惑星の踊り
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--惑星の踊り--
あらすじ:ヴァロアが金的を蹴り潰した。
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「ぐぬぅぅぅう!」
ヌーボォの囀り亭に獣の呻くような悲痛な声が轟きわたり、ヴァロアの胸に手を伸ばした男が前かがみになる。急所を蹴り飛ばされた痛みは男として辛さは共感できるはずなんだけど、ヴァロアが容赦なく蹴った男の声は、ボクが考えるより何倍も辛そうだ。
思わずズボンに手が伸びてしまう。
男は激痛を堪えてすぐに治癒の魔法を使った。いや、普通は痛くて魔法を使えるほど集中できないよね?慣れているのかもしれない。
「このアマ!やりやがったな!」
治癒の魔法で回復したばかりの男がヴァロアに向けて拳を振るう。ヴァロアは易々と拳の下を通って胸倉をつかむと、体をひねって片腕で男を投げ飛ばしたんだ。ブルベリを持っているから片腕しか使えないとはいえ、普通の女の子は大の男を片腕で投げ飛ばすなんてできないよね?
投げ飛ばされた男が吹き飛ばされた先は、さっきまで酔い潰れていたお客さんの席だった。ヴァロアに歌で起こされたけど、まだぼんやりとしていて夢見心地だったお客さん。そこに突然、男が飛び込んできたんだ。
「おめえ!せっかく姉ちゃんが気持ちよく起こしてくれたっていうのに何してくれるんだ?!」
飛んできた男の頬を力いっぱい殴りつけると、首が向いてはいけない方を向く。殴られた男の仲間が駆け寄って急いで治癒の魔法をかけていたから大丈夫だよね。ね。
「おめえには関係ないだろ!すっこんでいろ!」
「やったな!親方にもぶたれたことは無いのに!!」
「オレの店で喧嘩をするんじゃねぇ!」
必殺の右を繰り出す男に黄金の左で蹴りつける男。ドロップキックと空を飛ぶ。たちまち10人を超える人たちが喧嘩に加わってしまった。止めに入った店主が先頭に立ってケンカを始める始末だ。
「ドワジ!そこだやっつけろ!!」
「右だ!!右!いや左だ!!」
「おしいっ!もう一発!!」
夜更けの酒場の気だるい空気が吹き飛んで、ケンカに加わらない男たちもヤジを飛ばす。のんびりと見守るお客さんもいるけれど、きっとまだ酔ったまま寝ボケているんだろう。
「また始まっちゃったッスか。」
ケンカの発端になったのに、ヴァロアはシレっとボクの隣に立っていた。目の前では男たちがそれぞれの奥義や必殺技を繰り出していて、治癒の魔法陣があちらこちらに浮かんでいる。この街の人たちは皆が力強いようで、椅子や机も飛んでいた。
「またって?この街は初めてだよね?」
これから行くツルガルと反対の国から来たヴァロアがこの街へ立ち寄ったことは無いと思う。国を横断するのに何日もかかるから片道だけでも大変な事になる。
「いやッス。前の街と王都でもこうなったんッスよ。」
いやいやいや、毎回こんなに乱闘騒ぎになったら大変でしょ。酔っ払いは質が悪いとはいえ、音楽を楽しみに来るようなお客さんばかりだよ。
「なぜか、自分が舞台に立つとお客が増えるッス。」
ヴァロアに声を掛けたお客さんたちも、この店では初めて見る人たちだと吟遊詩人たちが噂していたそうだ。ガラも悪く横入りで最前列の席に座るために、ちょっとした揉め事も有ったらしい。
ボクの席からは見えなかった。
(気づかなかったのか?結構、大騒ぎになっていたぜ。)
ジルが知っているならボクが占いのお客さんが来なくて落ち込んでいた頃かな。だとしたら、ヴァロアの最初の曲が終わってすぐくらいなのだろうか。
「ボクと最初に会った時の山賊もケンカに巻き込んでたりしたの?」
