ヌーボォの囀り亭
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--ヌーボォの囀り亭--
あらすじ:お店のドアが勢いよく開いて女の子が入ってきた。
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勢い良くドアが開け放たれると、逆光にふさりと青いスカートがひるがえる。陰気な占い師を追い返したくてピリピリとした店主とボクの間を割って明るい声が届いた。
「ヴァロア…だよね?」
普段のトンガリ帽子にだぼだぼのマントではなく、街娘が着るような服にひらひらと飾りを付けた青いスカート。同じく飾りが付いているけど、胸元が大きく開かれたシャツに上着。アクセサリーも身に着けてうっすらと化粧までもしていて、まるで別人だ。
この姿で出会っていれば男だと勘違いしなかったのに。
「何言ってんスか?当たり前ッスよ。」
浄化の魔法をかけた素顔を見せてもらった時はかわいらしく思ったけど、整った顔に化粧をして紅が入った姿は美人と呼ぶ方がふさわしい。深い胸元の谷間も相まってなおさら大人に見える。いや、見てないよ。
「どうしたの?その格好。」
不思議なのは彼女は旅で荷物を持っていなかったんだ。だぼだぼのマントに隠れる小さなカバン。それとブルベリしか彼女は持っていなかった。着替えなんて持っていなかったよね。
「そこで借りたっス。惚れ直したッスか?」
くねりとシナを作って煽情的なポーズをとる。持ち上げられた腕に胸が引っ張られて強調されるので視線をずらした。見てないってば。
「惚れ直すも何も。でも、村で演奏する時はいつもの格好だったじゃない?」
途中で立ち寄った村で演奏する時は、いつものトンガリ帽子にマント。あるいは、マントを脱いでだぼだぼのシャツになって弾いていた。丸く集まった村人たちが美声に聞き入っている姿を、人垣の外から見ていたんだよ。
「借りられるなら胸が開いた服の方が客が喜ぶッスよ。オヒネリが段違いに変わるッス。男はスケベッス。」
吟遊詩人ギルドのすぐそばに衣装や礼服を貸してくれる店があったそうだ。あまり服を買わないボクのような人間にも必要な店かも知れない。カラカラとヴァロアは笑う。
「おいおい、お前たちだけで盛り上がるなよ。吟遊詩人のギルドから来たんだって?」
まだヴァロアに聞きたいことはあったけど、置いてきぼりにされた店の主人が口をはさんだ。
「そッス。王都の方の新曲をお求めだとうかがってるッス。」
「山賊の出る峠を越えてきたのか?お前たちが?」
「発想の勝利ッス。山賊に会わないように夜中に歩いてきたんッスよ。」
「夜に歩いてきたのかよ。ご苦労なこって。そこまでして割に合うのか?」
わざわざ山賊の出るリスクのある道を通ってまで来るほど、この街での収入は良くないらしい。ボクでも、この街に来るよりも王都の方へ向かうと思うし、カプリオがいなければ夜に旅をしようとは思わない。
「目的は別なんッス。でも、夜でも山賊に会ってしまったッスから、オススメはしないッスよ。」
「やっぱり危険はあるか。で、こっちの占い師のニィちゃんは大事な奥さんに変な虫が付きそうだから同じ店で仕事がしたいってワケか?」
店主が納得したような顔で誤解をしてくれたけど、誤解を解くかどうかボクは迷った。どうせ、一晩だけの予定だし、ここで否定しても得はない。誤解してくれたままの方が、すんなりと占い師の仕事ができるよね。
けど、恋人ならともかく奥さんは無いかな。
「えっへっへ~。愛されてるッス。」
「いやいやいや、奥さんじゃないよ?」
手のひらで顔をはさんでくねくねするヴァロアはボクの話を聞いてくれない。
「なんだ、仲が良いから、てっきり一緒に旅をして来たのかと。」
普通は赤の他人の男女で旅をすることはない。信用している相手に道の途中で暗がりに連れ込まれたなんて話はいくらでもある。旅で行方不明になった人を衛兵が探してくれるなんて事は無いし、他の街で元気にしていると言えば確認しようがない。
店主もボク達が夫婦だと勘違いしたわけだ。恋人でも無いのに。
「それで、御用達のペンダントは持っているのか?」
「いや、自分はこの国の人間じゃないから持って無いッス。必要っすか?」
御用達のペンダントとは、王様から発行された印で王家が勇者アンクスの名声を集めて、彼の力を強くするために貢献するように依頼した証なのだそうだ。前にジルにも聞いたことがある。王様が積極的に吟遊詩人を使っていると。
王様から認められたと示せるペンダントを持っていると身分の証明にもなって、楽器の調整を優先的にして貰えたり、公園で演奏をしやすくなったりと、あちこちで融通が利くらしい。
「いや、無ければそれでいい。ペンダントを持っている連中は勇者の歌ばかり歌いたがるからな。今日は他のを多く弾いてくれ。」
「そッスか。」
ヴァロアは肩を落として、一言漏らす。
「なんだ?勇者の歌が歌いたかったのか?」
残念そうなヴァロアに店主は首を傾げた。勇者の歌でも新しい物なら歓迎するとも言ってくれる。
「いや、こっちの兄さんは、『勇者の剣』を探し出した占い師なんスよ。王様のペンダントの代わりに王妃様の紋章入りのナイフを見せびらかせると思ったんス。」
「なに!『勇者と魔王城』の詩の占い師なのか?こんな…。いや失礼。」
店主が何を言おうとしたのか何となく想像は付いた。こんなひょろひょろの占い師がとか、こんな若造がとか。ヴァロアに聞かせてもらった詩にはボクの容姿は描かれてなかったものね。ボクだっていまだに自分が魔王の森から帰ってきたとは思えないし。
店主にせがまれるままボクは腰のナイフを抜いて王妃様の紋章を見せた。あちらこちらで身分証の代わりに抜いているから、見せるくらいは問題ないよね。
「マジで伝説の占い師様か!」
店主は目を見開いて発する言葉に『伝説の』なんて枕詞が付いた。たしかに、アンクスとか吟遊詩人に歌われる人物は伝説で間違いないと思うけど、ボクにその枕詞が似合うとは到底思えない。
「いやいやいや、そんなに大層な人間じゃないですよ。」
「謙遜するなよ。『勇者の剣』があったから魔王を倒せたんだろ?」
魔王は死んでいない。生きているとカプリオから聞いているから、ボクは複雑な心持になって一層苦笑いを強めた。
「まぁ、悪いが規則だ。王妃殿下のナイフとは言え封印はしておいてくれよ。」
店主はボクに短い紐をくれた。酒が入ってケンカが起こった時、血が流れないように刃物をヒモで縛って鞘から抜けないようにすることがある。お客さんにまで強要することは滅多に無いけれど、店の関係者や間借りして商売をしているボク達は強制される事がしばしばある。
ナイフを見せびらかした方が店に客が呼べるかと店主は悩んでいたけれど、結局は規則は規則だと独り言ちて勝手に納得していた。ボクとしても見せびらかしたくないし『伝説の』なんて言われたくもない。
「今日はひとり休んじまって困ってたんだ。歓迎するぜ。そっちの伝説の占い師様もな!」
店主はボク達の背を叩いて迎え入れると、そのまま吟遊詩人が出番を待つ控え室に連れて行ってくれた。入ってきた時とは大違いだね。
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次回:唄われる『伝説の占い師』




