伝説の占い師
1日勘違いしていました。ごめんなさい。
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--伝説の占い師--
あらすじ:伝説の占い師になった。
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仕事を終えた街の人たちがヌーボォの囀り亭にちらほらと入ってくる。一日をやり切った満足感を笑顔に変えて、それぞれに好きな物を注文して、それぞれが気の合ういつもの仲間たちと談笑を始めた。
片隅の暗がりに居るボクの方なんて誰も向かない。
伝説の占い師なんて呼ばれたけれど、探し物しかできない占い師なんて、満たされている人たちには必要ないよね。店主が用意してくれた席は歌を聞くお客さんの邪魔にならないように舞台の反対側だった。ランプの灯りも届かない。
お客さんを占いながら食事をするわけにもいかないから、先にお腹を満たして手持無沙汰だ。食事と音楽を楽しむお店なので、ここの食事の値段は少し高めでエールを頼むのも二の足を踏む。
手持無沙汰の手でスプーンをぶらぶらと遊ばせて残ったスープをちびちびと舐めた。
(どうしてこんなに深い味が出せるんだろう?)
たくさんの塩を入れたワケじゃ無さそうなのに、自分が作るスープよりも味が濃く感じる。塩をたくさん入れると味が尖ってしょっぱくなるけど、このスープは甘くさえ感じる。
旅の途中でボクが作る適当な鍋と違った、まともな料理を作りたかったんだ。ヴァロアの分も作らなきゃならないと思うと適当な料理が恥ずかしいよね。彼女は喜んでくれるけど美味しい料理を食べさせてあげたいよね。
いや、ヴァロアはこの街で置いて行くんだっけ。
(具材を入れる前に骨やクズ野菜を煮込んでいるんだろ。)
硬くて捨てられる部分を煮込んで味だけを出す。そうやって深い味を出しているとジルが教えてくれる。そう言えば12弦あるブルベリにもほとんど使われない弦があるんだっけ。普段は使わないけれど、他の弦が弾かれた時にいっしょに震えてより深い音を出せるとヴァロアは言っていた。
使わないと思った部位でも色々と役に立つんだね。
だけど、旅の途中で骨から味が出るまで煮込むのは難しい。時間も無いし燃料となる薪の確保も大変だ。何か他の方法で味を足さなきゃならないらしい。
「ウチのスープを気にいってくれているトコロ悪いが、そろそろ良いか?皿が足りなくなるんだ。」
お皿を片付けられるとホントにやることが無くなった。ジルはジルでお客さんたちの噂話を聞く事に夢中になっている。時折、解説してくれるけどお客さんたち本人の喋っている言葉は店の喧騒に吞まれて聞こえない。ジルがまとめてくれるまで少し時間が空くんだ。
「さっさと始めろ!」と飛ぶヤジを聞きながら増えた客さんと温くなったエールのコップを見比べていると、小さな舞台で音楽が始まった。2人の吟遊詩人に混じって真ん中のヴァロアが12弦のブルベリを奏でだす。
ポロンポロンと爪弾かれるブルベリに笛の音、初めて見る楽器の音が重なると吟遊詩人の男は静かに歌を口ずさみ始めた。
男の穏やかな歌に誘われるかのように、ヴァロアもハーモニーを付ける。その曲はボクも何度も聞いた事のある、馴染み深い恋物語だったけど2人の和音が新鮮に感じた。
物語が続くにしたがって男の声と女の声が交わっていく。穏やかに、淑やかに。力強く、艶やかに。交互に激情をぶつけあって物語は盛り上がっていく。興奮したお客さんも舞台を見入っていて手元のお酒が進んでいない。
盛大な喝采が響く頃にはお店は満員になっていた。
「やあやあ、今日は満員だね。急用で参加できなくなったロゼの代わりに、王都からヴァロア嬢が飛び入り参加だ。次は久しく途絶えていた王都の最新の曲を送るよ!!」
