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昼帰り

第6章:手紙を届けるだけだったんだ。

--昼帰り--


あらすじ:中々返って来ないボク達にカプリオがしびれを切らしていた。

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「心配したんだよ。ぜんぜ帰って来ないからさ。」


「しゃべったぁ!」


宿へ入るために人ごみを掻き分けるボクにカプリオはのっぺりした顔を尖らせて文句を口にする。カプリオを取り囲む人垣からどよめきが湧いた。王家の紋章を背負ったむっすりとした魔獣の形をしたものが喋ればみんな驚くよね。


ジルによるとヌーボォの囀り亭は少し遠くにあるからジルの『小さな内緒話』でも声が届かなかったらしい。ボクも乱闘騒ぎでカプリオを宿に置いていたのをすっかり忘れていた。一言も言わずにヴァロアといっしょに昼を過ぎても帰って来なかったんだもんね。心配されて当然じゃない。


「ゴメンよ。色々あったんだ。」


遠巻きに見つめる人だかりがざわついて影が濃くなったように感じる。この街でもカプリオは子供に人気があるのか、子供たちの声も聞こえていたんだけど、いつの間にか聞こえなくなっている気がする。


「ふ~ん。いろいろねぇ。」


カプリオの細い瞳はボクの腕の中身を冷ややかに見つめる。確かな手ごたえを返してくれるそれは、明るい色をした新しいブルベリだ。ああ、確かにこんな物を持っていたら言い訳なんて聴きたくなくなるよね。自分を除け者にしている間に高価な買い物をしてきたんだから。


「これは、違うんだ。その、ヴァロアが居なくなっても歌いたいでしょ?通りすがりにお店があったからついでに買ったんだよ。」


慌てて言葉を探すけれど、カプリオの視線は増々冷たくなるばかりで、一向に緩まる気配がない。『ついで』に高価な買い物をする余裕があるなら連絡くらいしろと冷酷な瞳が語っている。


「そんなぁ。自分も連れて行ってくださいよ。この街じゃ稼げないッス。このままじゃ飢え死にッス。野垂れ死にッス。死んでしまうッス。」


『居なくなっても』の言葉にだけ反応したヴァロアは悲壮な嘆きをあげてボクに縋りつく。むっすりと黙り込んでしまったカプリオの視線にボクは居たたまれなくなって視線を彷徨わせるけど、周りのは人垣だらけで視線の置き場が無いんだ。


(ジル…助けて…。)


右手に持った相棒に助けを求めるけれど、こちらは応答がない。


「最初から、この街までって約束だったよね。ね。カプリオもブルベリが有った方が楽しいでしょ?みんなで歌えるよ?」


「そんなぁ、自分は捨てられるッスか?」


トンガリ帽子を脱いだヴァロアは天を仰いで人垣に向かって嘆く。吟遊詩人が歌う物語で培った演技のような大げさな態度はボクには説得力は無い。けど周りにいる人たちは彼女の肩を持ったようだった。


「女の子を知らない街に置き去りにするのか?」

「捨てるんならオレが…。」

「人間のする事じゃ無いわね…。」


ゴスンと男の頭を殴る音が人垣の中から聞こえる。


ヴァロアは振り向き際に大きなトンガリ帽子の影に隠れて浄化の魔法で化粧を落として水の魔法を目元にかけていた。彼女がトンガリ帽子の影から再び顔を見せた時には、女の子が涙を溜めて訴えかけているように見えたんだ。


ボクからは丸見えだったけどね。


「いやいやいや、嘘泣きだよね?」


「本物の涙ッスよ!見えないんッスか!?」


目尻を指さしてボクの顔を覗き込むヴァロアの鳶色の目には涙のようなものが浮かんでいる。でも、周りの人たちから見えない帽子の影にくっきりと浄化と水の魔法陣が浮いてたもの。見間違えるわけ無いじゃない。


