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宝石鳥の目覚め

第6章:手紙を届けるだけだったんだ。

--宝石鳥の目覚め--


あらすじ:占いのお客さんが並んだ。

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夜も更けてヌーボォの囀り亭のお客さんもちらほらと帰路に就き始めた。


ボクの前に並んでいた占いを求めるお客さんもすでに捌けていた。ヴァロアや吟遊詩人たちの協力があっても、探し物が多くあるハズも無いよね。無くした物ばかりだと大変だから。


吟遊詩人の男のしっとりとした声が流れる気だるい雰囲気の中、水の魔法で冷やされたエールを傾ける。ちょっとした贅沢。今日は少し飲み過ぎたけど、少しくらい良いよね。


「さあ、名残惜しいけど今晩もそろそろ夢の神に愛される時間だ。今日の最後はヴァロア嬢に締めてもらおうか!」


吟遊詩人の男がそう告げてもお客さんからはまばらにしか反応がない。みんながはしゃぎ過ぎたようで、酔いつぶれて机に伏しているお客さんも少なからずいる。まだまだ舞台の真ん前の席で元気に騒いでいるお客さんもいるけれど。


「一晩だけのお付き合いだったッスけど、今日は楽しかったッス。吟遊詩人ギルドにも王都の新曲を伝えてきたッスから、この街でも聞けるようになると思うッス。もし、今日の曲を聞くようなことがあった時に自分の事も思い出してくれると嬉しいッス。それじゃ最後の曲っス。」


ヴァロアも一番良い笑顔で挨拶をすると、陽気にブルベリを掻き鳴らす『宝石鳥の目覚め』を歌いだした。夜の終わりに鳴くという宝石鳥が、主を起こすために朝日を浴びてきらきらと元気に囀り回ると悪夢は全部消えて優しい気持ちだけが残る。そんな曲だ。


明るく元気な彼女に相応しい曲だとボクは思う。旅の途中の村でも何度も繰り返し頼まれていたからね。


指の動きが早すぎてボクが弾けるようになるには、まだまだ練習が必要だ。けど、これからは自分で練習するしか無いよね。明日にはヴァロアとお別れだから。


(いや、アイツは付いてくるつもりじゃねぇか?)


(え?ちゃんと、アイナワの街までって言ったよね。)


旅の道中で何度も繰り返し言っていたんだ。アイナワまでだよと。


(だって、アイツは最後の締めに『一晩だけのお付き合い』って言ったんだぜ。って事は、明日には旅に出るって他のヤツらは思うだろ?王都から来た旅の吟遊詩人って触れ込みなんだし。)


(いやいやいや、今日は吟遊詩人ギルドの紹介でこの店に来れたけど、明日は違う店に行く事になるって事じゃない?)


吟遊詩人ギルドのルールは良く分からないけど、占い師ギルドでは紹介された店の主に気に入られないと次の日にはお払い箱になってしまう。


(それこそ、今日の舞台をあれだけ盛り上げて客入りも増やしたんだぜ。途中で帰る客も酔いつぶれて仕方なくって感じだったじゃねぇか。オレが店主だったら続けて来てもらえるように説得するぜ。)


お客さんが多く入ったからと言って、この店では3人もの吟遊詩人が普段から歌っている。一時的にお客さんの入りが良かったからと言って、お店の規模からも人をひとり多く雇い入れるのは難しいんじゃないかな。


曲も佳境に入って、ヴァロアは舞台を飛び出した。ステップを踏みつつお客さんの間を練り歩いて、眠っているお客さんの耳元に声をかけていく。


ふわりふわりと青いスカートが舞って耳元で目覚めの詩が囁かれると、酔いつぶれたお客さんが寝ぼけまなこをこすりつつ顔を上げた。便利な曲だね。ボクが通っていたお店でも眠ったお客さんを怒らせずに起こすのには苦労していたんだ。


