屍山の歌姫
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--屍山の歌姫--
あらすじ:吟遊詩人ギルドで紹介を断られた。
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「貴女に店を紹介することはできません。」
歌の練習なのか陽気な声が流れる吟遊詩人ギルドの建物で、受付のお姉さんの言葉が重く響く。ボクは言われたことが理解できなくて口が自然と開いてしまい、ヴァロアの青いトンガリ帽子が彼女の沈んだ顔を隠してしまう。
「どうしてですか?」
断定の言葉にボクは思わず聞き返した。自分の事ならすぐに諦めるのに。思い当たることは昨日の乱闘騒ぎしかない。だって昨日の昼までは受付のお姉さんもヴァロアが覚えてきた新しい歌を喜んでくれていて、ヌーボォの囀り亭を紹介してくれたんだもの。
昨晩の事はいっしょにいた吟遊詩人の男がギルドに報告してくれているはずだ。その吟遊詩人の報告がおかしかったのかもしれない。たった一回の騒ぎで、それもボヴァロアは被害者と言っていい。それくらいで紹介を拒否されるって事はないよね。
「ええ、昨日の件も関係はありますが…。」
お姉さんが歯切れ悪く言う事には、昨晩の乱闘は発覚する原因になっただけだと言う。
「彼女の悪名を思い出したんです。『屍山の歌姫』ですよね。」
トンガリ帽子で顔を隠したヴァロアの肩がピクリと跳ねた。
昨日のような乱闘騒ぎになったのが初めてじゃなかった。それは昨晩もヴァロアから聞いた。けど思った以上に数が多くて、ヴァロアが育った国や王都やボクの国を合わせると数十の乱闘に巻き込まれていたようだ。
ヴァロアの育った国では、それが原因で居場所がなくなったとさえ言われた。あまりに乱闘が起こりすぎるので、どの酒場からも歌う事を断られてしまったんだ。それで、彼女はボク達の国へ来るしか無かったんだ。
『屍山の歌姫』とは、ヴァロアが歌ったあちこちのお店で乱闘騒ぎが起きて、彼女の他に立っている人がいなくなる事を指しているそうだ。ヌーボォの囀り亭で起こった惨事でも、お客さんをはじめ店主さんもみんな気絶して倒れていたからね。
残ったのはボクとヴァロアだけだった。
彼女の歌った後には、治癒の魔法があるのに、死んだように倒れる人たちが山となって積み重なる。昨日はまだマシな方だったらしく、お姉さんに聞いた話だと衛兵や通りがかりの人まで巻き込んでもっと高い山を築き上げた事もあるらしい。
その話はボクがヴァロアと会う前、魔王の森から帰る前には、この街のギルドにも伝えらえられていた。昨日のヴァロアはいつもの旅の服。だぼだぼのマントで体を隠して、男っぽい肌色に化粧をしていた。お姉さんも女だとは疑わなかったみたいだった。
「けど、彼女は手出しをしてないんですよ。最初以外は。」
最初の男の金的を蹴り飛ばして投げ飛ばした。それ以外に彼女は手をだしていない。それだって、男がヴァロアに手を出してきたから防衛しただけで、あとは乱闘の中で拳を躱しながら歌っていただけなんだ。
「騒ぎの発端は彼女なんですよね?」
「それだって、あのお客さんがヴァロアの体に触れようとしたからで…。」
「だいたいにして女性で旅をする吟遊詩人と言うのが珍しいんです。」
お姉さんはボクの話が終わる前に綺麗な眉毛を吊り上げた。
女の人がひとりで旅をすることは少ないのは知っている。猛獣、魔獣に山賊。街の外は危険が多いし、街に辿り着いたって頼れる人がいないと事件に巻き込まれやすい。腕力に勝る男たちに囲まれたら逃げる場所も頼る人もないからね。悪い人はそこに付け込んでくるんだ。
もしもひとりで旅をしている女の人がいるなら、よっぽどの事情がある。