だけど、そんなボクの言葉は周りの人たちに通じなくて、どよどよと騒めきが大きくなる。


「あれが嘘泣きに見えるか?」

「いや、目元が腫れているだろ。本物の涙さ。オレは詳しいんだ。」

「アンタはいっつも偽物の涙に騙されていたからね。」


そりゃ、女の子が一人旅なんてできない世の中で、ヴァロアを街にひとり置いていくと言えば聞こえが悪い。けどね、ボクだって好きで彼女を置いていくわけじゃ無いんだ。勝手についてきたんだから。


ボクの目をまっすぐに見つめてくるヴァロアの目元が赤く腫れているのも見えるけど、泣いていたとしたら多分、吟遊詩人ギルドで受付のお姉さんから隠れるように帽子を傾けていた時だよね。ボクのせいじゃない。


「ボクなんかより、そんなオンナが良いんだ?今だって怒っているボクを放って置いてそのオンナばっかり構っちゃってサ。」


嘘泣きするヴァロアに気をとられていると、今度は背中のカプリオが拗ねだした。ヴァロアが声をかけてきたからカプリオに背を向けて彼女に構ってしまった。


カプリオとはこれからもいっしょに旅をする。これから見知らぬ国へ行くのに頼りになる友人との関係を拗れさせる訳にはいかないと振り向くと、彼はそっぽを向いていた。


「おいおいおい、アイツって魔獣にまで手を出してんのかよ。」

「お前は魔獣を相手に興奮できるか?」

「ただのツレだったら、あんなに拗ねないわよね。」


「キミを放って置くわけないよ。これからもいっしょに居るんだもの。」


「やっぱり、人間の方が良いの?女の子の方が良いの?」


カプリオがボクを見つめてのっぺりとした顔を振るわせる。


「そんなわけないよ。キミの事は大切な友達だと思っているよ。」


ボクは彼の頭に手を伸ばしてもこもこの毛を撫でてあげる。


「頭を撫でながら友達宣言か?」

「大切な友人とか口にできるか?」

「や~ね~男って。」


カプリオと恋仲と思われているみたいだったから友人だとハッキリと口にしたのに、周りの人たちはボクを非難の色を濃くするばかりだ。


「って事は自分は友達ですら無かったッスか?信じてたのに。」


「いやいやいや、ヴァロアも大事な友人だよ。」


「大事な友達を置いていくッスか?誰も知る人もいない街にッス!」


「いやいやいや、勝手についてきたんだよね。」


「ボクも涙を流せば良いのかな。」


「キミは涙なんて流せないでしょ?魔道具なんだから。」


「魔道具差別だ~!」


「ああ、ウルセブ様の魔道具の魔獣と似たような物なのか。」

「魔獣は無理だが魔道具ならなんとか。」

「アタシも2人から言い寄られたいわ。モテるって良いわね。ハァ。」


ヴァロアとカプリオと話題がずれていって、その上周りの人たちの噂もどんどんと妄想が激しくなる。だんだんと頭が真っ白になって何の話をしていたのか覚束なくなる。


頭が痛い。



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(くくっ。)


それからもカプリオとヴァロアの間を行き来している間に時間が過ぎて、興味を失った人垣が薄くなった頃にやっとジルがこらえ切れなくなったように声を漏らした。


(そろそろ宿で落ち着こうぜ。カプリオはもう解っているからさ。)


チラリとカプリオの方を見れば、彼は片目を開けてボクを見ていて、口元が笑っている。どうやらかなり前からジルとカプリオは右往左往して挙動不審になるボクを見て面白がっていたようだ。


(早く言ってくれればいいのに。)


カプリオさえ宥める事ができれば宿の外にいる理由もない。ヴァロアには何度も理由を告げて別れようとして来たんだから、今さら縋られてもボクの決めたことを変える気も無い。


ボクはもう一度、『小さな内緒話』を通してカプリオに謝ると、離れないヴァロアを引きずって強引に宿の仲へと入って行った。宿屋の主人にも昨日の経緯を話して謝らなきゃならないし、今晩の部屋も無くなっちゃうよね。


何より、入り口を塞いでいたら宿を求めてきたお客さんの邪魔になっちゃう。



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次回:涙を流す『眠り姫』



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