門出
第7章:隣の国は広かったんだ。
--門出--
あらすじ:ヴァロアも連れて行くことにした
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国境の門の内側にたくさんの衛兵たちが中央の2人に従って列を作っている。中央にいる2人はこのアイナワの街を治める太守様夫妻で偉い人だ。
「それじゃあ頼んだぞ。よい旅を祈っている!」
そしてなぜか、ボクは太守様に見送られることになった。偉い人が見送るのに護衛の兵士や衛兵が付き従わないワケが無く、たくさんの人に見送られることになったんだ。
国境での手続きは簡単に済んだけど、そこに居合わせた衛兵の隊長さんに乞われてボク達は少し時間を取られる事になった。
王妃様からもらったナイフとの書類の効果は絶大で門を通るための許可を貰う事は簡単だったんだけど、ナイフのせいで街を治める太守さん夫妻からお茶の席へと招待されることになった。
長い登り坂の上の見晴らしの良い高台で雑談の合間に隣の国に行く理由を遠回しに根掘り葉掘り聞かれたけど、ボクは王妃様の手紙を持って行くだけなので詳しいとは解らない。目的は国境を通る許可をもらうための書類に書いてあったのにね。
だから夫妻も書類に書いてあった目的以外の秘密の命令が無いか聞き出そうとして来たんだ。街を治める太守さんにとって王様たちがこれから先どうやって隣の国と付き合っていくのかとても気にしていたんだ。
もしも戦争になったとしたら、この街が最前線になるから真剣そのものだ。
ジルが盗み聞いた話によると、武器や鎧、食糧なんかの備蓄を大幅に増やしているらしい。戦争の用意だ。兵士たちもとてもピリピリしながら訓練を始めている。新しく雇った兵士たちを鍛えるための訓練を。
戦争になれば今いる兵士たちが指揮をして、徴兵された街の人や志願した義勇兵を導かなきゃならない。戦争のために集めた人がいきなりまとまって戦えるわけが無いよね。兵士は槍を持って戦うのが仕事だと思っていたけど、人を守ったり指導したり、やることがたくさんあるね。
王妃様の手紙を開けるわけにはいかないので大した返事をすることができなかったけど、正直に話したボクを太守さんは喜んでくれてお土産をくれた。ボク達へとツルガルに行っている大使のオイナイさん。そして隣の国の王様とお王妃様にと盛りだくさんだ。
ここがニシジオリの物が買える最後の街だからと幌馬車いっぱいに買い物をしていたから、増えたお土産を載せる場所に苦労した。国境の門まで登る坂の下で貰っていたら、カプリオが怒っていたよきっと。
太守さん夫妻に見送られて門をくぐると、そこはツルガル側の国境を守る入り口の街になる。見慣れた崖の下の街とは違って乾燥した薄茶色のレンガを積んで家にしていて、ドアの無い入り口には布を垂らして仕切りにしている。窓もぽっかりと空いた穴に、こちらにも布が掛けられている。
簡単に泥棒が入り込めそうだけど大丈夫なのかな。
「暑いッスね。」
「風通しを良くするために仕切りを入れないのかな?」
崖の下の街、アイナワよりも高い崖の上にそびえているからか頑丈な国境の門が遮っているからか、大渓谷を流れていた涼しい風はこの街には届かない。よどんだ空気がまとわりつく。
「太陽が近いッス。だから暑いんスかね。」
大きなトンガリ帽子の鍔をつまみ上げるヴァロアの顔に陽が差し込む。彼女の顔にうつる陽陰と日向の色の違いが色濃く見える。
ボクも見上げてみると雲一つない青い空に太陽が大きくみえる気がする。大渓谷に沿ってずっと登ってきたし、国境の前でも急な坂道を登ったんだ。ボク達が住んでいた王都よりもかなり高い場所にツルガルという国はあるようだ。
ボクも帽子を買った方が良いかな。強い日差しを目に考える。
国境の門から出てまっすぐに伸びる大通りは崖の下の街と同じように賑わっている。だけど、下の街の楽器屋さんの様に店を構えるたりしていなくって、布の屋根と木の柱でできた屋台がずらりと並んでいた。
カプリオが牽く幌馬車はここでも注目を集めたけれど、下の街で見たというヒソヒソ話が漏れ聞こえるくらいには不安を感じていないようだ。初めて見る形の屋台を冷やかしながら街の中を進むけど、特に目新しいものは見当たらない。
下の街と隣り合っているんだから同じものが並んでいて当然だね。
上の街と下の街で少しだけ値段が違っているのは、急な坂道を登ってきたか否かだそうだ。値段が高くなっているものは坂の下のボク達の国で取れたもので、安くなっているものはツルガルの国の物らしい。
この街で泊るつもりは無いのでボク達は大通りをずんずんと進む。初めて見る家の作りには興味があるけど、昨晩はベッドで眠れたから宿を取ってまで街に留まる必要は無いよね。
街の端まで来ると、そこにツルガルの大地が広がっていた。
崖の上に広がるツルガルの国は平坦で見渡す限り何もない。レンガの素になっているだろう薄茶けた大地はうっすらと硬い草が生えている。
何も無い大地に、ただ一本のぐねぐねと続く緑の絨毯のようなものが見た。遠く地平線の彼方まで続いているようで、まるで街と街をつなぐ街道の様だけど、ふさふさと波打っている。
「なんッスかね?あれ。」
「アンタらこの国は初めてかね?ありゃ、『アズマシィ様の軌跡」だよ。」
モンジと言う果実を割って売っていたオジサンがボク達に親切に教えてくれた。この国の王宮のある街を乗せている魔獣、アズマシィ様はが歩くたびに種を振りまくそうで、その種が育って緑の絨毯になるのだと言う。
この絨毯は魔獣の歩いた軌跡、アズマシィ様の歩いた道の跡を残しているだけじゃなく、この国の人たちの主食、モンジとしとしても収穫される。それを『アズマシィ様の恵み』と呼ぶのだそうだ。
冒険者ギルドのマッテーナさんにも聞いていたけれど、本当に街が魔獣の上に乗っているらしい。想像もできないくらい大きな魔獣みたいだ。
「ウチのミーレも美味いけど、モンジも美味いから一度食べてみな。」
お喋り上手な屋台のオジサンは商売上手で、まとめられた短い説明の間にボク達にミーレを2つ買わせることに成功していた。初めて見る果実には果汁がたっぷりと含まれていて、あっさりとした甘みが乾いた風に痛んだ喉を優しく潤してくれる。
「ふはぁ~生き返ったッス。」
「美味しかったよ。ありがとう。」
お礼を言って街の外へと進む。屋台のオジサンが言っていたモンジにも興味があるけれど、ツルガルの主食だと言うのならどこかできっと食べられるだろう。
緑の絨毯まで近づくと、それが背の低い草だと解る。膝よりも背の低いその草は穂先に青い実りをつけてうなだれている。パンのように粉にして丸めて食べるのかな。
「さぁ、どっちに進んだらいいのかな?」
街の外に出て改めてツルガルの大地を見回すけれど広い地面には道が無い。地平線の見える大地には緑の絨毯が伸びるだけ。
「アズマシィ様の恵みをたどれば良いってさっきのオジサンが言ってたッス。」
街を乗せた魔獣は同じ道を歩かない。だから薄茶色の大地には街道は見えなかったんだ。
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次回:鉄の串に刺した『モンジの団子』
Twitterでイメージ画像を投稿します。(あくまでイメージなので変更する可能性が大きいですが。と言うか、次話で変わっていますが…。)




