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楽器屋

第6章:手紙を届けるだけだったんだ。

--楽器屋--


あらすじ:ヌーボォの囀り亭は大惨事。

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死屍累々のヌーボォの囀り亭を片付けが終わった頃には小夜千鳥が鳴いていた。お客さんすべてを巻き込んだ乱闘騒ぎは激しくて、椅子や机にお皿なんか壊れた物も出てしまった。


ヴァロアにちょっかいを出してきた男たちは官憲に引き渡され、大騒ぎをした他のお客さんたちも仕事のために帰って行った。


幸いにして、店主はヴァロアに手を出そうとした男に弁償させると言ってくれた。ヴァロアは自分を守ろうとしただけだし、店主が目覚める前に片付けが粗方終わっていたのが印象を良くしてくれたんだと思う。


でも、せっかく取った宿には戻れなかったんだ。


明け方手前まで店を片付けていたんだから、どんなに夜遅くまでやっている店だって閉まっている。仕事で遅くなると伝えていたけれど、決められていた門限までに宿に戻れなかったんだから宿が閉まっていてもおかしくない。宿屋の主人だって戸締りだってしなきゃいけないし、夜は眠たいよね。


宿に戻れないボク達のためにヌーボォの囀り亭の主人は泊って行くように勧めてくれた。


ヌーボォの囀り亭では夜遅くまで歌が流れているから、宿屋としてはやっていけないらしい。眠りたいお客さんは寄り付かないよね。だから、よくある酒場と宿屋が一軒に収まっている店では無いので余分な部屋は無いんだけど、舞台の隅っこで丸まれるだけでも十分ありがたい話だった。


雨風をしのげるしマントがあるから寒くはない。


そんなわけで、ボク達が舞台の片隅で目覚めた時には昼ももうすぐそこだった。今日には出発する予定だったけど、まだ頭がボーっとする。


「おはようッス。」


起き抜けの顔をヴァロアに覗き込まれると気恥ずかしい。いつもはハンモックで別々に寝るし、時間だって交代でずらしているからね。隣で寝ていた彼女は化粧を落としていたけれど、昨日に借りたスカートのままだった。裾に少し皺が寄っている。


トントンと小気味よく振るわれるナイフの音に、コトコトと煮込まれるスープの香り。ヴァロアが料理なんてできるはずもないので、ヌーボォの囀り亭の主人と女将さんが今日の仕込みをしている音だ。


「寝過ごしちゃったかな。」


「仕方ないッスよ。眠れるようになったのは明け方だったッス。大将もゆっくりして行けって言ってくれてたッス。」


身支度をしている間にヌーボォの囀り亭にもお客さんが入ってきて昼の掻き入れ時に突入した。ケンカで気絶していたとはいえ店主は朝から働いている。すごいね。ボク達も昼食を摂って店の主人と女将さんに丁寧に挨拶をして店を出た。ちゃんとお代は払ったよ。


「今日はどうするッスか?国境を越えるんスか?」


「いや、もう一泊するよ。」


国境を越えるのは諦めて、おとなしくしているつもりだった。夕方に街を出てもカプリオなら進む事ができるし頑張ってくれると思う。でも、幌馬車のハンモックで眠るのは体が疲れる。ゆっくりベッドで眠りたい。


なにより、初めて行く外の国の景色を楽しみたいよね。どんな光景が広がっているかずっとワクワクしていたんだ。


貸衣装のままのヴァロアを連れて大通りをそぞろ歩く。買い物も昨日済ませてしまったので、新しく買わなきゃいけないものも無い。手持無沙汰だ。


「そうだ、ブルベリを買おうと思うんだ。」


昨日の買い物の途中でブルベリを見ていた事を思い出して、ボクはヴァロアにお店を見てもらえないか頼んだ。カプリオの牽く幌馬車はボクが操作しなくても道から外れる事はない。ヴァロアが居た時の様に、初めての国をジルとカプリオと歌いながら進むのも悪くない。