最初の1曲が終わった所で笛の男がヴァロアを紹介した。片足を引いて綺麗なお辞儀をしたヴァロアといつもの男勝りなヴァロアが結びつかない。自分だけ違う世界に来てしまったようだ。
馴染みある恋の物語の次に、ヴァロアは明るく弾んだ曲を選んだ。
初めて聞く曲に合わせて次々とお酒が注文されていく。にぎやかな曲にお客さんも適当な合いの手を入れて囃し立てていく。ボクもジルと一緒に口ずさむ。熱気が店の中を包み口笛が響く。
ソロで弾く間に交代で休憩するようで、3人が次々と曲を披露する。お客さんも酒を飲んだり喋ったり、間にリクエストを挟む。歌い終わったヴァロアと交代した男の曲は、明るいけど落ち着きがあった。
ヴァロアの曲が始まってもお客さんのお酒が増えるばかりで帰るそぶりも見せない。良かった。とりあえず舞台は上手くいっているようだ。彼女をこの街に残していっても、彼らのような気の良い仲間がたくさんできそうだ。
次の男の曲が始まった時だった。聞き覚えのある曲は『勇者と魔王の城』で、だけど曲に歌詞が添えられない。
「さぁ!今日は特別な夜ッス。何と!『勇者と魔王の城』の伝説の占い師様がしらっしゃるッス!」
ウオォォォ!
歓声をあげてお客さんが喜ぶ。
聞いてないよ!ボクは不意に紹介されて途惑ったんだ。
「さぁさぁ皆さん!ご注目ッス!!勇者の剣を探し当てた伝説の占い師に探せないものはないッス!今宵一晩限り!!持ち物の主ならどんな宝物でも探し当てるッスよ!」
『勇者と魔王の城』の旋律を背景に、温かい手で強引にボクを引くヴァロアは軽いステップを踏んで舞台へと導いた。舞台から降りたヴァロアのスカートに触れようして、あちこちから酔客の腕が伸びるのを軽やかに躱して手を叩く。
「おい!ニィちゃん。なんかやれ!」
「良いぞ!伝説の占い師ってんなら、余興のひとつも見せてみろ!」
「そうだ、オレの財布をどこに落としてしまったんだ。探してくれ!」
舞台に上がったボクに酔客が探し物をねだる。芸なんてできないよ。
財布を無くして嘆いている人はさっきまで支払いに使っていたようで、このお店の中にあるそうだ。床の上を転がってランプの光の届かない所に行ってしまったんじゃないかと言う。
いつも通り『失せ物問い』の妖精が囁くけど、どう答えるか少し迷った。
落とし物じゃ無くなっていたからね。
(伝説の占い師様らしく少し演出しようぜ。)
相談に応えてくれたジルの甘い囁きにボクは黙って店の片隅で飲んでいたひとりのお客に指を向けた。突然、指を向けられた小柄な男が怯むと、ぽろぽろと財布が4つ落ちる。
何てことは無い。ジルが『小さな内緒話』で、いきなり彼の頭に言葉を流し込んで驚かせたんだ。
「なんだ?スリが混じっていたのか?」
「な!あれはオレの財布じゃねぇか!」
「野郎!とっちめろ!!」
混乱したスリの男を縄で縛って歓声が響く中、財布を盗まれたお客さんたちのボクにお礼を言った。大きめのお礼を手にねじ込んでくれた。
気を良くしたお客さんに背中を叩かれながら舞台から降りて、元の暗い席に戻ってもお客さんが並んだ。お客さんに請われるままボクは彼らの探し物を言い当てる。お客さんは探し物が見つかっていないのに気前よくお礼を払って行ったんだ。
子供のおもちゃ。お気に入りだった仕事道具。奥さんの髪飾り。
まったくお客さんのいなかった先ほどとは打って変わって、次から次へと依頼が舞い込んでくる。お客さんは喜んで『これで新しいのをせがまれずに済むぜ』『あんなところにあったのか。』『良かった、捨てちまったかと思ったぜ。』と感謝を口にする。
人に望まれるって良いよね。
うれしくて思わず顔がほころんだ。
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次回:夜の終わりに『宝石鳥の目覚め』




