黒い雲
第7章:隣の国は広かったんだ。
--黒い雲--
あらすじ:ブルベリを弾くヴァロアに嫉妬。
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「ヒョーリィ!黒い雲が近寄ってくるよぉ!」
「ヴァロア!カプリオの留め具を外して!」
「了解ッス。」
赤く染まった夕暮れに黒い雲が頭の上までくると雨が降る。それはニシジオリの国でもツルガルの国でも一緒だけど、より遠くまで見通せる分、ツルガルの方がより早く雨が来ることが分かる。でも、ニシジオリの国のように街道として整備されていないツルガルの道には雨宿りが出来そうな建物も無い。
せり出した岩も高い木立も無い平坦なツルガルの大地では雨宿りできそうな場所がまったく無いんだ。
カプリオのモコモコの毛は寝る時には役に立つけど、雨に濡れるとずっしりと重たくなる。小雨程度なら水の魔法を使って乾かすことができるとけど、土砂降りの雨に降られると途端に足取りが重くなる。だから、雨宿りをしてカプリオを濡らさないようにしてあげたい。
濡れっぱなしだと気持ち悪いしね。
ヴァロアがカプリオと幌馬車をつなぐ留め具を外している間に、ボクは幌馬車の屋根の隙間に油を浸み込ませた布を括りつける。油布には水をはじく効果があって幌馬車を壁に見立てて三角の屋根を作るんだ。
ニシジオリの国の時のように幌馬車と木立の間に括りつけることができれば休める場所が広がるのだけれど、無いものをねだってもしょうがない。
油を浸み込ませた布をできるだけ引っ張って土の魔法で盛り上げた地面に刺した2本の金具に縛り付ける。少しでも広くしないとカプリオが入ったらボク達の居場所が無くなっちゃうからね。アイナワの街の太守様にお土産を貰らって幌馬車の中はぎゅうぎゅうに詰まっている。ボク達の居場所はこれっポッチも無い。
「ああ!降ってきたよ!ヒョーリィ。ヒョーリィ。できた?」
「待つッス。先に雨が流れるように溝を掘るッス。剣を借りるッスよ。」
カプリオができ上がったばかりの屋根の下に入るのを止めてヴァロアが薪割りの剣を一閃すると、油布の影に沿ってまっすぐな溝が掘られる。これは油布の縁から滴り落ちた雨水が油布の下に入り込まないようにするためだ。溝で集めた雨水を深く掘った穴に集めて地面に浸み込ませるんだ。
モンジをごちそうしてくれたお爺さんのテントにも溝が掘られていてそれを真似た物で、ツルガルの地面を腕の深さほど掘ると水は真綿に吸い込まれるかのようにどんどんと地面に吸収される。ヴァロアも溝の端を剣で深く掘り進めていた。
「いや~ホントに便利な剣ッスね。」
「スコップを買ってくれば良かったよ。」
ツルガルの事をマッテーナさんたちといっしょに冒険者ギルドで調べたりしたけれど、深く溝を掘れば水抜きができるなんて知ることはできなかった。お爺さんのテントを見た時に聞いておいて本当に良かった。
そうじゃ無きゃいくら空から降ってくる雨水を避けても地面にできた水たまりでお尻がべちゃべちゃになってしまう。平らな地面では水の逃げ場なんて無いからね。
「自分が使うには剣の方が早いッスよ。でも普通の剣でこんな荒業をしようとは思わないッス。」
ヴァロアが薪割りの剣をブンと振ると剣にまとわりついていた泥が綺麗に落ちる。浄化の魔法を使わなくても抜いた時と同じ状態まで戻すことができるほどに剣尖が早い。
薪割りの剣。愚者の剣と呼ばれた剣は永遠に姿を留める。土や石を叩いても新しく刃こぼれをすることが無いから乱暴に扱える。薪割りをする時も便利だと思っていたけれど、刃こぼれを気にせず振ることができるのはとても便利だ。
