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眠り姫

第6章:手紙を届けるだけだったんだ。

--眠り姫--



あらすじ:カプリオに弄ばれた。勘弁してください。

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無理にはしゃぐヴァロアを宿の部屋に押し込むとボクも眠気に誘われた。彼女もカプリオの思惑には気が付いていたらしくボクをからかっていた。ボクをからかう事で自分の辛さを隠していたんじゃ無いかな。


ヴァロアとカプリオにからかわれて疲れて、特にやる事も無くて気だるくて、かといって新しく何かを始めるほどの時間も無い。新しく買ったブルベリをもてあそぶけど、練習をすれば隣の部屋で落ち込んでいるヴァロアの気に障りそうな気がする。


こんな時こそ彼女の元気が戻るような曲が弾けたらいいのに。


出窓に座ってぼんやり通りを見ているうちに、うたた寝をしていたらしい。ヴァロアに呼ばれて気が付けばとっぷりと日は暮れていた。


「ッス!食事の時間ッス!!」


宿屋の1階にある食堂はごみごみとしていて、ボク達は隅の方の席に座ることになった。カプリオが宿の前に鎮座していたから宿に泊まりたいお客さんの邪魔になったかと思えば、王妃様からもらった紋章を背負った彼は客寄せに貢献していたようだ。


大きな彼が店の前にいれば目を引くよね。


食堂のテーブルに腰を落ち着けると、商人たちの喧騒にお酒の匂いがぷんと香る。普段はあまりお酒を飲まないヴァロアだけど、今夜は次から次へと杯を空ける。ボクも釣られて注文するけど、一気飲みをして顔を真っ赤にしたヴァロアが心配になる。


「『屍山の歌姫』って何ッスかね。誰も死んだり殺したりした事ないッスよ。自分の歌が終わると誰も立っていないってだけッス。たった一曲ッスよ。根性ないッス。」


大きく開けた口に肉をいっぱいに放り込んで『屍山の歌姫』の話をどこか他人事のように語るヴァロアの目元に赤みが残っている。部屋でも治癒の魔法でも治り切らないくらいに涙を流していたようだった。ボクは気が付かないふりをして肉を切る。


「少し飲みすぎだよ。」


3杯目を開けてヴァロアはふらふらと机に突っ伏した。細い指の小さな拳が長い髪を固く握り締めてるけど、すぅすぅと聞こえてくる寝息は落ち着いていて苦しそうじゃ無いのが救いだ。


(なぁ、相棒。どうするつもりだ?)


(何を?)


(そこの吟遊詩人を置いていくのか?)


涙を溜めてボクの顔を覗き込んでくるヴァロアは、ボクの活躍を歌にしたいと言った。でも、ボクが歌になるほど活躍するとは思えないし、歌にされると恥ずかしい。ヌーボォの囀り亭で『伝説の占い師』なんて言われて落ち着かなかったもの。お客さんにはなってもらえたけど。


(3人で旅していた方が気楽だし、人目が増えたら困るのはジルじゃ無いの?)


ジルが人目に付くことを拒むんだ。ジルの事をヴァロアに伝えれば良いのだけど、きっとジルは嫌がるよね。ジルはただの棒にしか見えないからこそ働けると信じているから。


多分、ジルは王妃様から命令を受けている。ジルは魔王の城の事を逐一報告したというように、ツルガルの事を調べて王妃様に報告するように求められていると思うんだ。


ボクが手紙を渡す事。それよりもジルが『小さな内緒話』で盗み聞いた報告の方が王妃様にとって重要なのかもしれない。それにはジルの存在を知っている人が少ない方が良い。ジルは何も言わないけどね。


(この数日、ヴァロアと旅をしていても困らなかったぜ。)


一日中、喋り続けられるわけが無いので、ヴァロアとボクの間で無言になる時間がある。だから必要な事はその時に話せばいい。幌馬車を牽いているカプリオはジルの『小さな内緒話』で話さないと遠すぎるから、彼らで話していれば退屈は紛れる。


でも、いっしょに旅をしているのにヴァロアにだけ隠し事をしているのは彼女に悪いんじゃないかな?


