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国境

第6章:手紙を届けるだけだったんだ。

--国境--


あらすじ:ジルと話してヴァロアも連れて行くことにした。

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ぐっすりと眠ってまた新しい朝が来た。ゆっくりとベッドで眠るのは久しぶりで、体が軽くなった気がした。疲れが溜まっていたのがわかって、ぐっと背を伸ばす。


「おはようッス!今日も晴れたっスね!」


隣の部屋から元気よく飛び出してきたヴァロアと朝食を摂りながら、どうやって彼女に昨夜の話を切り出すのかを悩む。断ってきたのに、いきなり「いっしょに旅を続けよう」と改まるのは違う気がするし、ボクが許可する事なのかとも思う。開きかけた口にパンを突っ込んでもぐもぐと動かす。


(いや、別に改まって言う必要はねえだろ。付いてくるなって言っても勝手についてくるんだから。)


(そうは言っても、何となく気まずくない?)


逃げるように前の街にヴァロアを置いてきた時の事を思い出せば、国境を越える今日も付いてきそうな気がする。外の国から来た彼女は国の違いなんて気にしないだろう。わざと街に置いてきぼりにしても後から走って来るんだろうとは思う。


でも、ちゃんとした許しの言葉を口にしないとヴァロアも落ち着かなくて、ボクに過剰に気をつかうよね。何とか気に入られようと精いっぱい頑張って、黒焦げにした肉を前に平謝りをしてきたヴァロアを見た時、心が裂けそうだったもの。


わざわざ許しを口にすると恩を売っているようにも聞こえそうだし、大げさに感謝されるのも嫌だし、心変わりの理由を聞かれたりしたら目を逸らすしかできる事がなさそうだ。


「今日こそ国境を越えるッスね。」


国境の方向を見るヴァロアの目元腫れが引いている。


「そうだね。あの坂を上った所に関所があるそうだよ。」


朝日を浴びるテラス席に座る彼女の視線の先には切り立った崖が見える。あの上がツルガルの国だ。崖はカモノ大渓谷の起点となっていて、渓谷が作られる時にいっしょに切り取られたと考えられている。とジルが言っていた。


その崖の肌を切り崩して延々と上る坂道の上に、この国の境を守る門がある。


坂は急直に登っていて商人は馬車を坂の上に持ち上げるために、追加で牽く馬を増やさなければならない。馬車に結わえられている馬の前にロープを使って引く馬2頭が追加される。多い馬車だと4頭も追加されていて、馬が落ちないように人間が誘導している。それだけ坂が急なんだね。


「おまえさんの馬車には牽引馬は必要かね?」


魔道具の魔獣、カプリオを見て貸し馬のオジサンが聞いてくる。目元が少し引きつっている気がするけど、声にはおくびも出さない。


「ボクなら大丈夫だよ。」


「そ、そうか。見くびって悪かったな。」


ボクに問いかけたつもりのオジサンの声は、話さないと思っていたカプリオに答えられて上ずった。怖い顔の商人だけじゃなく、兵隊や騎士も通る国境の坂道で商売しているだけあって魔道具の魔獣が引くボク達の馬車にも声をかけてくれたけど、魔獣が喋るのは珍しいらしい。


見くびるも何も、心配してくれただけだよね。


カプリオの負担を減らすために幌馬車を降りてボクとヴァロアも斜面を登る。息を荒げて登るボク達の隣をカプリオは平気な顔をして上るから少し憎い。ジルを杖のように使って体重をかける。


「ゼィゼィ。よ、よくこんな坂道を作ったッスね。」


「ホ、ホントだよ。どうせ作るならもっと緩やかな坂道にしてくれれば良いのに。」


(ああ。最初は馬車なんて通す予定は無かったんだとよ。何もないツルガルに誰も用事が無かったからな。)


歩く事ができないジルを羨ましく思いながら坂道に突き立てる。


「やっと頂上に着いたッス!!すごい景色ッス!!」


どこにそんな体力が残っていたのか、ヴァロアは坂道を登り切ってすぐに走り出した。風で飛ばされそうな大きなトンガリ帽子を手で押さえて。展望の利く広場の、崖の上の手すりから身を乗り出して彼女は笑う。


国を出る手続きを坂の下でできれば良かったんだけど、坂の上の一部でもニシジオリ国の土地だと主張するために国境は坂の上にあるらしい。戦争を想定した場合、坂道の上に国境があるかないかで戦略が大きく変わるらしい。


国境を越える大きな門が目隠しになって、まだツルガルの国を見る事はできない。王様が戦争を始めればここは重要な拠点となるらしく、しっかりとした石の建物で守りを固めているのだそうだ。


崖の下で上から来る敵から街を守るのは大変そうだよね。街のどの建物よりも高い崖の上から石を落とされたらひとたまりもない。逆に、攻め込もうとする時も急な坂を登った後に武器なんて振り回していられない。


門の前の小さな広場は攻め込むのに十分な兵士を用意できない程度しかない。ツルガルの国からしても大きな戦力が用意できないように工夫を凝らしているらしい。


振り返れば今日までボク達が泊まっていた街を見下ろせる。思いがけず2日も留まることになってしまったけど、妙に感慨深い。きっとヴァロアとお別れをしないことに決めたからだろう。


やわらかい風の吹く展望台からは大きくなった街と今まで歩いてきた道に沿って大渓谷が割れているのが見渡せる。


ジルの言う事に注意してみれば、足元の坂のすぐそばまで家が建っている。もともとは坂の下にだけ有った小さな村が国境の街になって商売をしに行きかう人が増えて街になったらしい。誰もが通る坂の下の土地は旅人たちを相手にする商人たちに人気があって場所を譲らない。


間に合わせで作った坂を広げる前に街が大きくなってしまって、これ以上の緩やかな坂を作れなくなったそうだ。坂が緩やかになったら馬貸しをしている人たちも仕事が無くなっちゃうね。


ひととおり景色を楽しんだヴァロアがゆっくりと吹く風に合わせてブルベリを奏で始める。坂を登る旅人たちはブルベリの音色に少し顔を上げてまた急な坂に挑む。国を出る旅人たちが一時だけ足を止めて国境の門へと吸い込まれていく。


少しだけ彼らの疲れが癒されているように見える。


ボク達が景色を楽しむ間にも旅人は次々と国境の門をくぐる。旅人たちは休まずに国を出る手続きをする門へと進んでいた。坂を登る手伝いを終えた馬が新しい馬車を手伝うためにまた坂道を下る。


「ヴァロア。今までありがとうね。」


許しの言葉が思いつかなくてボクは別れの言葉を口にした。付いてきたいと言うと願って。


「そッスね。お別れッス。自分はあっちへ進むッスよ。」


笑う彼女の細い指先は国境の門の向こう、ツルガルの王都があると言う方向を指し示す。


「ヴァロアはどこまで行くの?」


「ツルガルの王都までッス。」


「奇遇だね。ボクも向こうの方へ行くんだ。ついでだから馬車に乗ってく?」


「ついてくるなって言わないんスね。」


「街に置いて行って欲しい?」


「欲しくないッス。」


「さぁ、行こうか。」


国境の門に向けてボクはヴァロアの手を取った。



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次回:新章 / 隣の国は広かったんだ。国を越える『門出』



ヴァロアの話が長くなったので、次話より新章として区切ります。

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