「ブルベリッスか?楽器なんて高いんモンなンで、今まで通り自分のを貸すッスよ。」


幌馬車の上で借りたヴァロアのブルベリは細かい傷が多かったけど、丁寧に磨かれて大事にされていた。家にあった安物だとは言っていたけど、作り込まれた楽器らしく細かい所まで細工が施されている。ボクみたいな練習中の人間が無暗に触っちゃダメだと思うんだ。壊しちゃいそうで怖いんだ。


「いやいやいや、ヴァロアとは明日、お別れするつもりだよ?ツルガルまで連れて行くつもりは無いよ。」


「そんな事を言わずに連れて行ってくださいッス!なんでもするッス!」


「連れて行けないよ。ああ、ここだ。」


大通りの真ん中で女の子にすがられて、通りを歩いていた人たちの注目を浴びた。スカートを履いたヴァロアはちゃんとした女の子にしか見えないんだよ。暖かい視線を浴びるのは痴話げんかにでも見えるのかもしれない。ものすごく恥ずかしい。


ボクは逃げるように楽器を売っているお店に入った。


「いらっしゃい。」


白い髭を蓄えたお爺さんが奥から出てきたその店には、ブルベリをはじめとした色々な楽器が所せましと飾られていた。


「旅の手慰みに使うから、あんまり本格的な物は要らないんだ。安くて頑丈な物が良いかな。」


予算を伝えるとヴァロアは鳶色の瞳を真剣に光らせてブルベリを一本ずつ見てくれる。調弦のネジの具合に艶出しのニスの硬さ、胴体を叩いて音の響きを確認してはお爺さんを質問攻めにしてくれた。やっぱり物をちゃんと知っている人はボクみたいな素人とは見方が違うんだね。彼女に相談して良かった。


「この中から選べば間違いないッス。」


「奥さんの耳の良さには恐れ入ったよ。そいつらは同じ作者が作っているんだ。腕は良いんだが、まだまだ駆け出しでね。安くしか売れない掘り出し物さ。」


「いやいやいや、奥さんじゃないって!」


「奥さんなんて照れるッス。まだ結婚して無いんスよ。」


勘違いをするお爺さんの誤解を解こうとしたけれど、まったく耳を貸してくれない。ボクの抗議は受け付けずに頬を染めるヴァロアをからかうのに夢中になってしまった。まだも何も、始まっていないからね!


ヴァロアが選んでくれた数本のブルベリを見比べても音の違いはまったく分からない。確かに微妙に違う気もするけれど、そう言う風に作られている物らしく、音の良し悪しとは関係ないそうだ。金額とデザインの好みで選んで良いと言うので、ボクは一本の明るい色合いのブルベリを選んだ。


太陽の光をや、ゆらゆらと燃える焚火を照り返せる明るい色合いの物の方が、楽しく音色を奏でてくれそうだった。元気になれそうな気がしたんだ。


「すばらしい一本を選んだの。間違いなく似合いの夫婦だ。」


くねくねと身をよじらせるヴァロアをからかうお爺さんに、ボクはブルベリの代金を支払った。これで彼女と別れても音楽を奏でることができと思うと、手の中のブルベリが頼もしく見える。


「これで兄さんと合奏ができるッスね!」


「いや、この街でお別れだからね!」


店を出たヴァロアは今夜もこの街で明かすことになるなら少しでも稼ぎたいとはりきった。村でも多少は稼ぐことはできたけれど、料理ができないヴァロアには日々の食事も食堂で摂らなければならない。ボクよりも旅にかかるお金が多いんだ。


昨日の乱闘騒ぎを思い出してボクは力なく頷いた。いつものだぼだぼの格好で歌うように勧めたんだ。村で歌っていた時には騒ぎにならなかったから、男だと思われていれば大騒ぎにならないよね。2晩も寝不足になりたくなかったんだ。


楽しそうなヴァロアにスカートの貸衣装を返却させて、ボク達は吟遊詩人ギルドを訪れた。


待っていたのは受付のお姉さんの意外な一言だった。


「申し訳ありませんが、貴女にギルドから店を紹介することはできません。」



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次回:トンガリ帽子の『屍山の歌姫』



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