たしか、山賊たちはあちこち噂を嗅ぎまわるヴァロアを警戒して追いかけたって言ってたよね。それ以前にもケンカに巻き込んでたりしたら、怒るのも当然かもしれない。
「いやッス。初めて見る顔だったッスね。毎日乱闘騒ぎが続いてその度にギルドに怒られてたんッスよ。そんな時に新しい村ができたって聞いたッス。」
前の街でも紹介されて行ったお店で毎日のように乱闘が起こったらしい。あまりにも毎日騒ぎが起きるので吟遊詩人ギルドから注意を受けてしまった。ヴァロアもケンカを止める努力をしていたそうだけど、ギルドだって紹介した先々で乱闘が起こればヴァロアにも責任があると思うよね。
ギルドでしっかりと絞られてトボトボと歩いている時に、街の裏通りで噂を聞いたのだそうだ。山の中腹に隠れるように新しい村ができていて、新しい商売の手を広げるのに都合が良いんじゃないかって話だった。
ギルドのお小言から逃れられるなら幸いだ。他の吟遊詩人が入りびたる前にその村へ行ってみようとしたらしい。
「それじゃあ、前の街の時はどうやってケンカを止めたの?」
待っていれば夜警の人が来るかもしれない。けど、大きな街だから店の前を通るなんて一晩に一度か二度あるかないかだ。非暴力の歌姫に憧れるヴァロアの事だから力技で止める以外の方法を知っているかも知れない。期待はできないけど。
「知りたいっすか?」
ふふんと笑う顔に嫌な気配を感じたけれど、ボクが止める前にヴァロアは乱闘騒ぎの中に飛び出していった。
「自分の歌を聞くッス!」
ヴァロアは一言叫ぶとブルベリに合わせて歌い始めた。曲は『惑星の踊り』。
「♪さぁ仕事も終わりだ!今夜も飲もうぜ!♪」
酔客に向かって殴りかかる男の前にヴァロアが割り込む。
ニッコリと笑う。
虚を突かれた男は一瞬止まるけれど、止まった途端に横から他の男に殴られて、ヴァロアはいつの間にか消えていた。
「♪今日もご機嫌な一日だったかい?♪」
次に割り込んだ男は拳を止める事ができなかった。頬を殴られそうになった男はその隙に逃げる事ができたけど、男の拳はヴァロアを逸れてヤジを飛ばしていた別の男のめり込んだ。
ケンカに加わる人が増えた。
次々に喧嘩する男たちの間に入っていくけれど、ヴァロアはブルベリを奏でながら歌うばかりで手は出さない。ひらりひらりと男たちの拳をかわして、軽いステップで次の男たちの間に入る。その度に被害は増えて、巻き込まれるお客さんも増えた。
歌うヴァロアを止めようと吟遊詩人も楽器を置いてケンカの群れに入っていく。ヴァロアの腕を捕まえようと手を伸ばす前に横から殴り飛ばされてしまったけれど。
殴り飛ばされた吟遊詩人がヤジを飛ばす人の群れに突っ込んだ。
また、けんかに加わるひとが増えた。
彼らの拳は不意に現れたヴァロアによってあらぬ方から飛んできては、強烈な一撃になったみたいで、治癒の魔法をかけるヒマもなく彼らはバタバタと倒れていった。
「♪クソッタレな日に!!乾杯だ!!♪」
ヴァロアが歌い終えた時、店主と最後のお客さんのクロスカウンターが綺麗に決まっていた。
歌い終わってスッキリした顔のヴァロアの背後で2人が違う方向へ吹き飛んで行くから、ヴァロアが振り返った時には立っているお客さんは独りも居なかった。
散々な光景にヴァロアは肩を落とす。
「むぅ。歌姫様に近づくにはまだまだ精進が必要ッス。」
歌で戦争を止めたという伝説の歌姫に近づきたくて、歌でケンカを止めさせようとしたんだよね。でもきっと、ヴァロアが飛び込まなければもっと被害が少なかったんじゃ無いかな。
店主をはじめとして屍が積み重なるように山になったお客さんたちを見ると、落ち込むヴァロアにかける声が見つからなかった。
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次回:白い髭のお爺さんの『楽器屋』