(どうせアイツの事だから追いかけてくるぜ。それともアイツの事が嫌いなのか?)


ヴァロアの事は嫌いじゃない。愛嬌があって慕ってくる姿はかわいらしく、いっしょに歌えば楽しい。けど、ボク達のためだけに歌わせているのは無駄な時間を過ごさせている気もする。ボクは彼女の歌にお金を払っているわけじゃ無いからね。


(ボク達についてきたって彼女のためにならないよ。)


唇を尖らせるボクはツルガルの王宮に王妃様の手紙を届けに行くだけだ。魔王の森へ行ったり、魔王の城で暮らしたり冒険をする旅じゃない。彼女はボクについてきたって歌なんて作れないんだ。


(それを決めるのはアイツで良いだろ。愛想が尽きれば居なくなるさ。)


(いきなり居なくなるのも寂しけどね。)


棒の姿のジルはボクがいないと動けないし、幌馬車を牽くカプリオも街中を歩くのに制限があるから旅の途中で別れる事は無いと思う。けど自由な吟遊詩人のヴァロアは気分が変われば居なくなりそうだ。


歌の題材になりそうな人。例えばアンクスとかに会えばついて行っちゃうんじゃないかな。


(オマエが追い払うのは良くって、いきなり居なくなるのはイヤだってか。それはかなりワガママだな。)


(いいじゃない。)


エールのカップを口に運んで顔を隠す。


(まぁ、オマエなら魔王の森へ行くよりも大きな冒険が待っているかもしれないぜ?)


(え、嫌だよ。あれ以上の冒険なんてごめんだよ。)


魔王の森で魔獣に怯えて歩くのも、魔王の城で魔王に対面するのも、そしてアンクスと魔王の戦いを見るのも。ものすごい冒険だったと思う。生きた心地がしなかったからね。これ以上すごい冒険が待っているなんて考えるだけで眩暈がしてきそうだ。


(オレを人間に戻してくれるんだろ?伝説の占い師さんよ。)


(ぜんぜん戻してあげられそうにないけどね。)


魔王でさえジルを戻す事はできなかったとカプリオが教えてくれたんだ。ドラゴンなら戻すことができるんじゃないかとも言っていた。魔王の城を立ち去る間際に聞いて、もっと話をきていればと後悔した。白い姫様に相談で来てたら変わったのかな。


(オレを人間に戻す過程を歌にしてもらえば良いじゃ無いか。)


どこにいるのか知らないけれど、ドラゴンは自分が作った魔法を人間に盗まれて怒っているそうだ。ジルを人間に戻すためでも、怒ったドラゴンなんかに会いたくない。


(ジルはヴァロアに歌にしてもらいたいの?)


もしもジルを戻すためのドラゴンに会う冒険ができたとしても、歌にされたくは無いよね。ジルが人間に戻れたとしたら、今度は棒の時の様に隠れる事はできないんだ。


(まぁ、嫌っちゃ、嫌だな。オレはひっそりと生きていたいんだ。だが今回の旅に小娘ひとりくらい増えたって変わらないだろ?)


(連れて行っても大丈夫なのかな?)


歌にされるのはイヤだけど、ジルが気にしないなら付いてくるのは構わない。いや、彼女と歌う旅路も悪くない。ブルベリも教えてもらわなきゃね。


(まぁ、何とかなるだろ。)


ボクとジルの話し合いは『小さな内緒話』でされている。傍から見ればボクはただ店の喧騒をぼうっと眺めて時折エールを口にする、友人に寝られて困っている客に見えるだろう。


すぅすぅと眠る彼女がボク達の話を聞いている訳が無い。だから、酔いつぶれるヴァロアの目元に輝く物が溢れているのは今日の事が悔しかったからだと思う。



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次回:急な坂の上の『国境』


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