男でも繊細な楽器を扱う指の細い吟遊詩人で魔獣や山賊を倒す術を持つ人は少ない。逃げるだけで必死だ。一人旅をする女性の吟遊詩人なんてヴァロアの他には聞いた事も無い。
街に留まっている女性の吟遊詩人や、旅芸人の一団として集団で移動する女性はいる。そう言う人は街の人や一団が後ろ盾になる。けどヴァロアの場合はひとりで行動している。
「旅人なので後腐れなく一夜を過ごせるって考える馬鹿な男が多いのよ。」
寄る辺の無い女の人が体を売って、街に居られなくなると違う街へと身を寄せることがあるらしい。女が旅立ってくれば、男は家族や勤め先に知られる事もなく楽しめる。旅をするような女の人はそういう人だと見られてしまう。
昨日の男もそう考えた。ヴァロアの手を伸ばして彼女と一晩を過ごそうとしていた。彼女がそう言う仕事をしていると考えて自分も客となろうとしていた。他の男に先を越されないように周りを牽制しながら。
いや、客になろうとしてなかったのかもしれない。流れの娘を乱暴しても逃げる先は無いんだから。酷ければお金も払われずに捨てられていたかもしれない。
「彼女が女性ならトラブルの原因となるのは目に見えています。ギルドとしては問題が起こる可能性がある以上、紹介をする訳にはいかないんですよ。」
ヴァロアが行く店で次々と乱闘を引き起こされてはギルドが信用を失う。ヴァロアからすれば横暴な話に聞こえるけれど、多くの吟遊詩人の生活を守るためのギルドはヴァロアを切り捨てたんだ。吟遊詩人という仕事時代に変な噂が立ってしまったら、他の吟遊詩人まで仕事を失いかねないから。
ギルドの非力さを嘆きつつ、ギルドを通さないでお店と独自に契約をすることは可能だとお姉さんは言った。ただ、ギルドと取引のあるお店には事のあらましとヴァロアの人相とを伝えなければならないから、めぼしいお店では断られることになるだろう。ギルドと縁の薄い場末の酒場しか相手してくれなくいだろう。
この街に留まっても、わずかな報酬しかもらえない。
生きていくには食べ物が必要だ。食べ物を得るにはお金が必要だ。吟遊詩人ができる唯一の仕事を奪われれば、それこそ他の女性の旅人と同じように体を売って食べ物を得るしかなくなってくる。
男なら日雇いの力仕事を探す事もできるけど、旅をする女の人が仕事に有り付ける可能性は少ない。だって、そもそも旅をする女の人が少ないから、日雇いで女性を求める仕事場って滅多に無いんだ。出したって募集に応じる女の人が居ないんだから。
取り付く島もなく受付のお姉さんはボクとの話に終止符を打った。結果は残念だったけど、ギルド会員でもないボクの質問にいちいち丁寧に答えてくれたんだから良い人だと思う。散々に言っているように見えてヴァロアを娼婦と決めつけたり見下す事はなかったもの。
良い人だから、街の吟遊詩人たちを守ることを躊躇らわないんだよね。
「う~自分は何も悪い事をしてないッスよ。」
頭を抱えて落ち込むヴァロアの肩を叩く。それで元気になってくれるとは思わないけど、ボクだけでも理解していると知ってもらいたくて。
トボトボと重い足取りで歩くヴァロアはやる気も無くして、ギルドの息がかかっていないお店を探す事も止めてしまった。宿に戻ってベッドにもぐりこむと彼女は言う。
まだ日が高い通りに黒い人垣ができていた。ボクが止まる予定だった宿を中心に遠巻きに眺める人がざわざわと集まっている。
「おっそーい!何やってたのさっ!」
宿屋の前でカプリオが鎮座していた。
のっぺりした顔が珍しく怒っていた。
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次回:ヴァロアといっしょに『昼帰り』
Twitterでカプリオに変身ポーズをさせてみました。




