れるヴァロアは脱いでいたマントを羽織った。最近は暑くて青いマントを脱いでいたけれど、たくさんの汗をかくために着直したようだ。きっとボクへの当てつけだ。
白い肌と白いだぼだぼのシャツが隠れて目が楽になる。
「あれ、あそこに見えるのはアマフルじゃ無いかな。」
雲を落としたような群れが遠くで動いたからボクはヴァロアの気を逸らすために話題を変える。
ツルガルの人の家畜であるアマフルの群れが見えるって事はここにもモンジをご試走してくれたお爺さんのような遊牧をしている人がいてテントを張っているに違いない。ボク達はいくつかのテントに寄って旅に必要な物を補充したり色々話を聞いたりしたんだ。
交流すれば新しい歌を聞く事ができたりするしね。
「今は良いッスよ。それよりも王都へ急ぐッス!エールが待ってるッス!!」
新しい歌を聞くよりも冷たいエールを選んだヴァロアは先に進むように急かした。歌よりも雨漏りのする油布に浸み込ませる油を補充するために寄ってみたいと思ったけれど、お昼ごはんも済んだばかりだし王都でも手に入ると思う。
日が進み1番暑い時間になっても魔獣の上にある王都は全然近くなることは無かった。昨日の黒い雨雲は遮る山も無い大地をすごい速さで近づいてきたけど、王都にはぜんぜん近寄った気がしない。
「おかしいっすね。大きさが変わらないッス。」
ゆらゆらと揺れる王都はお昼過ぎに見た時と変わらない大きさだ。地平線の上に小さくしか見えないけれど、揺れる幅が大きくなった気がする。
「街を乗せているって言う魔獣がボク達よりも早く歩いているのかな。」
ボク達が歩くよりも早く魔獣、アズマシィ様が歩いているのだとすれば、いつまで経っても王都に辿り着くことはできない。カプリオより早くずんずんと先に進まれてしまったら追いつけない。
「そんなわけ無いと思うッス。自分たちが昼飯を食べてゆっくりしていても追いついたんスよ。」
そう、カプリオの歩みがアズマシィ様よりも遅ければ、街の姿を見る事もできなかったんだ。カプリオより早く歩いていたなら距離が縮まるどころか開いて行くはずだからね。
「揺れているから歩いているのは間違いないと思うんだけど。」
(いや、あんなに揺れていたら上に住んでいる人間は貯まったもんじゃ無いぜ。)
「少し早く歩くぅ?」
「お願いするッス!」
ヴァロアのお願いにソワソワしていたカプリオの足が早まる。
幌馬車がガタンガタンと大きく揺れるとデコボコの地面でボク達も揺れて舌を噛みそうだ。必死に幌馬車の座席につかまって落ちないように踏ん張る。でも、スピードを上げてくれたから温るくまとわりついていた空気が風となって体を冷やしてくれてる。
「あんたら、そんなに急いでどこに行くんだ?」
がったんごっとん土煙を上げて進む幌馬車にビスと呼ばれる鳥に乗ってひとりのオジサンが近寄ってきた。ビスはチロルを大きくしたような飛べない鳥でツルガルでは馬の代わりに飼われている。
カプリオに止まってもらってボクは王都へ行きたいことを伝えた。
オジサンはアマフルが怖がっている音の原因を探しに来たそうだ。幌馬車がガタガタ揺れる音が地面を伝ってアマフルたちを怯えさせていたらしい。
「あそこに見えるのって王都ですよね?」
「ああそうだが、見えてんのはただの蜃気楼だぜ。」
「蜃気楼?」
「遠くの景色が近くに見える事らしい。どういう理屈かは知らんが幻が見えているんだな。」
オジサンによると雨の降った後に暑くなった時、蜃気楼呼ばれる現象が起こって遠くの物が近くに見える事があるらしい。本当の王都はまだまだ先に有って、途中にいくつか村があるそうだ。
遊牧を生業とする人が多いツルガルの村と村の間はニシジオリの国よりも遠い。彼らはアマフルのエサを求めて一定の場所に留まらない。
「そんなぁ。自分のエールは!!?」
見えている王都はニセモノで本物はもっともっと遠くにある。そして、お日様は傾き始めていた。つまり、今日中に王都まで辿り着くことはできないんだ。
冷たいエールを飲むために水を飲む事を我慢していたヴァロアの悲痛な叫びに、オジサンの乗るビスだけがピィと返事をした。
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次回:雲を落としたような『アマフルの群れ』