「おう!ネエちゃん!こっちにも頼むよ!」


最前列のテーブルで一番熱心に舞台を見ていたお客さんがヴァロアにねだった。元から贔屓をするつもりが無かったのか、ヴァロアはくるくると回って彼らのテーブルにも歌を届けた。


「はぁ、元気がみなぎるぜ!」

「オメーのはいつも元気すぎるだろ。」

「良い匂いだったよなぁ、こう耳元がくすぐったくで。」


曲も終わりに近づいて舞台の上に吟遊詩人の男が立つ。そろそろ終幕だ。お客さんを起こし終えて舞台へと戻ったヴァロアを迎え入れるつもりなんだろう。にこやかに笑っている。


今日も無事に成功で終わりそうだし、閉店前にヴァロアが酔客を起こして回るなんて芸当ができる事を知ったんだ。ボクが店の主だったら酔客を起こすためだけにでも毎日来てもらいたいと思うよ。もしかすると吟遊詩人が全員できる事かも知れないけど。


ヴァロアの『ギフト』でやっているワケじゃ無いもんね。


残り数節を残した所でヴァロアは舞台へと向かった。ブルベリの最後の一音を舞台の上に戻って弾くのだろう。ちょうどいいタイミングだ。


だけど、ヴァロアの音は舞台の前で止まってしまった。


「なぁ、ネエちゃん。今夜はオレに付き合いな。」


最前席の男がヴァロアの細い腕をつかんだ。


「悪いッス。自分にはもう待っている人がいるッス。」


チラリとボクの方を見るヴァロア。


いやいやいや、待ってたりしてないからね。宿だって別々の部屋を取ったんだから。


「フン。物しか探せない占い師なんて役に立たねえだろう。おおかた王都から来たってのも嘘っぱちで今日の曲だってオメエが適当に作ったんじゃないか?」


男の目がボクを見下している。


ヴァロアはカプリオを見ている。だから、ボクが魔王の城から戻ってきた占い師だと信じた。そして店主や吟遊詩人たちはボクのナイフを見ている。カプリオも見たかもしれないけど、それで王都から来たと納得してくれたんだよね。


でも、お店のお客さんたちは何も見てない。ボクが魔王の城から戻ってきた占い師だというのも、王都から来たのも嘘だって思えても仕方ないんだろう。貧弱なボクを見れば山賊たちの出る峠を越えてきたとは思えないからね。


「失礼ッスね。伝説の占い師が荒事もできないと思うッスか?魔王の森を生きて往復してきた男ッスよ。」


ヴァロアが持ち上げてくれるけど、魔王の森でアンクス達に守られて進んできたボクには大層な力なんて無い。この男の前に出れば一瞬で床を舐める事になる。


最前列の男のテーブルには4人の仲間たち。ニヤニヤとした顔で立ち上がって、店主や吟遊詩人、他のお客さんたちを威嚇している。今にも両者が飛び掛かりそうな勢いだ。


「筋肉の付き方を見れば判るさ。魔王の森では勇者に守られていたんだろ?『勇者と魔王の城』で歌ってたじゃないか、勇者が迎えに来るまで魔王の城で震えてたってな!」


「兄さんは臆病者じゃないッス。」


睨みつけるヴァロアが掴まれた男の腕を振り払うけど、男の腕力は彼女が振り払う力より強くて、却って体を寄せ付ける結果になった。


「いいから付き合えよ!!」


引き寄せられるヴァロアの開かれた胸元に男の手が伸びる。


逃げるかと思ったヴァロアは引き寄せられる勢いにのって逆に胸に飛び込むと、自分の膝を男の股間へと突撃させた。


ぐちゃぁ。


鈍い音がしてお店にいるお客さんが全員渋い顔をした。


あれは痛いよね。


「またつまらないモノを潰してしまったッス。」


ヴァロアが静かに呟つぶやく声に、お店にいるみんなが戦慄した。



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次回:ケンカを止める『惑星の踊り』



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