普通の剣を土に振り下ろせば刃こぼれするから、最初にスコップの代わりに溝を掘るために薪割りの剣を使った時はヴァロアが慌てて止めに入ったくらいだ。
「特別な剣だからね。あまり乱暴に使う物じゃ無いと思っているんだけど。」
カプリオののっぺりとして変わらない顔をちらりと見る。
「良いんだよォ。ただの記念品だもの。どうせ壊れないんだからヒョーリの便利なように使えば良いんだよぉ。ボクも濡れたくないしね。」
カプリオがご主人様の言いつけで守っていた剣だとは解っていても、お尻がぐずぐずになる感触味わいたくなかった。剣は壊れないしカプリオも泥だらけにならない。泥だらけになったカプリオのもこもこの毛は水の魔法で洗って浄化の魔法をかけて櫛で梳かなければならない。
「雨が強くなってきたッス。早くはいるッス。」
斜めに張った油布の屋根の下にカプリオを押し込むとボク達も空いた隙間に滑り込む。カプリオの大きな体が屋根の下の大半を占めて狭いけど、大きな油布を持っていたおかげでくつろぐくらいはできる。
「このまま一泊するしか無いかな。ああ、夕飯はまた保存食をかじるしか無いね。」
くつろぐことはできるけれど、さすがに火を起こせるだけの広さは無い。ボクは幌馬車に積んでいた硬いパンと干し肉と干した果物、それに灯りを取るためのランプをつかむと急いで油布の下に入る。体に纏わりついた雨水を魔法で飛ばす事を忘れない。
「ありがとうッス。モンジの爺さんはこういう時に何を食べるッスかね?」
ヴァロアはカプリオのもこもこの毛を梳る。幌馬車の横に横たわっているカプリオだと片側の毛しか梳く事はできないけれど、カプリオに背中を預けた時の触り心地が良くなる。
彼女もまたカプリオの寝心地の良さを知っている。
「さぁ。何か他の食べ方が有るんじゃ無いかな。」
焼いたモンジはモチモチと歯にくっついて食べにくかったけど、焼く前のモンジの団子はカチカチに硬くて叩くとカチカチと音がする。硬く焼しめた保存用のパンのように、そのまま食べる事ができなくって、無理やり齧れば歯が折れてしまいそうだった。
焼きしめたパンもずっと保存できるわけじゃないから、ツルガルに帰るまでパンを持ち続ける事は難しい。他のモンジの食べ方も教えてもらえば良かったね。
干し肉を口に入れるとピカっと空が光ってゴロゴロと大きな音がする。
「雷が近いッスね。」
ヴァロアは薪割りの剣を使って幌馬車から離れた所に低い山を作ると、山の頂上に剣を突き刺した。これもお爺さんに教わった方法で、雷が自分たちに落ちないようにするおまじないだ。お爺さんは槍よりも長い鉄の棒を刺していて剣なんて使っていなかったけどね。
普通の剣に雷が落ちたら脆くなっちゃう。
梳き終わったもこもこの毛並みに背中を預けると、ボク達は早い夕食を取った。梳きたてのカプリオの毛は一段と触り心地が良いけれど、ザアザアと振る雨は食事を終えても止む気配は見せなかった。
ぽたりとボクの鼻先に雫が落ちる。
「油布の効果も薄れてきたッスね。今度また油を浸み込ませてやらないといけないッスね。」
見ればヴァロアのトンガリ帽子にも水が溜まっていた。他にも雨漏りをしている場所があるらしく、水たまりが広がらないようにトンガリ帽子で受けてくれていたようだ。
「そこの土も掘ったら?」
深く掘れば雨水は大地に浸み込んでくれる。帽子を犠牲にしなくてもいい。
「剣は外にあるッス。」
ぽたぽたと雨漏りのする狭い油布の下で、濡れない場所を探してボク達は寄り添って寝る事になったんだ。
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次回:遠くに見える『街の影』




