赤い点
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--赤い点--
あらすじ:ヴァロアを幌馬車に乗せた。
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大地に向けてからだんだんと薄くなる星空の地平に炭を落としたような暗い影。この先に山があるようだ。その山裾に赤い点が揺れている。
(あれって焚火の灯り…だよね。)
(そうだろうなぁ。メシの時間には遅いから、焚火を囲って酒でも飲んでいるんじゃねぇか?)
赤い星が瞬いているようにも見えるけど、星にしては低い。誰かが火を使っているように思える。山賊の村にお酒があるのか分からないけど、街を訪れていた人なら買い付けのついでに買うのもおかしくないかな。それくらいの役得は欲しいよね。
(どんな人が居るか分かる?)
ジルの『小さな内緒話』は遠くで話している声が聞ける。焚火を囲んでお酒を飲んでいるなら何かしら喋っていると思うのだけど。
(無理だな。『小さな内緒話』で聞ける距離じゃねぇよ。だが、たぶん昼に会ったヤツじゃねぇか?)
幌馬車の御者台から見えるから、畑が10個くらい入る距離らしい。ジルの『小さな内緒話』で聞くには遠すぎるようだ。
それでもジルが山賊だと推測するのは、灯りのある場所が街から近いからだろう。山賊が魔王の腕輪の効果で暴れた馬をなだめていた事を考えれば、普通の商人のように進んでいるとは思えない。1日進んだところにある次の村に辿り着けていないと思うんだ。
夕方から街を出発したボク達が進める距離でも十分追いつけるよね。
なにより山賊が出ると噂になっている街道で他に商人が歩いているとは思えない。
(ヒョーリぃ。止まった方が良い?)
(うん。とりあえず一度、ランタンを消すよ。)
相手の灯りが見えているのなら、カプリオの頭から下げられているランタンの灯も見られる可能性がある。ランタンの灯りは焚火より小さいから、向こうから見えにくいと思うけど。山賊たちがお酒に夢中になって、こちらに気が付いてないと嬉しいかな。
「ん?着いたっすか?」
「灯りが見えるんだ。山賊かも知れないから、ランタンを消すよ。」
ガタゴトと鳴る幌馬車を牽くカプリオが足を止めたのを感じたのか、ヴァロアがだるそうに目をこすりながら遠くを見る。静かになったと思っていたけど、彼は眠っていたらしい。ボク達に追いつくまで走り続けていたみたいだから仕方ないね。
「アイツ等ッスかね?」
「たぶんね。キミの耳には何か聞こえない?」
灯りが見えるって事は、途中で遮るものが何もないって事だよね。声だって遮るものが無ければ遠くまで聞こえるはずだ。
「無理ッス!遠すぎるッスよ。」
カプリオの『小さな内緒話』もそうだけど、彼の『ギフト』、『帆船の水先守』でも同じらしい。相手が大声で叫んでいたりすれば別らしいけど、山賊が2人、焚火の側でボソボソ喋る程度の声は聴きとるのが難しいのだそうだ。
「しばらく待ってみようか。」
ボクはヴァロアに言うでもでもなく、ジルに言うでもなくそう言った。燃える芯を取り出し、ふぅっと息を吹きかけてランタンを消すと闇に呑まれたように感じる。闇に慣れない目にランタンの炎が焼き付いている。
「待つんスかぁ?いつまでッス?」
街道を進んでいるのは山賊だって同じだろうから、街道の側で休憩を取っているよね。山賊たちが野宿するなら、見張りを立てて片方ずつ寝ている可能性が高い。その横をガタゴトと音の鳴る幌馬車で進めば気づかれるに決まっている。
「夜が明けてからの方が良いかなぁ?」
山賊たちが寝ている間にボク達は街道を進めばいい。夜が明けるまでは十分な時間がある。焚火の灯りが弱まって熾火になっている間に通り抜けても良いかもしれないけど、夜明けの明るくなってきたくらいで通れば、ランタンを点けずに進む事ができる。
野獣や魔獣から身を守るために見張っているだけだろうから、寝ている相方を残して追いかけては来ないよね。できるだけ近くまで潜んでいって相方を起こさない内に通り過ぎたい。
「どうッスかね?獲物が少なくなっているって事は、飢えて無理してでも追いかけてくるって事も考えられるッスよ?」
護衛の居ない幌馬車を見かけたらカモだとヴァロアは言った。その上、顔を確認されれば自分を山賊と知っている人物の幌馬車を逃がすとは思えないと。自分の顔を知っている人は少ない方が良いから追いかけてくる。足の遅い幌馬車は荷物を持っていない馬に追いつかれてしまう。
「山賊が起きるのを待って、その後をコッソリ着いて行くとか?」
それなら街に戻らない方が良かったかもしれない。夜中に通り過ぎることができると思ったからボクは街に戻ったんだよね。山賊が街道を外れてくれていれば良かったんだけど。山賊の村はもう少し遠いらしい。
それに、後を追いかける形だと、山賊の動きをどうにかして知らなきゃならない。途中で山賊が休憩を取ったら追いついてしまうからね。
「良い考えがあるッス。自分が案内するッスよ。」
夜の間に山賊の前を通り過ぎる。しかも灯りを点けずに。
カプリオだって月明かりで歩くことはできる。でも、暗くて足元しか見る事ができなくて、間違って大渓谷に落ちるのを防ぐためにランタンを点けている。
ヴァロアの『帆船の水先守』はランタンより見通せるから、自分が案内すれば、大渓谷に落ちないし、横から野獣が飛び出してきたって教える事ができると胸を張った。夜の闇の中なら山賊だって追いかけてこないと。
「自分は役に立つッスから、お供させてくださいよ!」
闇の中を案内してくれるのは嬉しいけど、ずっとついてこられると困る。
王様が支援しているという吟遊詩人たちでさえ、勇者アンクスの傍にいなかったんだ。アンクスの活躍は編纂されて耳障りのいいように作り変えられている。だってボクが殴ったことは無かった事になっているのだもの。
だから、ボクだって吟遊詩人を隣に連れて行く必要は無いよね。自分の情けない姿が歌になって広がったら恥ずかしいもの。
ボクが断ろうと口を開く前に、暗闇の中で鳶色の瞳を光らせてヴァロアは続けた。
「連れて行ってくれないなら、山賊の所まで行って騒ぐッスよ?馬車が逃げ辛い距離で山賊たちの注意を引いたら、彼らはどうするッスかね?」
いくらカプリオが牽いているとはいえ、馬車は簡単に反転できない。吟遊詩人の声量でタイミングよく山賊たちの注意を引けば、相方を起こしてボク達を追いかける事ができるかも知れない。
「キミも巻き添えになるんじゃないの?」
「自分は逃げるッスよ。当然じゃないッスか。」
明け方なら山の茂みを伝って逃げる。暗闇ならもっと逃げやすいと言う。どんなに暗い闇の中でもヴァロアには明るい昼間のように見通すことができるらしい。街から幌馬車までの長い間を走り抜けてきた彼が月明かりの影で笑ったように感じた。
乗せるんじゃ無かった。
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次回:ギラギラと光る『鳶色の瞳』




